過去 ー山本ふみー
私の家の近くには向日葵畑があって、バルコニーからは向日葵畑の後ろに広大な湖が広がる景色が見えます。
「ふみ、明日はみんなで向日葵畑に行かないかい。それから湖の畔でピクニックをしよう。」
この方は私の夫です。とても朗らかで、優しい人です。
「いいですね。子供たちもきっと喜びますね。」
翌朝。
今日の家族の時間のためにお弁当を作ります。 おかずにはこどもたちの好きなミートボールとタコさんウインナーを、そして夫の好きな鮭のおにぎりを。
お昼頃、家を出発します。家から見えると言っても少し遠いのでいいお散歩になります。向日葵畑に着くと、子どもたちははしゃぎ、夫はそんな子どもたちと、そしてそれを見る私を撮ります。夫はいつも、どこに出かけても、私たちの笑っている姿を見て、あたたかい笑みを浮かべながらカメラを構えるのです。
「ふみ、明日はみんなで向日葵畑に行かないかい。子どもたちも自立してしまったから二人でだけれど。」
あなたは何年経っても変わらないですね。お互いもう、おじいさんとおばあさんになったのに。
「いいですね。湖の畔でピクニックでもしますか?」
「ああ、そうしよう。」
翌朝、あの頃と同じようにお弁当を作ります。あの頃と違うのは“家族の時間”のためではなくて“あなたとの時間”のためにお弁当を使っているところかしら。そんなことを考えながら作ったお弁当を持って、お昼頃に家を出ました。
「なあ、ふみ。二人で写真を撮らないか。この向日葵畑で。」
「いやですよ。もうあの頃みたいに若くないもの。」
「それなら仕方ないか。」
あなたは残念そうだったけれど、やはり、あたたかい笑を浮かべていましたね。
「これが夫と出かけた最後の日だったのよ。夫が亡くなったあと、写真を整理していて気づいたの。あの人、私たちの写真ばかり撮っていたから、あの人の写真がないの。何十年も一緒にいたのに、あの人の写真、結婚式のときのものしかなかったのよ。」
ふみさんは少し涙ぐみながら話し終えた。私はなんと言っていいかわからなかったけれど、二人の時間がとても素敵なものだったことだけはわかった。
「お待たせしました。ナポリタンとアイスコーヒーよ。」
「ありがとうございます。」
ふみさんが話し終えた後、タイミングを見計らったようにマスターが料理を持ってきてくれた。
「マスター、私の戻りたい過去を見せてくれるって本当?」
「ええ。ただし、その過去に関係する“今”の物が必要なの。たとえば、その場所の写真とか。」
“戻りたい過去を見せてくれる”とはいったいどういうことだろう。すると、ふみさんは言った。
「ねえ、あなたにお願いがあるの。これから向日葵畑に行くのでしょう?私も一緒に行っていいかしら。そして、写真を撮ってほしいの。」
こんな素敵な話を聞いた後に断れるわけがない。それに、さっきの言葉も気になる。
「もちろんです。」
マスターはそんな私たちのやりとりを、初めから全てわかっていたかのように眺めていた。
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