第3話 リハーサル 無料化 ホールインワン

 役者として名のある人物たちほど、練習というものをおろそかにしない。それに足しての結論はアニメのキャラクターがいっていたことだと彼女は強く刻んでいた。だから、周りのふがいなさに気がはやっていた。

「あなた達、どうして演出通りにできないの! この仕事は自己練習は自分でやるもの、それすらもやっていないのかしら!」

 映画のリハーサルでアクションシーンの殺陣をこなしながら、周りのアクターのレベルの低い演技に対して彼女は舌先が強くなる。そうなると扱いにくいという評が出るのは打たれる杭と一緒だ。

 そうしたことが続くと、演技中に問題ある役者として風向きが変わってくる。彼女の真摯に向き合うひたむきさは、頑迷でコミュニケーションを円滑にとれない問題児。根も葉もないことも流される、彼女は演者にケガを負わせたなど。

 そうして彼女はアクションのアクターとしては干されていった。そんな中である案件が目に付く。

 ゴルフをテーマにした作品で新人若手アイドルが主人公のサクセスストーリーの映画だ。だが、当然アイドル業なんてやっていてゴルフとしての才能に恵まれたキャラクターが都合よくいるわけがない。しかし、説得力が求められる。

 一もなく二もなく、彼女はオーディションを受けに行った。映画の監督自らアクターの動きを見ている中で、彼女は二次面接に進んだ。

 ここで見られるのは、ゴルフのアクションだ。映画でのシーンイメージの絵コンテを見ながらも、実に気合の入った映像が彼女の脳裏に浮かぶ。そうだとしたらうかうかしていられない、練習あるのみ。

 と、息巻いたはいいものの、彼女はゴルフの経験などなかった。アバターライバーの動画を見ながらモーションを自分で解析したり、なぞらえるように動いてみたりするが、どうも最後の核が手に入らない。

 かつてのアクターたちの中で彼女と最も交流の深かったJに話をしてみると、どうやら無料でゴルフの練習ができる施設があることを彼女は知った。酔っぱらっている状態で。

 というわけで、住所が不鮮明であったが練習施設にたどり着くことができた。山の中で周囲の音は静かだ。打ちっぱなしであるなら、打球音が飛び交っていそうなものだが、それもない。

 本当にここがそうなのか、と思ったところでスマホのSNSアプリを開いてみると彼女は住所が違っていることに気が付く。

 しかし、山奥まで赤貧にあえぐ中、さらにオーディションまでの日数が間近という状況。

「ゴルフ練習、無リョウ?」

 料の字はなぜかカタカナで表記されていたが、おそらくはJと同じ内容の施設なのだろう。それを自分の行動によって引き当てたのだから、これは天恵と彼女は感じ取った。

「ごめんくださーい」

 受付には誰もいなかった、不気味に思いながらも電光掲示板が指し示す矢印の方向に進んでみることにした。

 数本のゴルフクラブ、パター用のものと明らかにかっ飛ばすタイプのクラブが置いてあった。そして、ボールとホール。

 カメラがあってどうやらフォームの乱れに関しても指摘してくれるサービスのようだ。おそらくAIによってできるのだろう、すごい時代になったなぁ、と彼女は思う。

 第一打、コース外に出る。第二打、フォームを修正してまた同じ失敗をする、どうやら右の握力が力を入れすぎている、という指摘を受ける。

 第百五十一打、完璧なフォームをつかむ、だが再現性に難あり。

 第七百二十四打、フォームが崩れ始める、腱鞘炎の疑いあり、少しのストレッチと休憩後に練習を再開。

 第四千百三十一打、筋肉が出来上がってきた慣れからか目を閉じてもホールインワンまでの道がつかめるようになってきた。

 第八千三打、パターゴルフに飽きてきたので、スウィングの練習を始める、思ったよりも飛距離が出ない。

 第三万四千五打、砂地からの脱出の練習をして肘を痛める、回復も含めて軽い運動をする。

 第X打。

 第X打。

 第X打。

 ……

 …………

 ………………

「は、やりすぎちゃったかな?」

 無リョウというのは、無料ではなく、無量という数としての意味だった百万打から数えるのがおっくうになってきたので、彼女は打ち込むことだけに集中した。

「ぐぅっど」

 電光掲示板からこのようにいわれると嬉しいものがある、どうやらある程度のレベルに達すると、評価基準が厳しくなってくるAIが搭載されているようで、この何でもないひらがな四文字が出るまで途方もない時間が過ぎたように感じた。

「えーと、あ、やったオーディションに間に合う」

 結果からいうと、ここまでやって彼女はオーディションに落選した。

 監督からの評価はここまでガチだとアイドルのイメージや客層に合わない。乖離が激しくなりすぎてスポンサーから起こられる、という総評をもらった。

 ここまでやったのだ、彼女はあきらめもついた。

 しかし、次の闘志が彼女を待っていた。

 ゴルフの世界に飛び込んでみよう、と。

 結果、彼女はアクターではなく、ゴルフのプロプレイヤーとして世界に名を残した。ただ、プロ選手時間は短かった。

 打ち込んだ結果、彼女の体は摩耗しており、職業病としてひじを痛めたことで数年でプロを引退した。

 だが、彼女は指導者として多くの企業や選手からオファーを受けた。

 弟子であるプロプレイヤーがシーズン優勝を成し遂げたときのコメントで終わりにしたいと思う。

「練習あるのみですよ、特に無リョウ回やれば未経験でも私みたいになれます」

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