第30話 過去の召喚
パレードの失敗はアレックス第一王子の人気に大いに影を落とした。
ネズミとカラスの攻撃を受けて負傷した者は続々と瘴気病により弱っていった。その数は日に日に増していき、遠からず4桁に行く事は確実視されている。
病棟の数が足りずに神殿の空いているスペースこと、時夫達が普段いる区画に病人が次々と運ばれて来た。
男子禁制なので受け入れは女性患者だけある。
時夫は女の姿になって病人達の看病にあたった。
時夫は慰問に伊織が来たタイミングでコソッと祈りを捧げて、病を治して行く。
しかし、体が弱った病人達をすぐに退院させるわけにもいかず、そうしているうちに次の患者が運び込まれて来てしまう。
意外だったのはゾフィーラ婆さんがテキパキと運ばれてくる患者さんの世話をこなしていた事だ。
もしかしたら昔はそういった仕事でもしていたのかもしれない。
「トーニャさん、ルミィさん先にご飯食べて来てください」
伊織が声をかけてくれた。
トーニャは時夫の女の姿での偽名である。
伊織は、頑張って祈りを捧げてたり、患者に食事を配膳しては患者が体を起き上がらせるのを介助したり、最初は慣れない様だったが、徐々に慣れて来て、こうして気配りを見せる様になって来た。
ルミィも王子にはアンチみたいだが、伊織には敵愾心が無いようで、丁寧に仕事を教えていて女子同士悪くない雰囲気だ。
時夫は流石に女性患者の体をベタベタ触れないので、食事作りなどをかって出ている。
今のところ正体はバレてないし、伊織が来てくれて助かっている。
「では、お言葉に甘えて外出て来ますね」
ルミィと昼飯を食べに外を歩く。
心無しか街全体が暗くなり、活気が失われている気がする。
パレード前の時夫たちを置き去りにした盛り上がりも嫌だったが、静かなのはこれはこれで嫌なもんだ。
時夫たちは店でサンドイッチと飲み物、そして新聞を購入した。
――相次ぐカラスとネズミの被害……邪教徒……東の民……
失墜する第一王子の信頼……望まれる第一王女……
時夫が読んでいるのはゴシップ紙だ。ルミィも横からヒョッコリ顔を差し入れて、新聞を一緒に読んでいる。
距離が近いが、最近はこの距離感に慣れて来ている。ルミィは時夫が心配になるほど警戒心が薄いな。
「あちこちの地域が爺さんに襲撃されている様だな。
邪教徒討伐は今のところ上手くいっていないと……」
神殿に運ばれる患者が絶えなかったのは近隣の病院から溢れた患者を次々と受け入れているためだったのか。
「そう言えば、最近は東の民や獣人に対する差別が激しくなってる様です。
外出時はなるべく変装して、男の姿の時はフードを必ず被ってくださいね」
ルミィの言葉に時夫は首を傾げる。
「何でだ?パレードのために獣人排除してたのは知ってるけど……」
「あの邪教徒の名前、カズオが東の民の名前の響きと近いんじゃないかと話題になってまして……
あと、動物を操る様なので、獣人も操るんじゃないかって噂が広まっているんです。
今のところそういった事実はもちろん確認されていません。
……パレードでの排除のためにそういった風潮が高まっていたが、多くの国民が襲撃と病に対して不安になっているせいで、そういった鬱憤が身近な存在に向いてしまっている様なんです。
騒ぎが収まれば自然と元に戻って行くとは思いますが……」
ルミィは新聞を熱心に読みながら心配を口にした。
「じゃあ、冒険者ギルドの受付嬢さんもまだ戻って来れないのか……」
冒険者としてお世話になりまくっていたので、時夫としても心配だ。今度ギルド長に様子を聞いてみるかな。
「そう言えば……あのカズオ爺さん俺のこと探してたよな?
もう一人の日本人を差し出せって。アレなんだろうな?」
ルミィも眉を寄せて考える。
「そうですね何か協力させるつもりでしょうか?あと……元の世界はニホンって言うんですね」
「ん?ああ、世界の名前じゃ無くて国の名前だけどな」
ルミィが決意を固めた様な顔をする。
「トキオ……私、ちょっと王室の資料を調べてみようと思います。
昔……二代前の王が確かに召喚を行ったんです。そして邪教徒との戦いに身を投じた勇者がいました。
名前は……ゾフーエ・イナコ
女性の勇者でした。もしかしたら他にも召喚が行われていたのかも知れません。
何か記録がきっとあるはずです」
「勇者召喚か……聖女だけじゃ無く色々召喚してるんだな。
ゾフーエ……祖父江(そぶえ)とかかなぁ?齋藤さんもサリトゥとか変に訛って呼ばれてたりしたし。俺はトキョだし。
祖父江稲子さん?なかなか古風な名前だけど昔なんだから普通か。
……と言うか王室の資料なんて、そんな簡単に見たりできるのか?
そういうのって国家機密とかじゃ無いのか?当てはあるんだよな?」
ルミィは自信がありそうに大きく頷いた。
「任せてください。何日も掛けませんから。……日中は患者の看病がありますから、夜だけ少し抜け出しますね」
「そっか。わかった……アルマもなんか知ってそうだけど、人間側の記録もあった方が良いもんな。
そっちの記録で色々わかったらアルマを問い詰めよう」
女神召喚に手助けしていたアルマだ。勇者召喚も多分関わってるだろ。
最近はアルマは忙しいとか言って中々ルミィが祈っても出て来ない。
ルミィの魔力がかなり増えているとはいっても、女神を呼び出すとルミィの負担がそれなりにある様だし、理屈は不明だが、この世界に直接的に関わるのは難しいらしいので、あいつは中々の役立たずなのだ。
偉そうな割にポンコツである。
「女神アルマを呼び捨てはダメです!」
「はいはい」
女神のダメっぷりを知ってもなお、こうして甘やかして信仰する奴もいるから不思議なもんだ。
ルミィのことは結構理解できて来た気がするが、アルマに対する信仰心は全く小指の先ほども理解ができない。
そして、ルミィは数日かけて調べてくれた結果、勇者ゾフーエと共に二人の日本人が召喚されていた事がわかった。
名前はヤマモト・カズーオとタイラー・キヨーシ。
三人の日本人のうち、誰が勇者か分からなかった為に、半年間は三人とも王室所有の宮殿に住まわせていたが、ゾフーエにのみ魔獣に対する強い浄化能力等が認められた為に、残りの二人はそれぞれある程度の金を握らせた上で、国境付近に別々に放逐したということだ。
二人を別々にした理由は王家に不満を持って結託して復讐させない為。
殺さなかった理由は、女神からの賜り物に違いは無いので、神罰を恐れての結果らしい。
その決定に至るまでは色々な立場の人達による言い争いがあったらしいが、最終的には随分と雑な形での処分となったもんだ。
そして、代替わりを経ても同じ様なことが起こるとは。
ルミィに拾われなければ、もしかしたら時夫もあの老人のようになっていたかも知れない。
あるいは、死んでいたか。
もう一人のタイラー……多分、平さんだろうけど、生きているのだろうか?
魔獣の浄化ができる勇者が必要とされる時代に、生き残れたのだろうか?
カズオはどれ程の絶望と苦痛を乗り越えて、自分を捨てた王の孫の前に現れたのだろう。
「ルミィ。女神を呼び出してくれ」
「はい」
ルミィが祈りを捧げる。今、ルミィはどんな気持ちだろう。
信仰先のポンコツ振りは誰よりも知っているはずだが。
「何ですか?私も忙しいので、あんまり頻繁に呼び出さないでください」
前髪を掻きやりながら、金色の瞳が迷惑そうにそっぽを向いた。
不貞腐れてやがるが、時夫はコイツには色々と言いたいことがある。
「まさか俺が最初じゃ無かったとはな……。
勇者ゾフーエ?を呼び出す時に二人も間違えて一緒に呼んだんだろ?何で……!何で何度も同じ間違えをしつつアフターケアを怠るんだ!!」
自分自身の事も含めて、感情が思わず昂って最後は怒鳴ってしまった。
アルマは煩そうに耳を塞ぐ。反省の色はない。
「アフターケアは人間がやっておけば良いでしょうに。
私の仕事ではありません。
それに、私は祖父江稲子を呼び出したのでは無いです。私が呼んだのは山元数夫です。
その他が間違ってついて来ちゃったんです。
それで……勇者としての力は……なんか稲子の方に宿っちゃったんです。
でも、別に必要な分だけの力がある人物が手に入れば良いのだから、勇者が誰だって良いでは無いですか」
祖父江稲子さんの勇者としての人生がどんなものかはわからないが、
勇者となるべく召喚されたのに、何も、力も金も碌に与えられず、常識すら日本と異なる世界にほっぽり出され、あの様な姿で生きて来たカズオが哀れだった。
そして、平さんは完全に巻き込まれただけだ。下手をするととっくに死んでいるだろう。
ウサギですら魔獣となればあの危険度だ。
ただ一人で生き延びたカズオは勇者となるべく呼び出されただけのことはあったのか。
復讐の天使と名乗っていた。
邪神に魂を売って、王家と……おそらくアルマに復讐を誓っている。
カズオはルミィと出会わなかった時夫だ。
もしかしたら、似通った境遇の日本人を仲間に引き入れようとしているのかも知れない。
アルマは話が通じない。
今も面倒そうに時夫をぼんやりと見ている。早く興味の無い話が終わるのを待っている。
苦々しい思いが募るが、ルミィの体だ。酷いことはできないし、恐らく何を言っても無意味だ。
これが神と人との人命や人生に対する意識の違いなのだろう。
「俺は瘴気病を蔓延させているカズオ爺さんを止める」
「そうですか。好きにして良いですよ」
「お前の失敗の尻拭いだ。……俺もお前を恨んでいる事を忘れるなよ」
アルマは不思議そうな顔をした。
「どうして?そなたは随分と楽しそうに暮らしているのに。
こんな美しい娘と共に暮らせているのに。
私がこの娘を選んだのは、この顔がこの国で最も美しかったからよ」
アルマは妖艶に微笑み、寄り添う様に体を寄せて、その美貌を時夫に見せつけてくる。
「ルミィが美人なのはお前の手柄じゃ無いだろ?」
「この世界で起こる全ての吉事は私のおかげぞ?」
「なら悪い事もお前のせいだろ」
「それは人間と……ハーシュレイのせいよ」
バチンッ……
「……今日は弱めのデコピンでしたね」
ゆっくりと青灰色の瞳を開けて、ルミィが時夫を見上げた。
「美人の顔に傷が付くといけないからな。
……カズオを止めよう。病気を治そう。俺はカズオにこれ以上罪を重ねて欲しくない」
時夫の決断を聞いてルミィがニッコリ笑った。やっぱり中身が違うと笑顔も違う。
一番綺麗な笑顔だ。
「私も頑張ります!」
ルミィが手をあげてやる気を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます