第84話 新たな人生

 金色の鱗粉がモクモクと視界を覆い隠し、時夫とルミィは少し被ってしまったが後退する。


 残っていた蝶々の全てがバトリーザの死により金粉になってしまった。

 地面に落ちていた、剣や風に切られたり光線で穴の空いた蝶の分まで含めて全てが粉となって地面に降り積もっている。

 それを頭から浴びたゾフィーラや、イケメン達はどうなったのか。


 時夫はルミィを抱えながら無言で視界が晴れるのを待った。


 そして、


「これは……私はいったい……」


 舌っ足らずな高い声がした。

 小さな影が立ち上がるのが見えた。

 うーん……嫌な予感だけど、見ない訳にはいかないのかなぁ。


「ルミィ……鱗粉を吹き飛ばし……いや、待っててくれ。むしろ飛ばないようにしといてくれ。

『空間収納』」


 ちょっと思いついたことがあったので、慌てて時夫はノーマルなスライムを取り出した。

 地面や空中を舞っている金粉をスライムに吸着させる。

 千切れた草や砂も多少混じるが、金粉入りの和菓子みたいになってきたな。


「……何してるんですか?」


 せっせと作業をする時夫に高い声で話しかける小さな影。

 そこには白いマントを身につけて、大きな剣を握りしめた、幼女がいた。


「………………えーっと、ゾフィーラ婆さんはどこかなぁ?」


 時夫は腕の中で暴れる金粉スライムを抱きしめつつ、無駄な悪あがきをした。

 現実から頑張って目を逸らす。


「しっかりしてください!どう考えてもこの女の子がゾフィーラさんです!」


 ルミィは現実を既に受け止めていた。


「……だよな」


 時夫は諦めて新生ゾフィーラの元へと向かう。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわ……」


 そこに、凛々しく時夫達を背に庇って戦った勇者の姿は無かった。

 亜麻色の足首まで届く長い髪の毛の色素の薄い大きな瞳の幼女。

 服はブカブカだ。服についた金粉を手ではたいている。

 年齢は……多分小学校入るくらい?


「よし!当初の予定通りだ!ゾフィーラ婆さんは若返ったぞ!やったぜ!」


 時夫はルミィに笑顔で振り向いた。もう笑うしかない。


「いやいやいや、これは……予定通りじゃないです!」


 ルミィはブンブンと頭を振って否定する。ルミィが正しい。


「はぁ……大丈夫じゃないけど……

 時夫くんはさっきから何をしているの?」


 コテンと首を傾げながら聞いてくる。

 白いマントと大きな剣をズリズリ引きずってて可愛い。


「ほら、金粉がどっかに行く前に集めてるんだ。

 婆さん……じゃなくて……えーっとゾフィーラちゃんと同じ様に若さを奪われた女の人に少しでも返せるかなって」


 言われて、作業を再開する。

 できるだけ沢山集めないと。


「婆さん呼びのままで結構だけど……せっかくだから呼び方変えて貰おうかしら。

 こうなったら人生やり直すわ。

 なんて名前がいいと思う?」


 幼女ゾフィーラの問いかけに、ルミィが、ハイ!っと手を上げて自信ありげに案を出した。


「元の名前に因んで、イーナってどうでしょう?」


「結構良いな。似合うと思う。本人はどう思う?」


「そうね。イーナ……うん。悪くないわ。これからはイーナとして生きていくわ。

 よろしくね」


 ゾフィーラ婆さん改め、イーナは新たな名前を気に入った様だ。


「じゃあイーナちゃん……」


「……ちゃん付けは流石にやめてちょうだい。これでも中身は立派なお婆ちゃんよ」


 ピシャリと言われてしまった。


「イーナさん?」


「イーナで良いわ。ルミィちゃんも、私のことはイーナと呼んでね」


 イーナは楽しそうに、本物の少女の様に笑った。


 その後は三人で金粉スライム作りに勤しんだ。

 婆さんも剣とマントを収納にしまってから、手足の袖を折って動きやすくして、小さい体で自分より大きなスライムを抱えて頑張っていた。

 たまに取り込まれそうになっているのを時夫とルミィで助け出しつつ、何とかやれる限りはやったと思う。


「他の子供達を連れて町に帰りましょう」


 イーナが指示を出すが、小さい子供が頑張って大人ぶってるようにしか見えない。


 金粉を浴びてしまった時夫達以外のイケメン達も子供の姿になってしまった。

 今はおとなしくなっている。

 手足が無かったり、目を焼かれていたりで悲惨な状況だ。

 大人の姿の時はグロいなとは思ったが、自業自得と割り切れた。しかし、子供の姿で苦しまれると流石に心にグサリとくるものがあるなぁ。


「神聖魔法で視力は回復させますね。あと……手足……どうにかなるでしょうかねぇ」


「困ったわね。大人の姿なら放って置けるのに」


 ルミィとイーナが困った困ったと言っている。

 こんな時にはあれだ。


「困った時に役立つ奴を呼び出すか」


「……そうですね!お任せください」


 時夫はルミィとツーカーに成りつつある。これで通じるとは。


 ルミィが跪き祈りを捧げる。

 そして、ルミィの瞳が金色に光る。


「お疲れ様。そなたらの活躍はコチラでも把握してるわ。

 祖父江稲子……随分とまあ愛らしくなったわね。そして……強くなったのね。

 ハーシュレイが真に神であった頃からの使いを殆ど一人で倒すとは……今なら胸を張って勇者と名乗れるでしょう」


 こいつ偉そうだなぁ。

 見てたんなら手伝えと言いたい。

 そして、ちょっと気になる事を言っている。


「何?真に神とかってのは、アルマがこの世界の神に選ばれる前から、あのバトリーザは存在したのか?」


「そう……当時は聖人として扱われていたの。

 本人達が名乗っている通り、神に仕える天使のような存在だったのよ。

 だから、かつての天使の名が地名なんかに残ってたり、その名に因んだ人間の名前があったりするわ。

 ……ねえ、せっかくだから、あの家に行かない?何か飲み物くらいあるのではないかしら?」


 レンガ造りの家に目を留めたアルマが興味を示した。

 時夫も興味はあるが、この惨状の中では好奇心を優先させてられない。


「いやいや、元イケメンどもから目を離したくないから、ここで話せよ」


「……?目が見えないようだから、逃げたりの心配要らないのではないの?」


「……………………」


 そういや、この女神は鬼畜だったな。

 話が進まないからか、イーナが口を挟む。


「あそこにいる子供達の体を健常にする事は可能ですか?」


 その言葉にアルマはニコリと笑って答える。


「もちろん……その代わり今回のボーナスは無しよ。その分の力を使うわ」


「構わない」


 即答した時夫にイーナは確認する。


「良いの?ルミィちゃんに聞かなくて」


「良いよ。多分反対はしないはずだし」


 ルミィも敵だったとしても、子供を見捨てたりはしない。


「では、神の奇跡を見ておきなさい」


 アルマがおどけるように言う。

 祈るようなポーズで目を伏せると、辺りを光が包む。

 子供達は直ぐに顔を上げ始めた。

 

「凄い……目が見えるように……え、あれ!?」

「何だこれ!」「若返り過ぎてる!これじゃまるで子供じゃないか!」


 五歳くらいから十歳くらいの少年達が嘆いている。

 こうして見るとイケメンはガキの頃から片鱗がある。けっ!人生通してお得な思いしやがって。


「私、疲れたから帰りたいんだけど?」


 根性ナシの鬼畜女神は疲れやすいのだ。直ぐに帰りたがる。


 ばちん!


 ルミィが青灰色の目を開ける。


「トキオ、デコピンの腕が落ちてますね。威力が最近衰えてます」


「じゃあ、次のボーナスでもっとムキムキにして貰おうかな。

 今回のボーナスでガキどもは元気になったから。町まで連れてくぞ。

 おい!お前らちゃんと着いてこいよ!」


 小さい子供がちまちま着いてくる。


「なあ!俺たちどうなるんだ!」「お前らのせいだ!何とかしろ!」


 ガキどもが煩い。


「煩い!黙れ!置いてくぞ!」


 尚もブーブー言ってるのを無視して先を急ぐ。


「待って……この体だと足が短くて……」


「あ、悪い……」


 イーナがテケテケ小走りに近付いてくる。可愛い。


「イーナ、私と杖に乗っていきましょう」


 よし、さらに急ぐか。


「おい!魔物に食われたくなきゃチンタラするなよ!」


 ガキどもを急かす。


「トキオ……子供にあんまり厳しいのは……」


 ルミィが眉を顰める。

 ダメだ。もう見た目に騙されてる。


「しっかりしろ、アイツら中身大人な上に極悪人だから」


「……それもそうでしたね!置いてくぞ!魔物の餌にしてやる!」


 ルミィもノリノリだ。

 町に着くまでたっぷりと文句ばかりのガキンチョをどやし付けて、時夫達は堂々の凱旋を果たした。

 

 


 

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