第2話 チーズフォンデュ セミの鳴き声 寺

 迷惑な話、というのはよくあること。痴漢の現行犯を私的に逮捕する見世物、許可していない範囲でのゲームの投稿で企業から訴えられる。

 私はそんなくだらなさが好きだ。そして、優越感に浸れる。あぁ、私はまともだ、と。

 会社からの束縛から解放されるアフターファイブにコンビニエンスストアでチーズを買う。チーズフォンデュをしようと思っていたからだ。

 古い言葉だが、花の金曜日だ。私の楽しみ、迷惑なアババー(アバターライバーの略語)のコネシがやっている企画、廃墟でチーズフォンデュを見るためだ。

 何回かやっている企画でチーズフォンデュがおいしそうに見えてきた。そして、チーズフォンデュを食べたことないのに気が付いて、どことなく不公平感を覚えた。コネシがやっているのに私がやっていないってのおかしくない、購買意欲をあおられ、実際に行動に移すことにしたのだ。

 チーズフォンデュがどういうものかはコネシの動画でよく見るので知っているつもりだ。溶かしたチーズに串で貫いた食べ物を絡めて食べる。

 十八時までに帰らなければ、生放送が行われる。今日は廃寺でチーズフォンデュをするらしい。コネシのいいところは庶民に手が届く範囲でおいしいものをチーズフォンデュにするところだ。

 私はちくわとかにかまにした、あとハイボールと梅サワーを買って安アパートへと返って夕食をとりながらコネシの生配信を見ていた。

「どーもー、コネココネネココのコネシだよー、今日はぁ、X県Y市の山の中にあるJ願寺でチーズフォンデュを食べていきたいと思いまーコネシ!」

 さっそく投げ銭が投げられる。コネシはクズだけれども、こうして推しになれているところ道化としては意味があるのだろう。

 ハイボールを飲む。チーズをレンチンしながらガスコンロとアマサンで購入した専用の鍋の準備もする。

 コネシはJ願寺の沿革を語る。廃寺になるに至った経緯は酒を飲みながらだったから、あまり聞き取れなかったけれども、継承者不足とこの寺の住職が発狂したからだ、らしい、発狂ってなんだよと笑いながらレンジからチーズを取りだして鍋に火をかける。

「コネシ、困っていることがあってー、カメラマンの人辞めちゃったんですよぉしくしくコネシ」

 また入る投げ銭。なんか入れる要素あったのか、コメントを見ると頑張ってください。百円で頑張ってください、って。

「だから! 今一人で、手作りしているコネシ!」

 チーズフォンデュもやっているなぁ、って、私は何か違和感を感じる。

 動画を配信しているコネシは気が付かない。

「へ? セミの声?」

 コメントで書き込まれた文章を見て、私と大多数の視聴者は流れてくる音楽に異常さが混じってくること気が付く。

「え? なんで、あ、コネシ」

 投げ銭の音、そしてセミの声。セミの鳴き声。

「だって、今」

 冬だよ、大音声は鳴り響き続ける。

 投げ銭、鳴き声、投げ銭、鳴き声、なんだこれ、コネシが叫ぶ。

「た、たたりキターコネシ!」

 いっている場合なのか、そして、唐突に。

 ピンポーン。

 ドアベルの音。

「え? いや、いやいやいや、ここ廃寺ですよ」

 電気通じているわけないじゃないですか、とコネシ。

 後ろ後ろ後ろ、投げ銭の音。

 カメラががたりと倒れる音。

 ウィンドウフレームが切り取られたように映る。背の高いワンピースを着ている女性。裸足で生白い色合いは一種異様な空気を画面越しに伝えた。

「セミの鳴き声」

 低い、女声。

「買いませんか?」

「ちょ、ちょっとあなた、どういう許可を得てここにいるんですか、Xさんにはなしをとおしたんで」

「セミの鳴き声」

 買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか、買いませんか――

 投げ銭の音、ともに動画が終わった。

 なんだったんだ、私はチーズフォンデュにちくわを絡ませながら、この動画は終了しました、という文字を見つめている。

 あたりを、引いた。

 何がトリガーだったのか、チーズフォンデュだったのか、コネシだったのか、あの寺だったのか。

 要因は何かしら考えられる。

「あぁ、楽しみが減っちゃった」

 何が原因だったのかわからない、ただあの後コネシはSNSの公式アカウントが停止し、動画も再生されなくなった。

 ネットはJ願寺事件とうわさされるようになった。

 その後、私は廃寺に仲間たちと行く機会があった。

 強く拒否する私を見るのが面白かったのか、なし崩し的に仲間たちは連れて行った。

「チーズフォンデュやろうぜ」

 もう駄目だった、廃寺の中心から外の車に逃げようとした。

 でも、ダメだった。

 冬なのに、セミの鳴き声。

 すりガラスの引き戸に映る長身の女の影。

 決まり文句が、聞こえる。

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