第42話 温泉回

 「どうする!?戦うのは良く無いよな!?」


 この国の名前マルズ国って言うのかー。へぇー。とかさっきは思ったが、二人に呆れられそうなのでそれを言わないだけの常識を時夫は持っていた。

 社会人経験があるからその判断が出来るのは当然のことだ。学生だったらきっと気になっちゃってついつい聞いていただろうけど!鍛えられた忍耐力!さすが俺!


 それはさておき、確かに結構遠くに空飛ぶ集団が見える。向こうはこっちに気がついてるのか?

 ルミィ目が良いな……。

 

「カズオと私たちが一緒にいるのを見られるのもまずいです!……あそこの森に身を隠しますよ!」


 滑り込む様に森の中に突入した。

 時夫がカズオを立たせてやってから、拘束を解いてやる。


「……良いのか?俺を自由にして」


「復讐は諦めるって言ってたの信じるよ。

 俺は爺さんがどこに逃げても追っかけられるし。いいよ。俺らも背負って逃げるのは難しい」


 時夫はテケトーにカズオを縛っていた紐をくちゃくちゃっと丸めて『空間収納』におしまいした。

 このテケトーでガサツな様子から、日本で一人暮らししていたアパートの部屋がどんな有様だったか想像に難く無いだろう。

 アパートの管理人さんマジでごめんね。

 親に連絡とか言ってるかな?この歳でお恥ずかしい。


 閑話休題。


 森の中を足早に進みながら、疑問をルミィにぶつける。


「それにしても何で居場所分かったんだろうな?」


 時夫みたいな『探索』におけるチート能力者はこの世に他にいるはずもない。


「カズオはずっと北東方面に向かってましたし、進路予測は簡単です。

 もしかしたら不審なカラスの群れでも誰かが見て通報したのかもしれないです」


「派手に戦ったしなー。爺さんは何か目的あって北東行ってたの?」


 ルミィの解説をふんふん聞きつつ、時夫はカズオに話を振った。


「とにかく大勢の人間を瘴気にあてさせないといけないから、人の多い方向へ行ってただけだ」


 その結果、単調で分かりやすいルートになった様だ。

 北東の方にはかなり大きな都市もあるらしいからな。


「よし!爺さん、俺に乗れ」


 マッスル時夫が膝をついてカズオに背中を向けた。


「いや、自分の足で歩く」


「爺さん歩くの遅いんだよ。俺はガンガン走れる。遠慮するな。

 そうだ、一応マント被っててくれ」

 

 世間を騒がせる邪教徒の姿は既に有名だ。

 こちらの国の人達も知っているだろう。

 時夫よりも更に小柄な爺さんなので軽々背負える。森の中で人を背負いつつ杖を持つのは難しいので、仕方なしに杖は収納にしまっておこう。

 多少戦闘能力はダウンするが仕方ない。


「気づかれてるか?」


 ルミィの方を見ると、コクリと頷き、フードを深く被り直す。


「そうだ、ルミィ、このネックレス爺さんに貸し出して良いか?」


 変身ネックレスを首から外す。

 この世に二つ切りの希少な品だ。


「……………………トキオはそれの価値を知らないんですねぇ。

 ………まあ良いでしょう。

 トキオが責任持つんですよ」


 さすがルミィ!太っ腹!その慈悲に応えるべく、時夫も信頼と安心を確約する。


「持つ持つ!超持つ!責任持ちます!持ちまくります!全世界の全てに責任持つ覚悟ぉ!!」


「……なんか余計に不安ですねぇ」


 カズオの方に振り向くことでルミィの白けた目線を視界から外して、時夫は爺さんにネックレスを渡した。


「ほら。これ付けといて」


「赤毛バージョンのトキオと、赤毛の女の子の二種類の姿に変身できます」


「……………………」


 カズオは無言でネックレスを受け取る。暫く眺めてから口を開く。


「これ……確か名門の貴族がこんな紋章だった様な……」


 おっと、ルミィの隠された過去が!俺聞いちゃって良いのかな?

 時夫は興味ないですよーという顔を作りつつ、ルミィの反応をそれとなく観察する。

 やっぱり気になるんだもん!


「母の実家が代々受け継いできた物なので、大事に扱ってくださいね」


 ルミィはさらりと言った。

 うおー!やっぱりお嬢様だったか。最初からそうだと思ってましたよ。うんうん。

 だからといって扱いを変えるわけじゃ無いけどな。


「お前らは……本当にお人好しというか、バカというか……」


 カズオが呆れた様な声で呟く。

 対悪口専用地獄耳のルミィがバカという言葉に即時反応した。


「えー!バカって言った方がバカなんですよ!」


 この世界でもバカな奴は言うこと同じなんだなぁ……。

 カズオをビシッと指差す残念なおバカっぽいご令嬢を見て時夫は感心してしまう。

 それはさて置き、歩きながらカズオを急かす。


「良いから早く変身してくれ。なりたい方の性別の姿を考えつつ魔力を注ぐんだ」


 背中で変身した雰囲気。


「おお……トキオが二人……ダブルトキオ……」


 ルミィが感心している。髪と目の色以外は同じの色違いだ。


「違和感とかあるか?」


 歩いたり動いたりしない分には無いかな?身長も少しだけしか変わらないし。

 性別変えるとなかなかの違和感だけど。


「……お前は俺の若い頃に似てるからな。若返った気分だ」


 見た目だけなら実際に若返ってる。


「えー?あんまり似てなく無いかな」


 爺さんがハンサムとかだったりしたら嬉しいが、ちょっとそんなにあれなので、やんわり否定する。


「ヒゲとか剃ればまた変わりますかね?身長は似てますよね!」


「俺の方が少し高いぞ」


「歳食えば低くなるんだ。俺も若い時はお前くらいあった」


 ワイワイ言い合いながら先を急ぐ。 

 時夫とルミィが本気を出せば、追いつける奴なんてそうそういない。

 森の中を進み、山を越える。


「暗くなって来ましたね……」


 ルミィが木々の枝の隙間から空を見上げてながら、独り言の様に呟いた。


「もしかして野宿かぁ?」


 うんざりしながら時夫がボヤく。


「ちょっと待て、梟にこの先を探索させよう」


 カズオが少し離れた所の枝に止まっていた梟を魔獣にして夜空に放つ。


 暫くして、カズオが時夫の後ろから腕を伸ばして指し示す。


「この先に温泉宿がある」


「え?梟帰って来て無いのにわかるのか?」


 時夫の質問に頷く気配。


「数匹くらいなら魔獣の見てる物を俺も見れるんだ」


 何それ便利そう。

 でも、絶対生活魔法じゃないから使えないな。

 もしかすると固有魔法とか言う奴なのかも。

 その人しかどうしても使えないタイプの魔法がこの世には存在するらしい。

 時夫も固有魔法とか超絶欲しかった。

 

 そして、カズオの案内で辿り着いたのは、時夫が想像していたよりは普通の外観の宿だった。

 ついつい日本の旅館を想像してたけど、そんな訳が無い。

  少し離れたところに集落と街道があって、偶に泊まりに来る人がいるんだとか。

 旅人やら行商にもシーズン的なものがあるらしく、幸運なことに今は他に客はいなく、貸切で露天風呂に入れるそうだ。ラッキー。


 宿の人も、シーズンオフの思わぬ客に喜んでいた。食事は出ないらしいが、贅沢は言わない。野宿じゃなくなったのにとにかく安心した。


 男女別れてそれぞれの部屋に入る。

 ルミィが先に温泉に浸かりに行っているので、待ち時間を利用して、カズオのイメチェンを図る。

 

 カズオの髪の毛をサッパリ切ってやった。変に思われない様に、宿のゴミ箱には髪の毛は残さないで『空間収納』に入れている。

 ……きっとこの魔法をゴミ箱代わりに使ってる人いるんだろうな。

 ゴミを目一杯詰めてて使えなくなってるみたいなズボラきっと世界のどこかにいるな。

 

 ヒゲもそって、眉も頑張って整えてやった。

 時夫は自分の髪の毛を偶に切ったりしていたので、結構自信がある。


「次お風呂どうぞー」


 ルミィがノックも無しに部屋に入って来た。

 イヤン!お着替え中だったらどうするんだ!


「わぁ!見違えましたね!」


 時夫は自信作に誇らしくなり鼻を擦る。

 カズオはちゃんと身なりを整えてやると、若い頃はそこそこ男前だったんじゃ無いかと思えなくも無い顔立ちだった。


「いや、まあ……」


 カズオは照れ屋だったのか、モゴモゴと口の中で何か言いながら、風呂に向かう。


「確かにすこーしだけトキオに似てるかも知れませんね」


「そうかぁ?」


 そうでも無いと思うけどな。


 露天風呂はそこまで広く無いが、源泉掛け流しの贅沢仕様だ。

 

 「背中を流してやるよ」


 お風呂用の椅子も含めて『空間収納』から色々お風呂の必需品を取り出す。

 石鹸もあるぞ。


「いや……別に気を使わんでも……」


「良いから良いから」


 本音は、長い間碌にシャワーも浴びて無さそうなカズオを温泉に付ける前にしっかり洗っておきたいと言うのが本音だ。


「『クリーンアップ』」


 魔法をつかえばあっという間に綺麗さっぱり。

 なので、この世界の人はあまりシャワーとか浴びなかったりする。

 それはそれとして、旅の旅情もありますので、タオルでしっかりカズオの背中を擦る。


「……昔を思い出すよ。子供を風呂に入れてやってた時のことを」


 俯きながらカズオが僅かな寂しさを含んだ懐かしそうな声でボソボソと呟いた。


「子供とかいたんだ。……息子?」


「いいや……娘だ」


「……そっか」


 それ以上は聞かなかった。日本で生きて再会する事を既に望んでいない事を知っている。

 所詮は他人である時夫には立ち入れない話だ。


 そして、温泉に浸かる。

 星が結構たくさん見える。こっちの世界にも星座とかあるんだろうか?

 科学技術が発展していない分、夜はしっかり暗く、星は数え切れないほど輝いている。

 この世界に来たての頃は感動したもんだったが、やっぱり良いなぁ。


「息子がいたらこんな感じだったかな……」


 横を見るとカズオも満天の夜空を見上げながら、少しほぐれた表情で言った。

 敵対してたとは思えないくらいには精神的な距離が縮まっている。


「年齢差的に祖父と孫って感じじゃ無いか?」


「かもな。……孫か。日本にはいるかも知れないのか……」


「ひ孫までいたりして……」


「俺もそんな歳かぁ……」


 カズオが初めて笑顔を見せた。

 ほうれい線と目の周りの皺が深くなる。


「あの娘っ子とはこれか?」


 カズオが小指を立てる。きょうび恋人をそんな風に表す人いないよ。


「違うって。仕事の仲間。相棒」


「本当か?……もし、そうなら日本に帰りたく無いんじゃ無いかと……」


「……ルミィも別に俺のこと何とも思ってないよ。でも……あいつがいなかったら俺、のたれ死んでたかも」


「良い出会いに恵まれたな」


「うん」


 時夫は不思議と素直な気持ちで頷いた。


「……そろそろ茹だりそうだし出るよ」


 時夫がのそりとお湯から出る。


「俺はもう少しこのまま入ってる。何年振りかわからない温泉だしな」


 カズオは空を眺め続けていた。

 何を考えてるんだろう。日本に残した家族だろうか。カズオの家族も偶にはカズオの事を思い出しながら数十年を生きたのだろうか。


「あれ?カズオは?」


 髪を纏めていつもと違う雰囲気のルミィが小首を傾げる。


「まだ入ってるって。年寄りは温泉とか好きだもんな」


「今のうちに食事の準備しちゃいましょう!」


「ああそうだな。………………なあ、ルミィ」


「何ですか?」


 ぴょんと足を揃えて体ごと振り向く。

 大きな瞳を少し細めて、裏表の無い笑顔を時夫に向ける。……可愛い。綺麗だ。


「俺が……」


 そこで時夫は口をつぐむ。


「俺ぐゎあ?」


 体ごと頭をぐにょーんと傾けて下から見上げつつ目を見開いて聞いてくる。その聞き返し方と表情なんかムカつくな。


 ばちーん!


「いたぁ!」


 久々のデコピンが炸裂した。

 

 ――俺が日本に帰るって言ったらどう思う?


 聞きそびれた。

 まあ、別に良いんだ。少しくらいは寂しがってくれるだろう。

 ルミィは良いやつだから。俺は良いやつに拾われた。

 ルミィは命の恩人だ。

 ……こっちの世界にいる間に何か恩返しできれば良いな。

 

 


 


 

 

 

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