第72話 温泉回(女子の部)

 女性の買い物は長くかかるという偏見があったが、ルミィと伊織は、ささっと終わらせた。


「服とか色々見るかと思ってたよ」


 時夫の言葉にルミィが首を振る。


「いえ、着替えはイオリに私のを貸してあげるんです。

 たんにお風呂に入る時に使う物とか小物を少し買っただけですよ」


「時間かけて服を探すよりも、早く温泉入りたいんです」


 伊織は温泉好きか。若いのに結構なことだ。

 ビバ日本の文化!


 そして、また以前に来た宿。


「わあ!風情がありますね!」


 伊織がはしゃぐ。

 喜びを素直に表すので、連れてきて良かったと思う。

 時夫も実は結構疲れている。

 ルミィも二人乗りで杖での移動速度はそこまで出ていなかったものの、『ウサギの足』なんかの連続使用はなんやかんやで肉体に負荷が凄かった。


 途中で時夫の疲れに気がついたルミィが速度を落としてくれたが、到着があんまり遅くなってしまうのも良くないかと思い、頑張るしかなかった。


 一応、まだ子供の伊織にはそんな時夫の意地を張った無理はバレていない様だ。

 情けない大人だと思われたくないからな。


 幸い宿はまた閑散期だった様で、また貸切の様だった。ラッキー!

 

 一度しか来てないのに、廊下を歩くうちに、寂れた宿は時夫の心に暖かさと寂しさを覚えさせた。

 祖父と、もう一度来たかった。

 孫として一緒にもう少し過ごしたかった。


 ……そういうのは今は考えない様にしよう。

 

 メソメソしてるのが年下女子二人にバレたら恥ずかしいから。

 一人で温泉入るのもきっと気分が良いもんだろう。

 他に人いないなら泳いじゃおっかな!?

 時夫はルンルン気分を盛り上げることにした。

 


 ♢♢♢♢♢


「ふぅ……気持ちい。さっぱりする」


 伊織はお湯の中で足を伸ばす。

 髪を洗ったら緑の染料が落ちるんじゃないかと思ったけど、そんな事は無かった。


 伊織が髪の色をまだ戻さないのは、フィリーに対する哀悼のつもりだった。


 伊織はお湯に浸かりながら目を瞑り、フィリーの事を考える。


 アレックス王子の御学友という事で、学園での地位を築いていたフィリー。

 やはりパトリーシャの断罪を巡るトラブルで、距離を置く人が増えていた。

 もしかしたら、家とか貴族同士の社交の場での地位が低下したり大変だったかも知れない。


 女子の中で浮いて辛かった時、よく声をかけてくれていたフィリー。

 伊織のこと、巻き込まない様に気を遣ってくれたフィリー。


 なのに、伊織は何一つお返ししなかった。


 アレックス王子は王になる事は無い……と世間は噂しているみたいだ。

 伊織との婚約話の噂が出ていた時は、もう少し希望があったみたいだけど、伊織がなかなか頷かない事で、世間の関心は、昔人気があったらしいエルミナ第一王女か、ジェレミー第二王子が次の王になると予測してるらしい。


 伊織がアレックスと婚約してたら、フィリーの社交界での立場はもう少しマシになってた……。


 伊織はお湯でパシャリと顔を洗う。


 色々あって、フィリーは精神的に弱ってたのかも知れない。

 でも、もし伊織に何か責任があるとするなら、友達の異変に、苦悩に気が付かなかったことだ。


 フィリーを唆した邪神が許せない。

 トッキーさんはその邪神たちと戦っている。

 伊織に何が出来るかわからないが、フィリーのためにも、出来ることがあったら頑張ろう。


 伊織は決意を新たにする。


「ニホンジンは皆んなお湯に浸かるのが好きなんですか?」


 一人で反省会を頭の中でしていた伊織に、ルミィが声をかけて来た。


「あ、はい。だいたいそうだと思います」


 伊織はルミィの方を見る。


 スタイル良いなぁ……。

 それに、水色の髪似合ってる。いつものミルクティー色の髪も良いけど。

 ルミィは瞳の色まで変えている。

 灰色がかった青い瞳は神秘的だ。

 髪の色と合わせてるのかも。カラコンが無くても変えられるなんて、魔法の世界は本当に凄い。


「えーっと、私何か変です?」


 まじまじと見過ぎで、ルミィに変に思われた様だった。


「ううん!美人だなぁって思って」


「ふえ!?美人!?本当ですか!?」


 バシャンと水飛沫を上げながらルミィが伊織の方に近づいて来た。


「え、あ、うん。本当!」


 勢いにびっくりして伊織はこくこく頷く。


「うふふ……女の子から褒められるの嬉しいです」


 両手で頬を押さえてくねくねしながら、頬を赤らめている。

 可愛いのと、変なのとが半分ずつだ。

 ……トッキーさんはやっぱり、この人が好きなんだろうなぁ。


 伊織は好きになりかけてる男の人をよく観察していた。

 彼は何を言うでもなく、何をするでもなく、ただルミィを見つめていることがあった。

 その瞳には甘さや優しさでは無く、その姿を記憶に焼き付けようとする必死さがあった。


 伊織には少し理解できた。

 伊織も、いずれ日本に帰るつもりだ。

 だから、たまにお気に入りの場所を、学園の生徒たちを、只々見つめることがある。


 携帯の充電が惜しいから、あまり電源は入れられないけど、少しだけ写真も残した。


 でも、本当はもっと沢山の写真を残したいし、動画だって出来るなら撮りたい。

 日本に帰りたい。帰るけど、でも、2度と戻って来れない場所を、素晴らしい魔法に囲まれた日々を惜しむ気持ちがある。


 そして、伊織が魔法の日常を愛せる様になったのは、時夫とルミィのお陰なのだ。


 伊織はルミィのことも結構好きだった。

 自分のために沢山動いてくれるし、とても面倒見が良い。

 ルミィは伊織をどう思ってるかわからないが、伊織は友達だと思ってる。


「あの、ルミィさん……」


「ん〜?なんですか?」


 ルミィは機嫌良く小首を傾げて伊織の方を向く。


「あ、いえ、なんでも無いです」


 伊織は首を振る。


 ――トッキーさんの事好きですか?日本に帰らないで欲しいんじゃ無いですか?日本とこっちの世界を行き来する方法とか無いんですか?


 聞いたら、ルミィを悲しませる気がした。

 伊織は時夫と日本に帰った後も願えば会うことができるかも知れない。

 でも、もしかしたらルミィは2度と時夫と会えないかも知れないのだ。


 夜空を見上げても、時夫の見る月とルミィの見る月は全くの別物だ。

 お互いの住む世界のどこにも、想う相手はいないのだ。

 

「なんだか茹だっちゃいそうなので、先に出ますね」


「はーい」


 ルミィは小さく手を振ってくれる。

 伊織は手を振りかえし、その場を足早に去る。

 ルミィに勝ちたく無い。ルミィに負けたい。ルミィに時夫をとられたい。


 伊織はルミィのことも大好きだった。

 友達の恋を応援したかった。

 

 

 


 

 

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