第40話 目玉犬達との戦い

 ルミィが再び杖に跨り、フワリと地面を蹴り空へと滑り出す。

 

 それを許さないとばかりに、一匹の犬が地を蹴り高度のまだ低いルミィに襲い掛かる。


「させるか!」


『クッション』で犬を弾き飛ばす。

 ただ一度の犬の体当たりで『クッション』は消えてしまうが、何度でも出せば良い。


「グルルルルル……」


 犬たちが低い姿勢で時夫を睨みつける。

 おー怖っ……!


『ウサギの足』!『滑り止め』!

 素早く時夫は犬たちから距離をとった。


「お前たち……殺すなよ」


 カズオが犬たちに声を掛ける。

 カズオは攻撃を止めはしないが、時夫を殺す気は無いようだ。

 時夫も出来ればカズオを殺したくは無い。

 杖を掲げて犬たちを牽制しながら、カズオに呼びかける。

 正午の太陽が真上近くから時夫たちを照らし出し、影は足元に縮こまっている。


「なあ爺さん!日本に帰れるなら皆んなで一緒に帰れば良いじゃ無いか!

 復讐なんてやめろ!

 あんたが病気を撒き散らして復讐してる相手は何の関係もない人達じゃないか!」


 時夫の言葉にカズオはゆるりと首を振った。


「女神二柱で力を分け合っている状況では、どうにも我々を日本には帰せないらしいよ。

 あっちから呼び出すのはできるくせになぁ。

 半世紀前に本当はアルマは勇者を使ってハーシュレイをこの世界から消すつもりだったんだ。

 だが、失敗した。そして神は今も二柱だ」


 ルミィが隙を伺う。

 カズオを守る犬たちは空まで追えない。


「復讐の相手はアルマってわけか」


 打倒だが、巻き込まれる人間たちには溜まったもんじゃない。

 

「俺は病を広げてアルマの力を削ぎ落とし、ハーシュレイをこの世界の唯一神とする。

 お前もアルマの被害者だ。この世界の奴らも身勝手にお前を呼びつけ放逐したはずだ。

 お前はまだ若い。家に、家族の元に帰るんだ……」


 カズオの掠れた声は落ち着きがあり、祈るような響きがあり、まるで親戚の若者の将来を心配するようであった。


「身勝手な奴ばっかりだったなら……多分あんたの側についたよ。

 でも、捨てられそうになった俺を拾ってくれた奴もいたんでね!」


 カズオがハッとしたように上を見た。


「もう一人は?風使いはどこに……!?」


 見回してもその姿が確認できない。地平線も見えそうな開けたこの場所に、隠れる場所なんてどこにも無いのに。


 カズオはその接近を風圧で知った。


「真上か!?」


 天頂で輝く太陽を背にルミィが垂直にカズオを襲う。

 ルミィは時夫がカズオの気を引いている間に天高く舞い上がったのだ。

 影すら小さくなり、カズオに決して気付かせない高度。

 この世界の太陽もあちらの世界と同じく直視を許さぬ輝きを持つ。


 カズオ本人は碌な戦闘力を持たないのは、これまでの事件の目撃証言から殆ど確定していた。


「『エアーバインド』!」


 ルミィが地表に降り立ち、空気でカズオを包んで拘束する。


 犬たちが身体中の目を血走らせて飛びかかってくる。


「ルミィ!こっち風上でふんわり風を!」


「了解!ふんわり!」


 時夫が杖で犬達を示しながらふんわり指示をだし、指示通りにルミィはふんわり風を起こす。


「『空間収納』!」


 時夫は大容量収納空間から、大量の香辛料の粉を出した。それをふんわりした風が犬達の身体中の目を襲う。


「きゃうーん!」「くぅーん」「きゃんきゃん!」


 恐ろしい見た目の大きな犬達がのたうち回っている。

 目が沢山あるほど、目に異物が入った苦しみは大きいだろう。


「トキオ!逃げますよ!」


 ルミィが『エアーバインド』で拘束されたカズオを紐でしっかり縛り直した。

 そして『エアーバインド』を解く。これでまた空を飛べる。

 ルミィは空を飛びながら他の魔法はあまり使えないのだ。


 ルミィの伸ばした手をしっかり掴んで既に浮き始めたルミィの杖に飛び乗る。

 カズオは長い紐でぶら下げられている。

 

 「時夫!犬達にトドメを!」


 ルミィがゆっくり上昇しつつ指示を出す。


「えー?可哀想じゃ?」


 のたうち回る犬を見てちょっとやり過ぎたかと思ってるくらいだ。


「回復したら人間襲います」


 じゃあ仕方ないか。

『空間収納』から液体の入った容器を取り出す。

 ぽーい!と放り投げて中身を気化させる。

 容器の破片が飛び散り、犬たちがさらに騒ぐが、攻撃はこれからだ。


「『ファイアボール』」


 気化した液体燃料に引火し、爆風が時夫たちを襲い、カズオが杖の下で大きく揺れる。


「やったか!?」


「まあ、大丈夫でしょう」


 よくある実は敵が生きてる的なお約束のセリフを言ってみたけど、ちゃんと木っ端微塵だったようだ。

 引火性液体の扱いは気をつけないとな。


 時夫一行はのんびり空の旅。


「なあ……遅く無い?」


 それにしたってゆっくり過ぎる速度に時夫はやんわり文句をつける。


「……人数オーバーですので」


 ルミィが微妙に素っ気ないのは、それだけ3人を杖で運ぶのは集中力が必要だからだ。

 

「俺降りるか?」


『ウサギの足』で地面を走りまくれば良いはず。


「いえ……空の護衛をお願いしたいです」


 ルミィは真っ直ぐ前を見ながら言った。

 時夫はその言葉で背後を見た。


 カラスの群れが迫っていた。

 

 


 


 

 

 


 

 

 

 

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