第29話 病の蔓延

 カズオの持つ短剣には赤い。そこから炎系の魔法の使い手だと推察できた。


「『ライトニングソード』!」


 王子が腰から抜いた紫電を纏った剣でカズオを袈裟斬りにする。

 僅かにでも触れれば行動不能になる必殺の技だ。

 その刃は確かにカズオの胴体を通過した様に見えた。しかし、切られた筈のカズオの姿が掻き消えた。


「な!?」


 王子も驚きを隠せない。

 時夫もカラスにつつかれ、引っ掻かれながら何とか距離を詰めようとする。


 そしてカズオは目を見開いた王子の懐に飛び込んでいた。


 蜃気楼だ……時夫は直感した。

 王子が切り付けたのは蜃気楼による虚像だったのだ。


「……くっ!」


 しかし、王子は優れた身体能力で咄嗟に短剣を防いだ。

 カズオはすぐに引き下がる。

 そこに馬車を駆け上って来たネズミと上空からのカラスが王子を襲撃する。

 王子が次々とカラスもネズミも感電させて行くが、馬車は狭く、近くに齋藤さんもいる為に巻き込まない様に気をつけなくてはならず、戦いにくそうだ。


「嫌ぁ!」


 伊織が馬車に次々と登ってくるネズミ達から少しでも距離を取ろうと、馬車の後ろの方に逃げる。

 しかし、ネズミもカラスも齋藤さんを襲う事は無かった。一定の距離を保つ。

 そして、馬車の下から薄汚い格好をしたカズオが伊織に手を伸ばした。


「ひっ……!」


 カズオの姿を見た伊織の顔に恐怖と……嫌悪感が浮かんだ。

 それを見たカズオの金色の瞳が悲しげに伏せられる。すぐに伸ばした手を引っ込めた。


「そうだな。こんな身なりじゃ若い女の子は怖いわな。

 あのな、聖女さん、俺は日本から来たんだ。

 ヤマモトカズオって言うんだ。あんたは日本に帰りたくは無いか?

 俺は日本への帰り方を知っている。一緒に来てくれないか?」


 カズオは自らの姿を恥じいって落ち着かなさそうに、だが若い女の子を怖がらせない様に優しげな声音で問いかけた。

 伊織がカズオの言葉に反応する。


「ヤマモト……さん?日本人……?私……日本に帰れるの?」


「イオリ!そいつは邪教徒だ!邪神の狂信者だ!話を聞いたらダメだ!出鱈目に決まってる!」


 王子は全身に電気を纏ってネズミもカラスも近寄らせない。

 そのままカズオを切り付けようとする。

 それをカラス達がひたすらに邪魔をする。数の力で王子もその部下達の攻撃までも防ぎ切っている。


「チッ……やはり王族は強いな。直接の戦闘は分が悪そうだ。

 王子よ……異世界から勝手に呼びつけたなら、間違いであっても責任を取れ。

 その聖女と一緒に連れて来たもう一人の日本人を俺に差し出せ。

 そうすれば……この国には温情を多少はくれてやろう。俺は寛容なんだ。

 許され得ないお前達の罪を……条件付きで許してやろうと言うのだ。

 その日本人がまだ生きていると良いな……。神にでも祈ってろよ。お前達と同じくらい無責任な女神にな。

 ……じゃあな、聖女様……また会おう」


 カズオに影が差した。

 上空から大鷲……いや、あまりにも大き過ぎる、胴体部分だけで人間より大きな鳥がカズオのもとへ降り立った。

 そして、カズオが飛び乗るとすぐさま空へと飛び立った。


「何をやってる!?撃ち落とせ!」


 王子の怒鳴り声に反応して、ネズミに噛みつかれ、カラスにつつかれながらも、王子の護衛のために働く騎士や兵士達は我が身を犠牲にカズオに剣を杖を向けて攻撃を発射する。

 しかし、カラス達が盾となりどの攻撃も当たらなかった。


 カズオの姿が完全に見えなくなると、カラスもネズミも徐々に姿を眩ませた。

 パレードが散々な結果になり、王子は唇を噛んで怒りに拳を震わせている。


「アレク……大丈夫?」


 ショックから立ち直った伊織が王子に寄り添う。


「ああ……大丈夫だよ。心配しないで。怪我も何も無いから」


 王子はニコッと笑って無事をアピールした。

 その周りに怪我だらけの警護の者達が集まる。


 ルミィが服の汚れをはたきながら、近づいて来た。


「逃してしまいましたね。しかし、あのお爺さんが邪教徒だったなんて……。

 何か二代前の国王と因縁がありそうでしたが、そういった話は聞いたことが無いです」


 それも気になるが、時夫は別に気になることがあった。


「ヤマモトって言ってたよな……ヤマモトカズオ……なんかどっかで聞いたことがある様な?」


 こう、思い出せそうで思い出せなくてモヤモヤする。


「元の世界の知り合い……では無いんですよね?」


 ルミィが小首を傾げつつ聞いてくる。


「ああ、会った事は無いと思うけど……。あの人こっちに来てどれくらいなんだろうな。

 もし元の世界で会ってたとしても、髭とか日本では生やして無かったかも知れないし……その可能性の方が高いし、年齢もだいぶ開きがあるからなぁ。

 何歳かはわからんけど俺くらいの歳の孫とかいても驚かないよ。

 名前も平凡で良くある名前だから同姓同名の人とどこかで会ったことがあったとかなんだろうな」


 とにかく今はあやふやな記憶を探っている場合じゃ無い。時夫達も怪我人の手当てに駆け回った。

 そして、その邪教徒によるパレード襲撃は、単なるイベントの失敗だけに終わらなかった。


 そのパレードで、カラスやネズミの攻撃を受けた人たちが次々と病に倒れ伏したのだ。

 医師の診断は全て同じ。瘴気病だった。

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