第85話 凱旋

 バトー町に帰ってきた。

 その頃にはすっかり月が昇っていた。2つの三日月が空から時夫達を見下ろし笑っている。


 町の混乱は帰るころにはほぼ収まっていたが、バトリーザの死をイケメン達に伝える事で、完全に収束した。彼らは大いに嘆いた。

 中には涙を流す者もいた。

 勘違いジジイのバートンも泣いている。その涙を拭ってやってるヴェルダ婆さんは良い人なのだろう。乱暴に扱われてたのにお人よしだ。


 町長は喜んでいた。

 イケメンじゃないし、お国に恩を売れるだろうから。


「で、その子供達は?」


 そう、問題のぶーたれてる美少年達だ。全員ダボダボの大人の服を着ていて態度が悪い。


「バトリーザが死んだ際に、色々あって魔法が暴発して、ああなりました」


 細かい説明はしない。

 何故なら、時夫は若返る効果を持つ金粉入りスライムを所持しているからだ。

 それがあればイケメンじゃ無くても……目の前の禿げたビール腹の町長でも若々しくなれるのだ。

 多分何としても欲しいと言い出すだろう。


「こちらの町の住人なんですから、こちらで面倒見てください。

 見た目はあの通りですけど、中身は大人なので、普通にある程度は働けますし、こき使ってやってください」


「なるほど……わかりました。町長として私がしっかり面倒見ましょう」


 少し小狡いところもあるが、町長自身はそこまでの悪党ではなさそうだ。

 まあ、時夫が騙されているだけでも、酷い目に遭うのは元イケメンのガキどもなので何の問題も無い。


「それで、若さを失った女性達はどちらに?

 バトリーザの呪いを解けるかも知れません」


 これも事前にコッソリ移動しながら話し合ったのだ。

 バトリーザの老化は呪いの様なもので、死後であれば神聖魔法の力で呪いは解けるかも知れないと。


「わかりました。町民に声を掛けて、女性は明日集まる様に言っておきます。

 今夜は遅いので、もうお休みになられては?

 良ければ我が屋敷にまた来ていただいても、おもてなしさせて貰いますよ?」


「いえ、仲間たちと一緒に居たいので、宿の方に行きますよ。

 では、明日はよろしくお願いします」

 

 宿に戻ってきた。

 ルミィが攫われそうになっていた女性に声を掛けている。

 女性はルミィに抱きつき、感謝を述べているようだ。良かった。怖かっただろう。

 その間に時夫は女性の護衛を任されていた冒険者達に謝礼を支払おうとした。

 しかし、むしろ前金も返されてしまった。


「この国の憂いを断ち切ってくれたんだ。

 むしろ金を払っても良いくらいだ。

 ……俺はケイン。こっちはキース。

 最も古いとされる邪教徒の一人を討伐したパーティに名前を覚えておいて欲しい」


 手を差し出された。こっちの世界にも握手の習慣ってあったんだな。

 時夫は笑って握手に応じる。


「俺は時夫。時田時夫だ。あっちはルミィで、あのちびっ子がイーナだ。

 俺らも目的があって邪教徒討伐に来たんだけど、役に立てたって言うんなら良かったよ」


 キースが、ちょっと待っててくれと、部屋から何か持ってきた。


「旨い酒だ。お礼の代わりになるかはわかんねぇけど、オススメだ。

 お近づきの印に受け取ってくれ」


 大きな傷跡のあるおっかない顔なのに、キースは子供みたいな人懐っこい顔で酒瓶を渡してきた。


「ありがとう!いただくよ!」


 酒なんて、こっちの世界に来てから全然飲んでなかったなぁ。


 一旦3人で時夫の部屋に集まって、明日の予定を確認する事にした。

 話が終わった頃に、イーナがちょこちょこと先ほど貰った酒瓶に近づく。

 つま先立ちになって瓶を手に取り、ラベルを確認する。


「あら、良いお酒ね。でも、私は流石に飲めないわ。

 とても美味しいけど、結構アルコール強いから気をつけた方が良いわ」


「ふーん……まあ、俺は酒強くも無いけど、弱くも無いかな。ルミィは?」


「あんまり頂く事は無いですけど、弱くは無いと思います」


「そう……なら大丈夫かしら。

 私、子供の体だからか、もう眠くなってきたわ。先に休ませて貰うわね。お休みなさい」


「おう、お休み」「はい、おやすみなさい、ゾ……イーナさん」


 イーナは欠伸を噛み殺すような表情で去っていった。


「ルミィ酒は好きか?」


「それ飲んだ事無いので興味はありますよ」


 時夫は収納からグラスを二つ取り出す。酒のつまみになりそうなものも幾つか。


「よし!ちょっと予定外はあったけど目標達成!カンパーイ!」


「乾杯です!いえーい!」


 イーナは今日はオネムで無理だったけど、今度イーナも含めて討伐記念パーティでもやると良さそうだなぁ。


 時夫は気分良く、食べて飲んだ。

 ルミィも少し酔ってきたのか、きゃーきゃー楽しそうにはしゃぐ。


 そして、翌朝。


 時夫は床で起きた。


「ぐ……身体がカチカチに痛い。何故床に……」


 何なら頭も少し痛む。

 上体を起こす。


「…………………………」

 

 ……記憶が一部戻ってきた。たしかルミィと飲んでて……。


 ハッとして自分の衣服の乱れを確認する。

 衣服の乱れ……無し!


 もう一度確認する。


 衣服の乱れ……………………無し!!!


 しょんぼりしながら、念の為もう一度確認。

 きっちりしっかり着ている。

 ボタンも全部ちゃんと閉めてるし、ベルトもきちっと締めてある。


「ル……ルミィは!?」


 そっちも確認しないと!!まだ昨晩何かあった可能性は否定しきれない!!!


 立ち上がりベッドを見ると、ベッドの上に仰向けになり、真っ直ぐ足を伸ばして、手を胸の上で組んだルミィが横たわっていた。


 姿勢が良すぎる!!


 着衣の乱れどころかシーツも髪も乱れてないし、身体が真っ直ぐすぎる。


 口元に手を翳して呼吸確認。胸元が乗せた手と一緒に僅かに上下してるのも確認。

 よし!生きてる!!!


 じゃなくて……。

 どうやら男女間のトラブル的な間違いは一切起きていなさそうだ。


 時夫は自分が酒に酔って記憶が無くなっても紳士であるという事実を確認できた。


「流石俺様日本男児……」


 自分で自分を褒めてみた。

 しかし、心は空虚であった。


「でも、ルミィの寝顔見るの初めてか」


 ルミィの方が早起きで、時夫をよく起こしにきてくれるから、ルミィは時夫の寝顔なんて見慣れてそうだが。


 伏せられた長いまつ毛。

 血色の良い頬。

 形の良い唇。


 時夫は手を伸ばして……引っ込めた。


「流石俺様日本男児」


 床で寝たせいで身体が凝ってるし、散歩にでも行こう。

 

 良かった。何もして無くて。

 どうせそのうち日本に帰るくせに、無責任な事して無くて良かった。

 

 

 

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