第70話 遺品と日本への想い

「あの、私お風呂入れてないから汚いかも……」


 時夫の手を借りて立ち上がった伊織が恥ずかしそうに、手を引っ込めつつモジモジとする。


 時夫は伊織に『クリーンアップ』を掛けてやる。


「じゃあ、着替えでも途中で買ってから、温泉でも寄ってくか?」


 時夫としてもカズオ爺さんと入った思い出の温泉宿に行っておきたい。


「そうですね。でも、その前にあの小屋の方見ておきたいです」


 ルミィの言葉に頷いて、伊織が閉じ込められていたらしい小屋の方に行く。

 中には一応掃除道具とか置かれてて思ったよりはちゃんと倉庫してた。

 

「ここ、地下室があるんです……」


 伊織が先導して、棚の奥の方に行くと、入り口からは見えにくい位置に階段があった。


「私、ここに閉じ込められてたんです」


 階段を降りながら言う伊織の顔には疲れが見えた。

 準備のために待たせてしまったのに、少し罪悪感が芽生える。


 ルミィが魔法の灯りをつけてくれて、暗い地下室が照らされる。


 なんか壁とかに色々飾ってあるな。


 結構立派な剣や鎧が置かれていたりする。

 

「そこにお気に入りのゾンビにした人の持ち物を飾ってるんです」


 少し立派な装飾の施された箱がある。

 もしかしてお宝か!?


 ワクワクしながら開けると、畳まれた古い服だった。少しガッカリしつつも指先で摘んでよく確認してみる。

 ……なんか、これ日本の物っぽい服だな。

 ポケットを探ると、ちびた鉛筆と手帳。


 ルミィがひょこっと横から顔を出して、手元を明るめに照らしてくれる。


「見たこと無い文字です。これはニホンの文字ですか?」


 ルミィが物珍しそうに見ながら聞いてきたので、時夫は無言で頷きながらページを捲る。


 全て日本語で書かれている。


 最初の方は電話番号とか、仕事や買い物のメモが載ってるが、途中からは日記のようになっていた。

 この世界に来たばかりの時は、戸惑いながらも、カズオ爺さんや勇者の祖父江さんと励まし合っていた様子が伺えた。

 そして、祖父江さんに対する淡い恋心。カズオ爺さんへの信頼、それでも消えない日本に帰れない不安がひたすら綴られていた。


 そして、最後数ページは遺書だった。

 山中に金と僅かな食料と水だけ持たされて捨て置かれた事、

 日本にいる両親と幼い妹さんへの感謝と謝罪。

 その後の最後の文を読んで、時夫はこれを日本に持っていく事に決めた。


 ――もしも貴方が日本から来た人で、これを見つけ日本に帰れるアテがあるのなら頼みたい事がある。

 その恩に何も返せないが、どうか一人の男の人生最後の頼みを聞いて欲しい。

 平清司は平惣一と八重の子に生まれて幸せだったと両親に伝えて欲しい。

 両親の住所と連絡先は…………


「遺品だ。持っていこう」


「なんて書いてありましたか?」


 伊織が気になったのか聞いてくる。

 風呂に入ってないのを気にしてか、微妙に距離をとっている。

 別に魔法でもう綺麗なのに。

 若い女の子だと気にするんだな。


「両親に幸せだったと伝えてくれってさ」


「そうですか……」


 伊織は悲しげな顔をした。

 感受性が強いようなので、同情しているのだろう。

 ただ死んだだけでは無く、死後も冒涜された男に。


 正直に言って、カズオ爺さんより少し年下くらいだった男の両親が生きている可能性は低いだろう。

 生きていても100歳近いんじゃ無いだろうか?

 それでも、遺言を叶えられる可能性があるなら探してやりたい。

 例えもう認知症で息子のことなんて言われてもわからなくても、死を悟った人の遺した言葉と感謝を少しでも伝えたい。

 それに、歳の離れた妹がいるなら、その妹さんに伝えられるかも知れない。


「この世界に来るまでは、独り身で気ままに生きてたけど、やりたい事もやらなくちゃいけない事も随分増えちゃったなぁ」


 手帳を収納にしまう。


「よし、そろそろ買い物してから温泉行こう」


「温泉大好き!早く行きましょう!」


 伊織がニコニコ笑って喜んでみせる。

 時夫が暗くなりそうだった雰囲気を変えようとしたのを察して明るく振る舞ってくれているようだ。


「さて、杖に三人乗れますかねぇ」


「俺は走ってくよ」


 頑張りマッスル!


「トキオにスカートの中見られないように乗らないとダメですよ」


 ルミィが伊織に注意する。

 そんな事した事ないのにルミィが酷い。


「ルミィさん、水色の髪も似合います。染めたんですか?」


 伊織がそういえば、とルミィの髪をマジマジと観察している。


「トキオの魔法ですぐに元通りにできますよ。

 イオリも染めてみますか?」


 ルミィが収納から、オレンジ、緑、茶色の染料の瓶を出した。


「じゃあ……日本じゃ絶対にしなさそうな色で……緑!」


 魔法の髪染め料なので、なんとこの場で瓶をひっくり返すだけで、あっという間にムラなく伊織の髪は鮮やかな緑になった。


「うん。似合うよ」


 時夫は褒めたが、本当は伊織の長い緑髪を見て、死んだフィリーを思い出していた。

 それは伊織も同じだったようだ。


「フィリーは……」


「死んだよ……こっち側に寝返ったのが、偽聖女にバレて殺されたんだ」


 トキオは少し嘘をついた。

 フィリーは寝返ったからじゃなく、投降した上で情報を漏らしたから殺されたんだ。

 でも、友人だったろう伊織に正しく説明するつもりは無かった。


「どうしてフィリーの奴はあの死神っぽいのと一緒に墓場で俺たちを待ち受けなかったのかな?」


 目の前にある立派な墓場を見ながら、疑問に思っていたことを、ポツリと時夫は呟いた。

 答えを期待したものでは無かったが、伊織が答えてくれた。


「……私を戦いに巻き込みたくなかったみたいです」


 伊織に思うところはあっても、死なせる気は無かったってことか。

 もしも、伊織への被害を考えずに二人揃って墓場で襲われていたら、時夫達も危なかったかも知れない。

 フィリーからの伊織の安否の情報が無ければ、準備無しに突撃していただろうからな。


 フィリーに残った良心が、時夫達に勝利をもたらした……は流石に言い過ぎかな?

 フィリーは良いやつでは無かった。でも、ラスティアから守ってやれれば良かった。

 まだ十代ならやり直しなんていくらでも出来たはずなのに。


 どちらかと言えば嫌いだったけど、忘れないでいてやろう。

 それが、その最期を知る者としての責務かも知れない。


「さて、しんみりしてる訳にもいかない。

 行こう」


 空を駆けるルミィと伊織を追いかけて走る。

 伊織が楽しそう空からに時夫に手を振ってくるのに手を振り返す。


 こんちくしょうな世界だけど、空を飛んだり、こうやって凄い速度で走ってみたり、楽しいこともたくさんある世界。

 アルマが色々な人を巻き込んでこの世界に召喚しまくってることは決して赦されてはいけない事だ。

 ……けど、時夫をこの世界に呼んだ事だけは、少し感謝してしまっている。


 でも、やっぱり恨みもある。

 時夫は日本に帰らないといけないのに、帰りたいのに、帰りたくない気持ちが毎日膨らんでいくのを止められない。

 時夫は、振り返ることもせずに先を行くルミィをひたすら追いかけ続けた。

 

 

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