第76話 呑気な船旅

 船旅は割と快適だった。


 船は風を帆に受けて進むのだが、何と言っても魔法の世界なので、自然の風では無く、風魔法を使える忍者軍団?の人達が頑張っていた。


 たまにルミィが手伝いに行っていたが、その度に「おぉ!」とか「凄い……」とか言ってて、こいつら大丈夫かと不安になった。


 が、正直に言って全員合わせてもルミィよりもしょぼかった。

 とは言え、数人で交代しながら休みなく頑張ってくれてるし、アルマに魔力量のボーナスを2回も受けているチートと比べるのは流石に可哀想か。

 

 急いでも無いので、のんびり海を眺めて楽しむ。


「トキオ、何をしているのですか?」


 少しラフなワンピース姿のルミィが、時夫を物珍しげに見てくる。


「見てわかんないか?釣りだよ釣り」


『空間収納』に色々入れて来たのだ。

 因みにゾフィーラ婆さんは部屋でせっせと編み物をしている。

 刺繍も洋裁も和裁も何でも出来るらしい。そういえ仕事をしていたとか。

 ボケた振りをしている時が不幸そうに見えたわけじゃ無いが、それでも、正体がバレてからの方が楽しそうで良かった。


「お!ヒット!引いてる引いてる!!」


 慎重に……慎重に……。


「うらぁ!」


 なかなか大きめの魚だ!

 食べられるのかな?


「なんて言う魚なんですかねぇ?」


「さあ?」


 そもそもあちらの世界の魚も詳しくなかった。

 ……こいつ毒とか無いよな?

 噛みついたりしないよな?


「調理担当に任せましょう!」


 ルミィがテクテク歩いて行く。

 長い金色の髪が海風にたなびいて輝いているのを、時夫はボンヤリ眺める。

 ……眺めるんならちゃんと正面から見れば良いのにな。俺ってば恥ずかしがり屋さん!


「………………」


 アルマに思考盗聴されてないよな?


 時夫は気を取り直して、また糸を垂らす。


「連れて来ました!」

「わあ!珍しいやつですよ!大丈夫!食べられます!」


 ルミィご戻って来て、コックの人の良さげなおっさんが喜んでるが、時夫はそれどころじゃない。


「くそ!めちゃくちゃデカいの連れちゃったんじゃ無いか!?」


 生活魔法のカリスマは諦めて、伝説の釣人アングラーでも目指すべきか!?


「トキオ!頑張って!」


 ルミィが応援してくれている!うおー!!!

 

 その時、船がグラリと大きく揺れる。

 時夫は堪らず竿を手放す。立っていられないほどにデッキが傾く。


「きゃっ!」


 よろめいて来たルミィを何とか片膝をついてしっかり抱き止める。

 良い匂い……じゃ無くて。

 調理担当は滑って行って、途中で引っかかって無事。


「『滑り止め』」


 極大の摩擦を船のデッキ全体に発生させた。

 これで、かなり斜めっても滑り落ちなくなる。


「これは……クラーケン?」


 でっかいイカを釣り上げてしまった。


「……食えるのかな?」


「そんな場合じゃないでしょう!」


 時夫は脳内でイカ刺しを思い描いたが、確かに醤油もないし、ルミィの言う通り諦めた方が良さそうだ。

 醤油……この世界に無いのかな?

 チート情報収集装置アルマの力で作ったらだいひっとで大金持ちとか……いや、金よりも普通に醤油をかけたイカ刺しが食えれば俺は……。


 時夫はでかいイカを鋭い目付きで睨みつけながら、時夫は必死にどうするべきか思考を巡らせていた。


 「あ、ちょっと……」


 必死に焼きイカ、イカリング、塩辛について考えてるところなのに、忍者軍団が勝手に攻撃を加えている!


 ルミィもブツブツ詠唱を唱えている。

 あ!スミを吐いた!いや、ルミィが風で防いだ。

 詠唱はやり直しだ。


「『エアーエッジ』!」


 風の刃が踊り狂いながらイカの足を切り落とす!


 そして、


「『ウィンドスラッシュ』!」


 ルミィが杖に風の刃を纏わせて、イカ本体を真っ二つにした。


「おおー!!!」「流石だ!」


 忍者軍団が拍手してる。

 なんか呑気な集団だな。


 お、イカの足が一本だけデッキに残ってるぞ。


 調理担当がようやく立ち上がって、こちらに近づいて来たので、聞いてみる。


「なあ、これ食える?」


 そんな訳で、時夫が思い描いたものとは違ったが、その日のディナーにはイカ料理が並ぶことになった。

 

 

 



 

 

 

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