第75話 楽しい旅へ

「俺、ティルナーグ行くんだ。なんか土産でも買ってくるよ」


『魔道具屋ウィル』に魔石の購入しに来たついでにミーシャ達に船旅の自慢をする。


 日本にいた頃だって、外国に船旅なんてした事ないから実は楽しみでしょうがない。

 でも、あんまりはしゃぐのはルミィにガキ臭いと思われそうだし、邪教徒討伐の為なのに楽しんでるのは、ゾフィーラ婆さんの手前もあって不謹慎だからとクールな顔をしていた。


 なので、こうして単独で旅の準備をしながら、知り合いにさり気無く自慢するのだ。


「船旅なんて素敵ですね。私は外国には行ったことが無いので羨ましいです。気をつけて行ってきてください」


 道具屋の看板娘ミーシャが深緑の瞳で尊敬の念を込めて見上げてきて、尚且つ正に時夫の欲しかった言葉をくれて気分が良い。


「良いなー!つれてけよ!」「つれてって!」


 双子のカイとルルが時夫の足に抱きつきながらワガママを言う。

 ふふん。子供に好かれるのは良い人感が出て気分が良いなぁ。


「ただいまー!あれ?トキオじゃん!元気してた!?」


 テオールが時夫を見て目を丸くしてる。


「なんだよ。デッカくなったなぁ。もう直ぐ身長追い抜かされそうだ!」


 頭に手をポンと置いてやる。

 よし、まだ俺の方が大きい。


「流石にトキオよりはデカくなるよ。なんなきゃショック!」


 グサッ!傷ついた。俺の方がショックだ。


「こら!テオール!失礼でしょ!謝りなさい!」


「へへ!いいんだよ!」


 テオールは笑いながらバタバタと2階に上がっていった。


「すみません、最近生意気になっちゃって……」


 ミーシャが申し訳なさそうにしている。


「いいって。前よりも子供っぽく振る舞える様になったなら、それだけ楽しく過ごせてるって証拠だから」


 前まではテオールも子供ながらに家計を支える中心になってしまい、姉にも言えない悪事にも手を染めるまで追い詰められて、家族の前ではいい子でいるしかなかったのだろう。


 だからこれで良いのだ。

 時夫の受けた精神的ショックなんて、ものの数では……。


「オレもすぐにトキオよりおっきくなるよ!だってトキオはチビだもんな!」

「小さくても大丈夫だよ!ルルがいい子いい子してあげるからね」


 グサグサッ!!


 子供達の嘘偽り無い言葉が時夫を苛む。


「……また来るよ。お土産は買うから」


 時夫は痛む胸を押さえて店を出る。


「すみません!弟も妹もまだ子供で!お待ちしてますね!」


 いや、時夫は確かに背が低めだけど、そこまですんごいチビではないんすよ。

 ただ……ここの世界の人って平均身長高めじゃありません?

 いや、だから何だって話なんすけど……。


 時夫はどこかの誰か……イマジナリーなフレンドに言い訳をした。

 時夫の負った精神的ダメージは大きかった。


 ……アルマの力で身長10センチ……いや、5センチで良いから高くしてくれないかなぁ?


 ――無理


 「馬鹿な!思考を盗聴された!?今、確かにアルマの声が……!」


 時夫は無意味と知りつつ、つい周囲をキョロキョロと見回す。


「ママー!あの人変!」「しっ!見ちゃいけません!」


 手を繋ぎ歩く親子がそんな時夫の様子を見ていた様だ。

 時夫は無害をアピールすべく、笑顔で女の子に手を振った。

 母親が女の子の手を引き、小走りで速やかに立ち去った。


 ふう……

 時夫は空を見上げる。

 あの雲、ツノありウサギに似てる……。

 こんなに良い天気なのに、何故こんなにも僕の心は雨模様なのでしょうか。


 ――きもちわるい


 暇してるらしいこの世界の理不尽の主たる原因が無駄に思考盗聴して、言わんでも良いことを言ってくる。


 時夫は、この世界の唯一の救い、地表の楽園たる『トッキーのアイスクリームファクトリー』に立ち寄った。

 もちろん、改めて船旅の自慢をする為である。


「いらっしゃ……あ、オーナー!」


 店長のフォクシーが白い尻尾をフリフリしながら来てくれた。

 時夫は店のメンバーから、いつの間にかオーナーと呼ばれる様になっている。

 偉くなった気がするので、時夫はその呼称を気に入ってたりする。

 

「お、トキオ!どうした!?」


「いや、ギルド長こそ。そろそろちゃんと仕事した方がいいと思いますよ」


「何言ってんだ?コニーが受付やっててくれてるから、自由になったんじゃ無いか!」


 ワハハも笑ってるが、実はギルド長ってやること無いのか?

 それで給料もらえるなら夢の様な仕事だな。


「えっと……一緒にアイス食べてるのは……」


 そう、ギルド長は小さなテーブルを挟んで二人で座っていた。

 そこはかとなく覇気が無いこいつには見覚えがある。


「名前は……オターク・ナードだっけか?」


「ターク・ナーデッドだ!

 ……君の様な人に名乗った覚えは無いが……」


 そうだ。コイツに話を聞いた時は女の姿だったな。


「僕もそれなりに有名になって来たってことか……やれやれ」


「それで何でギルド長はコイツとアイス食ってるんです?」


 手汗男タークのことは無視して、ギルド長に聞く。


「しつこく店員に住んでいる場所聞いていたからな。

 お灸を据えてやって、その後は雑談だな」


「そうでしたか……それは置いといて、俺ティルナーグ行くんですよ!船で!!」


「おお!船旅か!船は良いぞ!!俺も船でよく国から国へ、大陸から大陸へ移動して……(中略)……そこで、デカいイカの化け物が襲ってきてな!そこで俺は……(中略2)……とまあ、そんな訳でやはりビールは北の国が一番って訳だな!ハッハッハ!!」


「……はあ」


 船旅自慢をし損ねた上で、だいぶ長く武勇伝を聞かされた。

 ひと様の自慢話ってアレだな、長いと聞くの疲れるなぁ。

 そう言えばタークも少し疲れてそうなのは、ずっと武勇伝聞かされてたからか。

 時夫はタークに初めて同情を覚えた。

 

「で、さっきの続きなんだが……」


「あ、すみませんが、旅の準備まだ途中でして、もう行かなくちゃ!それでは!!」


 時夫は逃げ出した。

 そして、哀れなタークのために祈りを捧げた。

 モノホンの聖女の祈りを個人宛にするのは珍しいんだから感謝しろよな!


「ま……待ってくれ……」


 タークの弱りきった声が聞こえた気がした。

 しかし、今日の時夫は女神の声が聞こえた気がしたり、思考盗聴されてる気になったり、幻聴疑惑があるので無視した。


 そして、自慢は帰って来てからする事にして、慌ただしく数日が経過し、出発の日。


 広々『空間収納』持ちの時夫のお陰でほとんど手ぶらの気軽さ。

 時夫はいつも通りのノーマルな冒険者風の装いだ。


「天気も良し!……しかし立派な船だな」


 ほけーっとどデカい船を仰ぎ見る。


「邪教徒討伐ですからね。

 それも半世紀以上前から観測されながらも、討伐されずにいる大物です」


 振り向くとそこには麗しきお姫様……では無く、貴族然としたドレスに身を包んだルミィがいた。

 髪を結い、小さなお洒落な帽子をつけている。

 何度見ても見惚れる美しさで、少し近寄りがたさすら感じる。


 そして、ゾフィーラ婆さんは、小綺麗な格好だが、ルミィ程は豪華では無い。


 そして、この3人で行くわけでは無い。


 ルミィが秘密裏に集めた謎の討伐部隊が編成されている。

 ……と言っても、船や向こうの生活のサポートや、情報収集をする人達らしい。

 普段のルミィの情報収集もこの人達が頑張ってくれているとのことだ。


 それなりの貴族であるならば、当然こういう人達を抱えている……と説明を受けたが、要するにお抱えの忍者軍団って事だよな!

 すげー!


 忍者軍団は普通に船に荷物を運んでいる!

 すごい!普通に見える!

 普通に見える訓練とこしてるのかな!?

 戦う時はやっぱり戦闘用のスーツ的なのに着替えて、移動は屋根から屋根なのかなぁ!?


 時夫はワクワクしながら忍者軍団を観察する。


「トキオは邪教徒に詳しい専門家という事になってますから。

 それと、戦闘は私たち3人で行います」


「ん?何でだ?皆んなでワーッて襲いかかって、ヤバくなったらワーッて逃げれば良いんじゃ無いか?」


「……妖精の森、邪教徒バトリーザのいる場所は、神聖魔法が使えない者はあちらから招かれない限りは先に進めないらしいんです。

 ある程度進んだ後、神聖魔法持ち以外は精神錯乱を起こすそうなんです。

 それに……そこには薄っすらですが、瘴気が立ち込めてるので瘴気病の元になりますから。

 普通の人ではバトリーザのいるとされている所には行き着けません」


 神聖魔法の使い手はかなり希少だ。

 それこそ、氷系の魔法使いよりも数は少ないらしい。


「そして、招かれるって事は、女なら若さを吸い取るため、男なら見た目が気に入ってプレゼント貰ったり、若返らせてもらったりか。

 ……顔に自信のある男が近づく理由は分かるんだが、女の人は何で近づくんだ?」


「……バトリーザから贈り物を貰った男の人が、バトリーザからもう一度贈り物を貰うには、女の人を連れて行かないといけないから、無理やり連れて行くらしいです。

 あとは、希少な魔石が落ちてることがあるらしいので、一攫千金を夢見てですね。

 男の人の貰う贈り物も、巨大な魔石だったりする事が多いらしいですよ。

 それ一つで一生涯遊んで暮らせるのが手に入るとか……」


 なんともおとぎ話の様な眉唾物だな。

 

「本当にお宝が手に入るのか?森の中のそこら辺に落ちてるのか?」


「それも、バトリーザに飼われている男たちが、餌を招くために流した噂かも知れませんね。

 さあ、そろそろ船に乗りましょう。

 荷物はもう積み終えた様です」


 そして、船は港を離れた。

 


 


 

 


 

 

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