第86話 トキ町

「よし!これで全員なんだな?」


「はい……町にいる分は」


 昼頃には、若さを奪われた女性達が集められた。

 一応、ルミィ達の方でも書類や他の町人からの聴き取りで、関係ない人が混じっていない事を確認している。


「では、一人ずつ教会に入って貰います」


 ルミィは現在、女神官の服を着ている。

 どの様に治すのかはあまり多くの人に見せたくない。

 神聖魔法や特別な秘密の儀式なのだと説明している。


「ありがとうございます……本当にありがとうございます」


 ルミィに連れて来られた老婆が啜り泣きながら、感謝の言葉を繰り返す。

 これで8人目だ。結構大変な作業である。

 

 あの町長は若さを失った女性達の生活費を、ちゃんと補助金から工面していたそうだ。

 それだけじゃ無く、バトリーザから贈り物を貰った男達からも言葉巧みに金を取って――自分の懐にも入れていたが――女性達の保護費に充てていたらしい。

 子悪党だが、イマイチ悪に染まり切らない半端な人だったようだ。


 そのお陰か、被害者の老婆達は……元々行き場が無いこともあって、殆どがこの町に留まってくれていた。


 中には自殺してしまった人もいるので、全てを救う事は出来ない。少しやるせない気持ちだ。


 さほど広くも無い教会の懺悔室に年老いた女性を座らせる。


 そして、その入り口付近にスライム避けによく効くハーブを大量に置く。

 ここで、ハーブの量をケチると突破されてしまう。


「あの……何を?」


「『空間収納』」


 狭い懺悔室にみっちり金粉スライムが詰まった。


「…………!!……………………っ!!!」


 スライムに取り込まれた老婆が必死にもがいている。

 苦しそうだがまだ早い。


「………………たすけ…………」


 もうちょい!


「………………………………」


 スライムが金粉で濁っているために、中の人の様子が見辛い。

 よく目を凝らす。


「十分でしょう。ではハーブを退かすので気をつけてください」


 ルミィがホウキでササッとハーブを退かした。


 金粉スライムが時夫に襲い掛かる!!!


「『空間収納』!」


 懺悔室には、ぐったりした若い女性が呆然とした表情でゼェゼェ荒い呼吸を繰り返していた。


「よしよし、上手くいったな」


 スライムを蒸発させる事で金粉だけにも出来るのだが、何故かスライムに入れたままの方が金粉の消費が少なくて済む事に気がついたので、窒息しない程度に頑張ってもらっている。


「では、これで終了ですが、この場で何が行われたのかは他言無用でお願いします」


「………………はい」


 ルミィが淡々と女性に良い含めている。


 最初は何故かスライムが時夫に向かって来ようとするので女性に纏わり付かせるのに苦労したが、8人もやれば作業になってくる。

 時夫の方に来る性質も、スライムを収納に回収するのに便利だ。

 ハーブ等で時夫の方に来れない様にしておかないと、何故かスライム達は性質を問わずに襲いかかってくるのだ。

 イーナのことは無視するので、日本人だからでは無いようだし、謎の多い存在だ。


 そして、気を付けないと時夫達も若返ってしまう。

 恐らくだが、既に多少は粉を少し浴びてるし、金粉スライム作成時にスライムを抱えてたから何歳かは若返っていると思う。

 鏡を見た感じだと時夫もルミィもそこまで変化は無いが、念の為に直接触らないようにしている。


 そうして、全員を若返らせる頃にはスライムは二匹くらいノーマルに戻ってしまったし、何やかんやで時間が掛かって、空はすっかり暗くなってしまった。

 月が一つ空に輝いている。

 もう一つの月はまだ低い位置にいる。


「お疲れ様でした。本日も町に滞在されるんですよね?」


 町長がささっと現れた。


「ええ……遅くなってしまったのでそのつもりです。


 ルミィが答えると、町長は嬉しそうに大通りの方を手で示す。


「町の住民の多くはバトリーザの討伐を喜び、あなたが方に感謝しております。

 宴の準備をしましたので、是非とも楽しんで行ってください」


「あら、素敵ね」


 イーナは子供服を用意して貰っていたが、なかなか似合ってて可愛い。

 長かった亜麻色の髪も肩口で切り揃えて、すっかり見違えた。


 町長に導かれた先には屋外パーティの準備が既に完了していた。

 万雷の喝采の中を時夫たちとルミィの配下の忍者軍団も手を上げて歓声に応えながら進む。


 魔法を多少使える人がいるようだ。何人かがタイミングを合わせて空に向かって光を飛ばす。

 それを見て、炎が夜空に飛んだり、花びらを風で舞い上がらせたり、僅かな魔力でも何とか喜ばせようとしてくれているようで、それが微笑ましく、嬉しい。


 そして、町長が乾杯の挨拶をする。


「この町を昔から苦しめ、分断し続け邪教徒バトリーザは滅しました。

 私も邪教徒の脅威の前に、皆を守れなかった事を心苦しく思っています。

 これから、あの妖精の森の開拓が始まります。私は、その責任者を国から仰せつかっております!」


 町長はちゃっかり、金になりそうな妖精の森の利権をきっちり抑えているようだ。

 まあ、外から何も関係ない人が来るよりは、多少はマシな気がする程度には、時夫はこの町長を認めていた。


「そして、バトリーザの名を冠していたこのバトー町ですが、この度、その名を改めてたいと思います。

 新たな名前は我らが英雄の名を冠してトキ町です!

 さあ!トキ町の新たな門出を祝して……乾杯!!」


「ええ……!?」

「「「「「乾杯!!!!!」」」」」


 わあぁぁぁぁぁ!!!

 人々の喜びの声が響き渡る。


 時夫の戸惑う声は歓喜の声や口笛に掻き消された。

 

 夜空を埋め尽くす魔法の光が色とりどりに花火のように……イーナがこっそり剣を取り出して、魔法を打ち上げている。

 急に難易度高そうな大規模演出に変更した訳だ。

 

「……知ってたのか?町の名前の変更」


 隣でお澄まし顔のルミィにこそっと聞いてみる。


「町長から、私達の誰かの名前を付けたいと言われたので、推薦しておきました」


 ルミィが得意げな顔で微笑む。

 その白い顔を空に打ち上がる魔法の光が赤に黄色に彩る。


「驚いたよ……悪い気はしないけどな。

 でも、俺よりイーナの方が英雄に相応しいけど」


 バトリーザを倒したのはイーナの人生を掛けた努力の結果だった。

 時夫はそこまで役に立てたない。


「……いいえ、あの場で貴方だけが他の年老いた女性の苦しみを想って、金粉を持ち帰ろうとしたではないですか。

 貴方は……英雄です」


 そう言いながら、少し照れた様な顔をしてルミィはお酒のグラスを傾ける。


「飲み過ぎるなよ。記憶無くすぞ」


「それはトキオでしょう?……トキオはへタレです」


「何だよ。英雄なのにへタレかよ」


「へタレ!へタレ野郎です!」


 何故かルミィが罵りながら酒を一気に飲み干す。

 ……もしかして、昨晩やっぱり何かやっちゃったかな。


「今日は飲みますよ!!」


 ルミィの飲みっぷりに気を良くした人達が、声を掛けてくるのに、愛想良く返しながらも、尚もグラスを空にし続ける。


 時夫は勧められてもチビチビと飲む程度にしておいた。

 そして、酒も料理も無くなる頃にようやく解散の流れになった。


 ルミィは千鳥足なので肩を貸してやる。

 子供だから起きていられないらしいイーナはいつの間にか寝てたらしく、町長の奥さんが町長の屋敷の方で預かってくれている。


「ほら、ルミィ宿に行くぞ」


 ルミィを支えて部屋まで運んでやる。


「うー……トキオのへタレ」


「まだ言うか。俺が何をしたって言うんだよ」


「何も……何もしなかった……ですぅ」


「何もしてない男に因縁つけるなよ。デコピンするぞ」


「うー……何も……男のくせに……うー…………」


「ほら、部屋ついたぞ。ここまで来ればもう大丈夫か?」


「……だめ」


「…………………………」


 いや、昨日は同じ部屋で寝ちゃったしな。

 要するに何もしなければ良いのだ。すぐに自室に帰れば問題無い。


 ヨレヨレの赤い顔のトロンとした目のルミィをベッドに座らせてやる。


「ほら、早く寝ろよ。おやすみ」


「まって……まって……トキオ」


 呂律が微妙に回らないまま袖を掴まれ引き止められる。

 仕方なく振り向いたら、

 時夫の胸に顔を埋めてきた。

 細い腕が時夫の背中に回る。


「トキオ……いかないで。トキオ……」


 時夫は酔っ払いの頭を優しく撫でてやる。


「ほら、じゃあ寝付くまでいてやるから」


 抱きかかえてベッドに運んでやる。

 ルミィは素直に時夫の首に腕を回す。


「だめ……です。トキオ、どこにもいかないで……ずっと……」


 耳元に吐息がかかる。

 甘い酒の匂いで時夫まで酔いそうだ。


「大丈夫。そばにいるよ」


 ベッドに下ろした。ルミィは回した腕を離さない。

 グイッと頭を引き寄せられる。

 潤んだ青灰色の瞳が目の前、すぐ近くに見えた。

 時夫は驚きに息を止める。


 口が塞がる。

 三秒間。


 拘束が解ける。

 ルミィは目を閉じ、ベッドに仰向けに横たわった。

 涙が一粒だけ、瞼からこぼれ落ちてシーツ吸い取られた。


「……かえっちゃ……だめです」


 ころんと転がって時夫に背を向けた。

 時夫は無言のまま、柔らかな感触の残る自分の唇に、信じられない思いで触れる。


 そのままルミィの背中を眺めていたが、やがて穏やかな寝息が聞こえてきた。


 またころんと転がり、仰向けになる。

 暫く見てたが、本当に寝入ってしまったようだ。


 前髪を整えてやりながら、時夫はグッスリ寝てる酔っ払いにそっと声をかける。


「明日になったら忘れてろよ」


 軽く口付けてから自室に戻る。

 翌朝、ルミィは何も覚えてなさそうだった。


 ばちん!


「いたい!何でデコピンするんですか!」


「うるさい!この酔っ払いめ!」


「酷い!」


 町の人たちに惜しまれながら、時夫達はトキ町を発った。 


 

 

 


 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る