第78話 デートでは無いらしい買い物

 そんな訳で、翌日は港町をルミィとお買い物!する感じの流れのヤツになった。


「ふふふ……楽しんできてね」


 貴婦人然とした格好のゾフィーラ婆さんが手を振ってのんびり優雅に立ち去る。

 ボケたフリを止めたら、すっかり上品な可愛いお婆ちゃんになっちまった。

 なんでも、有名な画廊の個展を一人で周りたいらしい。

 何気にこの国の情報収集してるなぁ。

 もしかしたら、旅行とか好きなタイプだったのかも知れない。

 ……今までずっと閉じこもってた分楽しんで欲しい。


「じゃあ行くか……」


「はい」


 いやいや、デートとかそんなんじゃ無いのに、ルミィときたらお堅い態度だ。

 よし、確か一番賑わってるのはこっちだ!


 頭の中で事前に忍者軍団に頼んで手に入れていた地図を頭の中で思い出しながら歩を進める。


「ま、待ってください!歩くの早いです!」


 ルミィが袖口をギュッと指先で掴んでくる。

 

 「わ、悪い……」


 どうも今日は頭の調子が悪いな。

 普段は少しルミィに合わせて歩くのに。

 小柄な時夫だが、ルミィよりは大きいので気をつけないと、ルミィが早歩きしないといけなくなる。


 今日のルミィは髪の毛だけミルクティー色に、薬剤で染めている。

 髪型もアップにしてていつもより大人っぽい。

 瞳はいつも通りの神秘的な青灰色。

 服装はやはりお嬢様っぽくて、時夫の調子が狂ってるのは、この見慣れない服装のせいかも知れない。

 もちろんとても似合っている。

 ……褒めといた方が良いのかな?


「あのさ……その服似合うよ」


 褒め言葉がイマイチ思い浮かばなくて、大した事が言えなかった。

 しょぼん。でも、俺は硬派な男だから仕方ない。……と、時夫は自分を慰める。


「あの、ありがとうございます。トキオも、服似合います」


 褒められた。時夫もいつもの汚れても良い服じゃなく、汚れたらかなり落ち込む服を着ている。


「へへ……馬子にも衣装かな?」


「?……何ですかそれ?馬?」


 おっと、通じなかった。

 こっちの世界に来てから謎の自動翻訳で会話しているのっぽいだが、たまに翻訳失敗するのか、慣用句や諺が通じない時がある。

 対応する言葉が無いのかな。

 普段は普通に会話してる感覚なのだが、こういう事がある時に自分がこの世界の異物であることを再認識させられる。


「いや、何でも無いよ。行こう」


 ルミィは時夫の服の袖をしっかり掴み直した。

 時夫は今度はのんびり並んで歩き出す。


 建物が白く、太陽は眩しい。

 あちこちの店を冷やかす。


 ルミィをチラッと見ると、微笑んで小首を傾げる。

 うーん……軟派な男だったらどう反応しただろう。要するに経験不足であるところの時夫はすぐに目を逸らす。


「なんか飲み物飲むか」


 適当な喫茶店に入る。

 緩やかな坂を登った所にある店のテラス席からは、海が一望できた。


「綺麗ですね」


 ルミィが微笑みながら、海を見つめる。


「……そうだな」


 時夫もルミィを見ながら同意する。

 ルミィが今日付けている装飾品をコソコソ観察する。……高そう。でも、普段はそんなに高級品は身に付けていないんだし、時夫でも買えるものがあれば……。


 と、色々考えてる時夫は海をあんまり見てなかった。船で散々見たし。


 髪を結っているから、いつもは隠れた形の良い耳が見える。

 やっぱり、さっき冷やかした店で売っていた耳飾りが良いな。

 そうしよう。


 時夫はフルーツ果汁を飲みながら、ルミィへのプレゼントを決めた。

 旅の記念品だ。

 ……自分用にタペストリーとか買ってみようかなぁ。

 他の人も分も探さないと。


 そして、さりげなく目をつけてた店にルミィを誘導する。


「ここの店さっき来たところですよ?」


「気になってるのがあったんだ」


 そう、エメラルドの様な鮮やかな緑と、透明感。

 小さいが、この魔石はかなりの上物だ。

 時夫も何ヶ月も異世界生活をしているうちに、目利きになって来ていた。


「すみません……これください」


 時夫が店員さんに話しかけた。


「んん?装飾品にご興味があったんですか?……それとも誰かへのお土産ですか?」


 ルミィの眉根が寄る。

 いかん。シワができる。こういうのはクセになるんだ。


 時夫は親指でシワを伸ばしてやる。ぐにー。おや?抵抗する。抵抗はやめろー。ぐにぐにぐにー。


「これ、お前にやろうと思ったんだけど、こういうの嫌いか?」


「……へ?これ?私の!?これ!?私!好き!」


「そら良かった」


 二人のやり取りを見ていた店員さんが声をかけてくる。


「付けていきますか?」


「は、はい!付けます!」


 ルミィは、手をはい!と上げて子供っぽく答えた。

 お嬢様っぽい格好してるのに台無しだ。

 時夫はこっそり吹き出す。


「では、こちらに座っていただいて……」


「はい……」


 店員さんに促されて、座り、手鏡を渡される。


「よくお似合いですよ」


 店員さんの言う通り、よく似合っている。

 ルミィは無言で鏡を見つめる。


「こちら、小さな土台に魔法陣がびっしり掘られているんです。

 国一番の名人と呼ばれた職人の最後の弟子の作品です。

 まだ無名ですが、師匠を超える逸材ですよ。

 この耳飾りは、持ち主の危機に反応して風の魔法で持ち主をたった一度だけ守ってくれるんです。

 ……恋人思いですね」


「……はい」


 ルミィが自分の耳に触れながら、肯定する。

 時夫も店員の言葉を否定はしなかった。


 時夫も耳飾りの持ち主を守る機能と、最高の風使いに相応しい石に惹かれて、プレゼントの候補に入れていたのだ。

 一応、他にもっと良いものがあるかも知れないと、見て回ったが、これ以上の品は無かった。


 店を出る。


「そろそろホテル帰るか」


 時夫は美しいお嬢様に手を差し出した。


「……はい」


 控えめに、怯えるようにそっと伸ばされたルミィの手が重なる。

 多分、周りの人は俺たちを恋人とか勘違いしてるかも知れないな。

 時夫は大事な相棒の手をしっかり握って、ゆっくりと歩き出した。

 

 

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