第82話 妖精の住処

 争いは忍者軍団とアンチバトリーザの男性に任せて、宿に一旦戻った。


「お待たせ。行きましょう」


 婆さんは、先ほどよりもゆったりと動きやすそうな服に着替えて、白いマントと剣を手に持っていた。

 先ほどまではスカートだったが、ユニセックスなズボンスタイルだ。


「それって勇者の……?」


 時夫が聞くと、婆さんは、ふふ……と悪戯っ子の笑みを浮かべる。


「返せって言われなかったから、ずっと『空間収納』に入れてとっておいたの。

 マントも魔道具で少しは軽やかに動けるわ。それにかなり純度の高い光魔法の魔石の付いた剣だから、少しはおばあちゃんでも戦えるようになった筈よ」


 剣は勇者が持つに相応しい豪華さだ。

 マントも襟元に魔石が縫い付けられ、白い布地の表面を文字や図形が時折光り浮かび上がる魔法の世界にあっても見た事のない美しい物だった。


「でも、変身して森の中に行かないといけないから、これはまだしまっておくわね」


 ゾフィーラ婆さんがどこまで戦えるのかは分からなかったし、時夫やルミィがメインで戦うつもりだったが、少しは頼っても良いかも知れない。

 とはいえ、もちろん全盛期からは程遠いだろうし、無理と思ったら撤退しようと言う気持ちは変わらない。


 そうしたら、町の分断は解消されないだろう。

 しかしその時は、イケメンどもを血祭りにあげれば良いだけだ……。

 

 いや、俺だって別に顔はそこそこ悪くない方だと思うし、イケメンに嫉妬とかそういった感情はないけど、世の中にはやむを得ない犠牲というものがある訳だし、時夫は大人として、そういう事柄から目を背けずに、成すべき事を進んで成そうとしているだけだ。

 普段から調子乗ってそうな奴らを殴ってスカッとしたいと言った気持ちは本当に真実として一切無く、平和原理主義過激派である為に暴力にはどちらかと言えば大反対なのだが、他の誰かに汚れ役をやらせる事をヨシとしない漢気故に、自らの手を汚そうとしているのである。


 まあ良い。

 とにかく今は勝つ事を考えよう。

 

「髪の色変えてから行きますね」


 ルミィが髪をササっと染める。

 ダークブラウンだ。


 「じゃあ、変身していくか」


 変身ネックレスで、時夫は若いイケメンに、婆さんは気に入っていたらしい劇団長に変身した。

 ちょっと服のサイズが合わないので、袖が短くなっているが、マントでそこはかとなく誤魔化す。


 ルミィは攫われてきた町娘役で、婆さんと時夫がイケメン役だ。

 顔が売りの仕事をしている男達だけあって、町で暴れていた奴やよりは数段上なので、おそらく気に入られると思いたい。


 見覚えの無いイケメンでも受け入れてくれると良いなぁ。

 一応敵側でこちらが変身できる事を知っている可能性があるラスティアくらいか。

 カズオ爺さんが変身していたのを見抜いた訳だし。

 ……変身は爺さんの能力だと思っててくれると助かるけど、無理があるかな?

 邪教徒同士で情報共有はしないどころか、仲間蹴落とすのが好きそうだから、バトリーザには知らせていないと今は信じよう。


 そして、森の近くまで来た。ルミィが長い髪を垂らして俯く。

 そのルミィの腕を時夫ががっしり掴んで、逃げ出さないようにしながら森へ連行する……フリをする。


 森の小径を進んでいくと、中は霧で視界が利きにくくなっていた。

 そして、周囲が黒い瘴気で視界はさらに悪くなる。


 王都の北の森、豊穣の天使ユミスのいた場所も瘴気にやられていたようだが、こちらの妖精の森は何十年も根城にされていただけあって段違いの瘴気の様だ。


「……あれなんだ?」


 時夫は霧の向こうにキラキラとした、金色の光が瞬くのを見た。


「蝶だ……金色の」


 婆さんが低い声でボソリと呟いた。

 その声が、聞いた事のない人の声だったので、ビビったのはナイショだ。


 その蝶々の存在は、ゾフィーラ婆さんから聞いていたのでわかる。

 若さを奪うバトリーザの武器。


 黄金の蝶は一定の距離を保ちながら、奥へと導いていく。

 どうやら時夫達の今の顔はお眼鏡に適ったようだ。


 やがて、木々が開けたところに辿り着いた。

 霧もいつの間にか晴れている。

 そこには小さなレンガの家。

 その周りには白い可憐な花が植えられ、お伽話の挿絵のような愛らしい現実味のない場所だったり


 そして、レンガの家の前には少女が待っていた。

 縹色の柔らかな髪に白い花を飾り、背中には二対の妖精の翅。


「はじめまして。

 素敵なお客様。貴方達も贈り物が欲しいのでしょう。

 プレゼントも持って来てくれたのね。

 わたし、とっても嬉しい」


 鈴を転がす声で挨拶をし、その妖精は愛らしい顔に似合わない、品定めをする様な目つきで時夫達を見た。

 そして、金色の大きな目を細めてニコリと満足そうに微笑んだ。


 

 

 

 

 

 

 

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