第44話 二人の天使の戦い

 そこにいるのは、姿絵と確かに似ているミルクティー色の髪の少女だった。

 

 瞳の色もルミィに合わせたヘーゼルなのだろうか。

 移動と準備に時間を掛けて既に夕刻。

 茜色の陽の光は少女の瞳に黄金の煌めきを与えていた。

 その瞳も今は機嫌良さそうに細められている。

 華奢でなかなか可愛い顔をしているが、笑顔に悪意を感じるのは、今敵対してるからだろうか?

 けっ!良く見るとそこまで可愛くねぇや!うちのルミィの方が断然美人だ!


 どうもどこからか付けられていたようだ。

 周囲の人や建物への被害を考え、ひと気が無いところまで来るのを待っていたのだろう。

 少女、自称聖女ユスティアの周囲に兵士が展開する。

 近接も魔法も混合の十人ほどの部隊だ。

 

「何故わかったんだ……」


 時夫は隣にいるルミィにしか聞こえない程度の声で愚痴る。

 今のカズオは赤毛バージョンの時夫の姿をしている。

 変身前をよしんば見られていたとしても、髪の毛やヒゲや眉毛を整えて、服装も清潔感あるものに変えている為、一目見てカズオだと見破るのは難しいはずだ。

 どちらにせよ、今のカズオは出回っている人相描きとは似ても似つかない。


 時夫は警戒しながら思考を続ける。

 まさか……『探索』?

 いや、目の前の少女はとても日本人には見えない。日本生まれの外国人?籍は日本?それでも魔法は反応するのか?

 そもそも、時夫ほどの生活魔法の使い手なんていない筈だ。


「逃げましょう!」


 ルミィがフードを深く被り直しながら収納から杖を取り出し、身を低くして構える。

 時夫も杖を同時に取り出す。


 顔見られたのは……まあ良いや!

 

「『ウサギの……「ハァ!!」


 カァン!


 乾いた音が響いた。

 ルミィが体を滑り込ませて、ユスティアの剣を弾いていた。

 魔法使いは近接に弱い。時夫も『ウサギの足』の発動前に斬られてはなす術も無い……にしても見えなかったぞ!?

 真聖女は負けを認めて称号は新聖女さんに譲るから許してくれないかなぁ?


「トキオ!魔法を!」


「ええ!?近接もできるの?そんな立派な杖持ちの女の子が?」


 ユスティアはヒューと口笛を吹いてルミィに対する驚きと称賛を表した。

 金色の瞳が爛々と輝き、好奇心が隠せないようだ。

 周りの騎士達も剣を既に抜き、それぞれの得意とする魔法を発動させ始めている。剣が炎や紫電を纏っている。


「悪く思うなよ……『空間収納』『乾燥』」

 

 『空間収納』から大きなガラス瓶が騎士達の真ん中に飛び出す。

 そして瞬時に『乾燥』により内部の引火性液体燃料が全て気化し、堆積が瞬時に千倍以上に膨れ上がり瓶が破裂する。

 そして、気化した燃料は騎士達の剣が纏う炎で引火し……


 十名の騎士はこれで暫くは動けないだろう。


「うっそん!何者!?一撃で!?今の攻撃なに!?あなた達何者!?てっきり復讐さんが騙して連れ歩いてる冒険者崩れかと思ってたのに!

 病人の回復ももしかして復讐さんの力じゃ無いの!?」


 場所を移動しながらルミィとユスティアは杖と剣で鍔迫り合いを続ける。

 

「復讐さん……ね。そんでもって金色の目だし、お前聖女じゃなくて邪教徒だろ!」


 時夫は指摘しつつ、ルミィを巻き込まない方法を考えながら、邪魔にならないよう距離を保つ。


 一同は少しずつ移動し、いつの間にか街から少し離れた所にある遺跡群にいた。

 観光客は今日は時夫達しかいない模様。

 石造りの古代の街並みの名残が哀愁を誘う。

 

 時夫もそろそら活躍しないとと焦りつつ、『散水』『乾燥』『クッション』……使える能力をとにかく発動させまくる。

 複数種類を同時に一秒間に複数回。発動の簡単な生活魔法じゃなければ、どれだけの天才でもここまではできないだろう限界。


 時夫の推理にユスティアが動揺した気配は残念ながら無かった。


「あはは!バレた!?

 あたしは断罪の天使ユスティア!裏切り者は殺してあげるね!」


 脚に、腕に瘴気を纏い三日月型の口と目で笑う。

 速い!

 肉弾戦特化なのか!?女の子なのに!?って言うのはこっちの世界でも時代遅れの価値観!?


 落ちる寸前の夕陽の最後の光の一条を反射しながら、細身の剣がカズオに襲い掛かる。

 いつの間にかカズオの側に控えていた黒猫達ではは速度が合わない。


「死に晒せぇぇぇ……ええええええ!?」


 すってーん!


 ユスティアがすっ転びながら、地面に尻餅を突きつつ地面を滑っていく。


 時夫は地面に低い位置から『散水』と『乾燥』を繰り返し続けた。しかし、その際に水が乾燥し切らないように『散水』に魔力を多めにしたのだ。

 するとどうなるか。

 水が強制的に気化する際の気化熱で地面が冷える。

 つまり、多めに作った水が冷える。

 それを繰り返すことで、地面に霜をつくり、『クッション』で潰してその上からさらに水撒きと冷却を繰り返し続けた結果……

 ツルッツルの凍った地面の出来上がりだ。

 周囲は既に黄昏も過ぎた時刻。

 暗すぎて地面なんてよく見えないんだな。


 ユスティアは速度が速い分だけビックリするほどの距離を滑っていく……いや、違う。

 ルミィが即座に風の魔法でユスティアを押して速度を上げさせてたんだ。

 ナイス判断!

 良い感じに凍らせまくったコースを真っ直ぐ進む。

 そして、カズオの猫が凍った地面を飛び越えて、ユスティアを襲う。


「きゃあ!痛ぁ!何すんのこの畜生!」


 右手の甲を引っ掛かれてるザマァみやがれ!

 ユスティアは滑りながらも猫の首根っこを掴んで投げ捨てた。

 そのままの速度でもんどり打ちながら遺跡の柱の陰に滑り消えるユスティアを追おうとしたが……

 

 時夫はゾッとする気配に背筋が凍り、全身総毛立つ。


 ルミィが風に乗せて収納から緑の石が付いた小さな円盤を出して、時夫の目の前に投げた。

 学園警備の時にも見た、使い切りのバリアを張る魔道具だ。


「ざんねーん!惜しかったね!」


 消えたのとは別の柱から躍り出たユスティアが時夫に切り掛かっていたのだ。


 ユスティアはすぐにバックステップで、逃げていく。

 それをすぐに追うが……


「うーん……またまた失敗!」


 別の場所から現れ、今度はカズオを斬りつけようとしたようだった。

 三匹の猫がユスティアの右腕に爪を立ててしがみついている。

 腕を振るっても頑張ってしがみつく。頑張れ猫!

 手の甲の傷から黒い血が飛び散ってくる。

 うわぁ……人間じゃない。

 ……カズオの血も黒いのかな?


 そして、直ぐに別の影に逃げていく。


 次はまた時夫を狙う。

 それを猫達が防ぐ。


「『空間収納』!」


 またバックステップで逃げるのを見越して、ユスティアの背後の方に胡椒をばら撒いた。


「ふぇ!?くしゅん!くしゅ!ひっくしゅん!」


 ふふふ……前のアーローは風使いだったが、こいつは違う。

 だから胡椒をこっちに飛ばしてこれないのだ!

 そして、ルミィもふんわりと風でこっちに胡椒が来ないようにしてくれてる。

 さすが俺の相棒!


 その後も、ユスティアは視界から消えては、全く別の場所から現れる。

 瞬間移動能力者か?


 夜になり暗くなっていく空に星が輝き出す。

 こうなれば、カズオの猫以外は視界が効かない。光で照らすのはコチラの位置を見やすくするだけで論外だ。


「にゃーん」


 時夫は夜の闇に溶ける黒猫の顔の方向と警告の鳴き声で、ユスティアの接近を直前で知る。


「タァ!!……え!?」


 すてーん!とまたユスティアは転んだ。


「な……また氷を張って!?」


 ツルツルと滑りつつながら立ちあがろうとする。


「うんにゃ?一回凍らせたのがまだ溶けてなかっただけだよ」


 なんなら表面が少し溶けて、より滑りやすくなっている。

 立ち上がり掛けたユスティアがもう一度転んだ。

 滑る地面の上で突風に吹かれたからだ。

 もちろん、風の魔法の突風だ。


「で、でも……さっきまでは……ここは滑ったりしなくて……」


「俺、『滑り止め』使えるから」


 そう、時夫は『滑り止め』を使うのをやめたのだ。


「くそ!」


 ユスティアが悔しそうに吐き捨てる。


「『ウィンドスラッシュ』」


 風の剣と化した杖がユスティアを両断した。


 「やったぞ!」


 ルミィが光の魔法で辺りを照らす。

 確かにユスティアは死んだってことで良いんだよな?


 喜ぶ時夫と安堵するルミィだったが、魔法の光に照らされたカズオの顔は浮かない。


「爺さん?なんか気になることでもあるのか?」


「俺の居場所は多分ハーシュレイに筒抜けのようだ。

 今後も他の邪教徒をこちらに差し向けてくるかもしれん。

 ……俺はお前達と一緒に行かない方が良さそうだ」


 カズオはユスティアの亡骸を見下ろしながらボソボソと張りのない声で呟く。

 黒猫達は柱を引っ掻いたり、そこらをウロウロと歩き回ったり自由だ。


「そんな……でも、それなら尚更一人には……。

 俺も本当の聖女なのバレてそうだし、多分一緒にいた方がお互い安全だよ。

 一人になるなんて言うなよ!」


 そうなのだ。既に伊織が聖女じゃないことはバレているだろう。

 ならば纏っていた方が防衛しやすいに違い無い。


 だが、カズオはユスティアを見つめて顔を上げない。

何匹かの黒猫達がユスティアの体の上に乗っかったり、舐めてみたりしている。

 そして、突然カズオはユスティアの右手を持ち上げて呟く。

 

「なあ……猫がここ引っ掻いたはずだよな?」


 言われて見てみると、確かに引っ掻き傷が無い。


「本当だ」


 時夫がしゃがみ込んで、その手をよく見ようとした時、

 黒猫達が一斉に顔を上げ、時夫の背後の一点を見た。


「時夫!!」

 

 カズオが時夫に覆い被さった。


 

 

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