第4話 ピアニスト Wi-Fi 空振り
ソーシャルゲームMGO、通称エムゴ。
カルト的人気を集めた現代伝奇バトルアドベンチャーゲームMage/Battle Royaleの設定を新規に書き下ろしたことビッグネームのシナリオライター達が描いたシナリオで、既存のファンや新規ユーザーを大量にかき集めたキラータイトルだ。
エムゴがよくいわれるのは、商売が下手というほどにガチャ石を配るし、魅力的かつ強いキャラクターを配布という形で配る、プレイヤーに優しいゲームだ。
いろいろ魅力的なところはあるが、彼が好きなのはゲームミュージックだ。
本来のメバロ(メイジバトルロワイヤルだから、メバロという略称)も音楽という表現を見事にゲームに落とし込み、ファン層を広く獲得した一因である。
「だから! 俺にゲームをやらせてくれよ、親父!」
「そこまでいうのなら」
「お父さん!」
「いかんぞ、隆。お前はいわゆるネット依存症というやつだ」
だから、いい年して実家暮らしで引きこもり何だろう、という言葉に隆は舌鋒を荒げる。だが、妹の的確な言葉によって、折れかけそうになる父親を立ち直らせ、隆は劣勢に立たされる。
「じゃあ、条件を付けるわ」
「ほ、本当か?」
妹は悪魔みたいな顔をして条件を突き付けてきた。
「Wi-Fiのパスコードを兄貴だけクラシックのコードにする」
「え! そんなのできっこないだろ! ふざけるな! 鬼畜妹!」
「ふ、負け犬の遠吠えが心地いいわ」
「あの、ね? 美香さん? そのコードを書くのって私だったりするのかい?」
「そうに決まってるでしょ、明日までよろしくね、父さん」
「あっはい」
というわけで隆のWi-Fiのパスコードだけピアノコードとなった。
お父さんは頑張った。クラシックや、ジャズが好きなため、いろいろなコードがパスとして使われた。そのうち、ただコードをタップするだけならやすやすと突破されるようになってきたため、お父さんは実際にピアノを演奏してようやくWi-Fiにつながるように魔改造した。
「ふざけるなぁ! そこまでするかよ親父!」
「お父さんに感謝しなさいよ、兄貴。パスコードを打つところ動画にとってチックトックにあげてたから、広告収入はいるようになりましたぁ~」
「それは、俺が手に入れるべきだろ!」
「でもなぁ、隆、そもそも、私の」
「親父は黙っててくれ!」
「あっはい」
「ちっ、じゃあ一九ね」
「すくねぇよ! 俺の演奏に聞きほれているからだろが!」
「はぁ? 金取れるレベルだと思っているの?」
「ぐっ、い、いや、そこまでだとは」
「じゃあさ、コンクールとかに出てみる?」
え? 隆は目を丸くした。
「いや、音楽祭的なの。自主的にやろうっていう、のがサークルであってさ、そこにピアノ選手として出る、って話。うける?」
ヒッキー兄貴、隆は憤怒した。
「あぁ、あぁ、上等だよ、やってやるよ」
というわけでエムゴにログインするのにピアノを弾き続けていたら、隆は音楽祭に出ることになった。
そのうち音楽祭できるタキシードを買うために外に出る機会があった。そして、知る。外に出れば簡単にWi-Fiにつながる。
でも、どこか味気ない。
「い、家でやろ、外でやってたら電池切れが怖いし」
知らず、ピアノを弾くのが好きになっていた。
そして、発表当日。
「な、なぁ、人、人多くね? ちょ、怖いんですけど」
「はぁ、いきりヘタレコミュ障クソザコ兄貴とか属性盛りすぎなんですけど」
しゃっきりしろよ、とお父さんがいった。
「お、おう」
「大丈夫だ、隆、お前のここまでの研鑽と、お父さんが時間外労働(強制)で課したWi-Fiパスコードを作ったのと、上手下手を判定するAIのプログラムを組んだことと、会社で寝こけて」
お父さんの恨み節はたっぷりだったが、どんどん小声になっていくので、美香がしめた。
「兄貴のクンフーは兄貴を裏切らねぇよ」
「とぅんく」
「うわ、きっも」
「う、ぅっせい」
そして、名を呼ばれる。
「続いては、空振りピアニストさん、どうぞ」
司会に呼ばれて隆は手足を同時に動かして、ピアノが置いてある舞台の中心にいくまでに会場から笑われた。
客の顔が見えなかった。
怖くて、ではない。
笑われること自体は怖かったのだけれども、自分の演奏を聴く前の観客の顔に自分でも驚くほど興味をもてなかった。
「演奏を始めたのが一年前ってことだったんですけど、自身のほどはどうですか?」
「あぁ、その、相手に、なんねっす」
「え?」
「音楽でぶっ倒していくんで、聞いてください、全員ぶっ倒す」
「おお、強気な選手です、曲も、変わっていますね? ゲームの曲?」
「エムゴ、第一部エンディング曲、流れた星のその先に」
「わぁ、いわれちゃった、じゃあどうぞ」
「そででは、ゆうじょうじゃヴぁ、空振りピアニストずぁん」
「司会さん、っじょぶすか」
「ずごかた、ずごがったでぅ」
「本当に一年しか演奏経験ないの?」
審査員の中で眼鏡をかけたおっさんが隆に問う。
「です、はい」
「そうか、すごいね」
「親父と、妹のおかげ、だと思うっす、あと絶対エムゴ」
「僕は知らなかったけどいいゲームなんだね」
「っす。ぜひやってみてください」
「どうして、エムゴ、というゲームが一番の理由になるんだい?」
「イベント走るたびに時間制限ありでWi-Fi接続きれるんすよ、そ、親父が設定して」
ゲームをやるには音楽を奏でなきゃならないしかも強制っていう状況、折れるっしょ、普通、隆は静かにいう。
「それほどまでにエムゴはすげぇ、エムゴにとっちゃ俺は一人のプレイヤーだけど俺にとってエムゴは人生だ」
だから頑張った、だけのことなんだけど、なんか周りの反応が隆が思っているのと違う、その差が気になった。
「じゃあ、人生と見立てたものがなくなったとしたら?」
「あ?」
「いや、仮定だよ、その想像は残しておくべきだ」
「はぃ、しぇんしぇいのおはなじでしだ」
「お姉さん、っじょぶすか?」
「じょぶす、じょぶす、はい、トロフィー、賞状、優勝賞金はどう使いまずか?」
「課金」
「ぶれねぇ! みなさん、ばくじゅ!」
「は?」
「あ、兄貴起きた? あのさぁ、兄貴暇?」
「いや、ちょとまて、え?」
「あ、エムゴ、サ終? 結構濃厚だったじゃん、壊れキャラ出したり、メインのストーリーを進ませようとする運営の動き、どれも終わりに向けたムーブだったじゃん」
それよりさぁ、と美香がいい出したが隆にとって聞き取れなかった。
その日、隆は初めてエムゴにログインしなかった。
人生と見立てた、人生を変えたものが消える。
それは仕方のないことだ。
隆は思う。
ただ、自分でも離れていくのを感じる。引きこもりでコミュニケーションに難のある自分が、エムゴによって演奏技術というものを獲得した。本来意図しない、想定しないやり方で。
だから、延命ではない。
そもそも自分一人の熱量で永続できるほど、世界は暖かくはない。
株式会社メテオジャーニー。
エムゴの運営会社の前に立つ。
受付に立つ。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」
隆は思う。
ちょーこえーーーーー!! ナニ、美人過ぎ! えっ、妹以外の女の人と話すのって、小学校以来、ってバカ野郎、と、俺はここに戦いに来たんじゃねぇ。
命まではとられない。
「社長さんにお話しがあるんですが」
「失礼ですが、アポイントメントはおとりでしょうか」
「いや、その」
「あぁ! 空振りピアニストさん! 空振りピアニストさんじゃないですか!」
「あ、司会のお姉さん? えっ、あ、なんで?」
「はハーン、そういうことですね、ちえちゃん、通していいよ」
「さやかさん! ほ、ほんと、ですか? こんなあやし」
「オナシャス、自分のできる事をしに来たんで」
「ねっねっ? いいでしょ」
「……。社長の秘書に取次はします、それまでロビーでお待ちください」
日をまたぐかもしれませんが、といっていたが、エムゴの社長に会えるかもしれないことに、期待を隠せないでいた。
「あ、まったかな?」
「待ちましたよ!」
「きみ、あれだろ、えぇと、ナガサキの曲弾いた子でしょ? あれ凄かったねぇ」
流れた星のその先に、だから、ファンの間ではナガサキだったけれども、まさか運営サイドもそういう認識だったとは。
「で、話って何?」
「エムゴのフェスで弾かせてください」
「いいよ」
「……、え、あ、マジ、ですか?」
「こっちから、頼もうと思ってたぐらいだしね。君、清吾君にも認められているくらいだからね、それに急成長枠ってことで、僕たちだけじゃなくて音楽業界でも素性を探そうとしているくらいだしね」
そういえば、美香が切り出した話がそんな内容だった気がしたが、え、隆は何で、と思った。
「ん、でさ、そっちもそのつもりだった話は早いんだけど、作曲やってみない?」
「やるっす」
「はや、いいんだね?」
「フェスまでには時間は三か月ある、一週間後にプレ曲五本くらい作って来るんで、それでオナシャス」
「話が早いのはいいけど、落ち着こう。でも、君はできそうな気がする」
「それは、なんでですか?」
「人生をかけている、自分の物でないものがなくなるのに、自分で人生をかけて何とかしようとしている」
音楽ってさ、社長はいう。
「娯楽だよね、昔は王侯貴族にささげられるものだった余計な文化。でもその余計さを突き詰めて、不必要なものによって生計を立てる人がいる」
君みたいに、指を突き付けられ隆は考える。そうか? 俺飯食えてんの? 経理とかめんどくさい部分は妹に丸投げでその分でいまだに一九の割合のままなのに? どちらかといえば貢献度で言えば親父のほうがでかいような気がするけど、一もフラれていない、いやこれは余計か。
「だから、楽しいほうがいい。君は楽しくできる」
「楽しくするっす、エムゴは、俺の人生ですから」
というわけで新曲を作った、めっちゃ頑張った、変態的な運指といわれたけれどもできるだろう。
司会は音楽祭でぼろ泣きしてたお姉さん。歌手はメテオジャーニーお抱えの神、いや神としか言えない、神。隆は語彙力がなかった。
「今日はよろしくお願いします」
「はい、神」
「あの、その、私は美空なのですが」
「はい、神、最上の演奏にします、はい神」
「もう、私たちはパートナーじゃないですか、こういう時は相棒でいいんですよ」
「はい、神」
司会が隆と三上美空を呼ぶ。
観客は今までと比べ物にならないくらい大勢いる、二千人を収容できるスタジアムで熱気ある会場で隆は、今朝のことを思い出す。そしてマイクを手に取り語る。
「今日、朝ガチャ回したら星五メイジヒューキュリエゲットしたぜ! みんなはどうだ!」
ブーイングと歓声の半々。
「エムゴは終わる!」
鎮まる観衆に、隆はいう。
「でも最高だ! この作品に出会えたことに俺はすくわれた! 行くぜ、三上美空神フィーチャリング俺、空振りピアニスト! お前らを感動に連れていく!」
ナンバーは!
「終わる星で、つながる明日を!」
「いやぁ、すごいねぇ」
「社長、いいんですか、あんな暴言やらせて」
「ビッグマウスって見てて楽しいからオッケー」
それに、社長は笑う。
「エムゴ作っててよかったでしょ?」
社長はたしなめる社員の顔を見る。
「なぁ、石男。お前が作った物語は、一個の終わりを迎える。お前は自分の作品に人が手を加えることは嫌っていたよなぁ」
足下石男、メバロのメインシナリオライター、そして、夭折した天才。
「僕はその光背を残すことだけしか、もうできない。でも、見ろよ、この観客を」
泣いている、誰もが聞きほれながら、歌詞を口ずさみながら、絶唱している。
「余計なもので感動が伝えられるんだから、それはそれでいいよな」
変態的な運指、弾力のある歌唱力、増幅できる背景として美しいメロディ、そして目と耳をとらえて離さない三上美空の唄が、会場に響く。
「エムゴサイコ―!」
誰も聞こえないで、誰もが思っている、たかがソーシャルゲーム、それにかける熱量の大きなみんながいる。
あぁ、最高だ。
終わってしまうのがつらい。
「あぁ、終わった」
虚脱感がある。隆は人のいなくなったスタジアムで天井を見上げていた。
「あぁ、こんなところにいた。隆さん社長が呼んでましたよ」
「あぁ、神。神に下僕を呼ばせたとは、遅延罪と不敬罪として死を」
「もう、本気になってやらないでくださいよぉ、怖いなぁ」
そういっていると三上美空が一緒に寝転がって天井を見る。
「隆さん」
「はい」
「付き合ってください」
「おこたえしかねます」
「私が神様だから?」
「いや、めっちゃ、かわいいし、いい子だし、かわいいし、おっぱい大きいし」
「隆さん」
「はい、頭にのりました。でも、このやり取りも結構やってますオ」
返事は出します、といって隆は立つ。
「何を、見ていたんです?」
「つながる明日、ですかねぇ。俺はエムゴで明日と繋がれた、こんな感じでフェスでもミュージシャンみたいなこともできた」
「隆さんはミュージシャンでしょ」
「なんですかねぇ。社長の話、は何でしょうね」
「ミュージシャンのお話かも」
「そうか」
俺はミュージシャンになったのか、笑う。
「最初は、ソシャゲをやりたいだけのひきオタだったのにな」
笑う。
「神」
「美空」
「美空、さん」
「ヘタレ」
「そっす。次も」
一緒に曲作りましょう、といってふと気づく。
これ、告白になってね?
そう、空振りピアニストこと高畑隆は思うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます