第41話 捕縛

 カラスの大群が雲一つない青空を背景に真っ黒な雲霞の如く押し寄せる。


「うへぇ……。がんばりまーす」


 やるっきゃないね。


「……諦めないのか?この数を前に」


 爺さんが下から何か言ってるが無視。


「『散水』」


 畑の水やり魔法にたっぷりの魔力を乗せてカラスの群れにしどどに雨を降らせる。


「『クリーンアップ』」


 野生動物って体洗って貰わないから結構油っぽくって水を弾くので、水掛けてからしっかり洗い、水を弾かないように下準備。

 

 そして、


「『散水』『乾燥』『散水』『乾燥』『散水』『乾燥』『散水』『乾燥』…………………………」


「なんだ?何をしている?何だその魔法?何なんだその魔力量は?」


 カズオの驚愕の声は無視する。


『乾燥』の使い手は今やボルゾイ師匠と時夫だけ。そして、無限にここまで魔法を連発できるのは、おそらく女神のチートを授かった時夫を含めて何人もいない。


 クリーンアップで羽の油分を失ったカラスたちがビッショリ濡れては、その水分をすぐ様気化させられる。

 そして、液体が帰化する時、周囲の熱が奪われる。


 ポトリ……


 一羽のカラスが力を失い地面に落ちる。


 ポトリ……ポトリ……


「『散水』『乾燥』『散水』『乾燥』『散水』……」


 体温を奪われて低体温症となったカラス達は動けなくなり、地面に全てが落ちてしまった。


「何者なんだ?その力は何なのだ?聖女だけでなくお前にもアルマは力を与えていたと言うのか?ならば何故お前まで追い出された?」


 残念ながら、聖女であることがバレると色々面倒なのでお答えできない。


「まあ、なんかウッカリ俺にも力をおこぼれでくれたんだよ。

 追い出されたのは……どすけべピンク脳の王子は若い女以外要らなかったからかな」


「………………」


 カズオが黙った。納得してくれたかな?


「多分、俺チョー強いから。爺さんじゃ勝てないと思う。どうする?

 女神が一人にならなくちゃダメってんなら、俺はハーシュレイを倒す。

 アルマはポンコツのドクズだし流石にハーシュレイよりはマシだよ。アイツ悪意は無いからな。善意もあんまり無さそうだけど」


 カズオは理解できないと首を振る。


「ハーシュレイも唯一神となれば今より多少は行動も落ち着くはずだ。

 お前はどうしてアルマを許せる?

 俺は……諦めることは出来ても許すことなどやはり出来はしない」


 カズオの声には怒りよりも疲れがあった。

 何歳かはわからないが、結構な歳だ。馬車での移動も、ぶら下げられての移動も、動物達を操るのも老体にはキツイのだろう。


「なあ、ルミィ。爺さんも上手いこと上に載せられるか?」


「……狭くて厳しいです」


 ルミィは淡々と答える。無理をしているのは爺さんだけでは無かった。


「俺がぶら下がるよ」


「……敵に情けをかけるのか?」


 カズオの呆れを含んだ声が聞こえるが、それを無視してカズオを引き上げて、片腕で捕まる。

 

 うおー!マッスル!

 女神にチート筋力貰っといて良かった!

 

 ルミィが風の力で何も言わずにサポートしてくれてるから、何とか自分にロープを巻いて命綱をルミィの杖に結ぶことができた。

 そのまま両手でぶら下がり健康器だ。マッスル!


「爺さん!俺は爺さんのこと敵とか思ってないから!」


 マッスル!マッスル!爺さんを見上げながら声を張り上げる。


「……じゃあ何だと思ってるんだ?敵じゃ無いなら邪魔をしないで欲しいんだが」


 良かった。カズオは上でも暴れたりはしない様だ。流石に拘束は解けないが、多少は体が楽になっただろう。


「うーん……同郷だしな。同じ日本人だし、少なくとも『探索』魔法は俺たちを仲間だか、同じグループの人間くらいには思ってそうだ。

 あ、そうだ、あちこちに動物放ってるだろ?それ回収してくれ」


「『探索』で?馬鹿な。あれは人間相手にそこまで融通が利く魔法では……。

 ……はぁ、考えるのも疲れたよ。

 使い魔は安心して良い。馬での移動と犬とさっきのカラスを操ったので、疲れて制御を失った。

 今は普通の動物みたいに行動してるだろう」


 その言葉に時夫は少しホッとした。


 「それで、俺をどこに連れて行くんだ?牢屋に入れるのか?法廷にでも立たせるか?」


 カズオは時夫に処遇を聞いてくるが、時夫はそういう難しいことはわからない。


「え?ルミィ!どうなんだ?」


 困った時のルミィ先生に聞いてみよう。


「国に引き渡せば裁判は無しで……おそらく死刑……いや、姿を確認し次第殺されるでしょう」


「おい!そりゃ無いだろ!ダメだ!ダメダメ!

 なんて事を言うんだ。酷すぎ!」


 ルミィの言葉を即時時夫は否定する。


「引き渡したらそうなるって話です!

 だからこれからどうしますか?」


 ルミィは少し声を張り上げ、軽く振り向き聞いてくる。


「え!?ルミィが色々考えてくれてると思ってた!」


「もー!トキオも考えて下さい!」

 

 「お前ら……何も考えずに俺を捕まえたのか……」


 カズオの声が呆れかえっている。

 時夫がアルマを責めきれない理由の一つは、時夫もアルマ程では無くとも雑で無計画なところがあるからだ。

 あの女神にしてこの聖女あり。


「まあ良いや、爺さん、思い直してくれ。俺を倒せなかったんだから諦めてくれ。

 なんか諦めるの得意なんだろ?そんな感じのこと言ってたよな?じゃあ諦めてくれ!」


「トキオ……なんか言い方酷いです。

 ……でも、そうですね。ハーシュレイの為に働くのをやめてくれれば、何とか……今後は死ぬまで監視は付きますが、生かしておくことは出来ると思います」


 ルミィはトキオを諌めつつ、助命を約束してくれた。


「……本気でハーシュレイを倒すつもりか?」


 カズオは時夫を見下ろしながら、時夫の本気度を聞いてきた。

 そんなの、この上腕二頭筋を見れば答えるまでも無く無いか?

 

 「そうそう!そうする!やるやる!やる気ありマッスル!」


 ヒョイヒョイ懸垂してみせながらやる気アピールする。

 日本にいた頃は懸垂なんて10回出来るかも微妙なひ弱なシャイボーイだったのに今やこの逞しさ。遠い世界の向こうのお母さん、ボクは立派に育ちましたよ。


「時夫……杖にぶら下がってから性格変になってません?マッスルって何ですか?」


 逆にルミィは杖の運転?に集中してるせいかノリが悪くなっている。


「……俺を殺せばアルマは神としての力をそれなりに取り戻せるんだぞ?

 そうすればハーシュレイを倒すのだって少しは楽になるんだぞ?」


 カズオはなおもしつこめに確認してくる。

 マッスルアピールを無視されて悲しいが、年寄りにはこのノリはキツいのかも。

 反省しマッスル。

 

「俺には筋肉がある!そして……頼れる仲間のルミィがいる!だから大丈夫!」


 片手を離して片手懸垂をしつうサムズアップし、さらにウインクしてみせる。

 カズオが理解出来ないという顔をした。

 そうか、一人で生きてきたカズオには仲間との絆とか友情パワーとか分からないんだな。


「こんな世界で……隠居生活か。

 …………そうだな。諦めるのは得意だ。……その代わり約束してくれ。

 日本に未練が少しでもあるなら日本に帰れ。そして、あの聖女のお嬢さんも帰してあげなさい」


「……そのつもりだ。日本に帰るし、帰してやるよ。爺さんは?爺さんは帰らないつもりか?」


 時夫は答える時に何故かルミィの反応が気になったが、ルミィは前を見て操縦に集中している。


「俺は……もう日本に居場所は無い。ハーシュレイの手下が、俺の最後の居場所だった。

 もうどこにも……」


 カズオの言葉は続かなかった。

 時夫は人生の大半を一人孤独に過ごした老人にかける言葉を思いつかなかった。


 その沈黙を破ったのはルミィだった。

 緊迫した声で、時夫とカズオに警告する。


「トキオ!カズオ!あれは……このマルズ国の軍隊です!多分……カズオの討伐に来たんです!」


 


 

 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る