第28話開かれた宴

 そしてパレードの日がやってきた。

 

 炎系の魔法で打ち上げられる花火は、昼間であっても青空をバックに色鮮やかに映える。

 

 今世の聖女の紋章に選ばれた薄桃色の花弁の多い花が空からくるくると風に舞い遊びながら何万、何十万と青空から振ってくる様子は天上の美しさだ。


 因みにこの花は魔法で出来ていて、触れることもできないし、地面に落ちる前に消える仕様だ。

 ウィルもこれを発生させる魔法の装置の作成を受注していた。

 自分たち親子を見捨てた王室に思うところはあっても、城下町にこれからも住み続ける以上は逆らうことはできないのだ。


 少しばかりの犠牲を是とする、莫大な予算と不安要素を極限まで排した宴はこうして華々しく開催された。


 ……齋藤さんはどれくらい舞台裏を知ってるんだろうな。

 アーローの前に声を震わせながら名乗りをあげた少女の姿を時夫は思い浮かべた。

 

 ルミィが熱狂的アンチをしている王子が隣に張り付いていたが、あんな奴と一緒にいては齋藤さんの為にならないの気もする。

 しかし、時夫のせいではないが聖女の力が発現していないだろう彼女の立場は恐らく不安定だ。

 時夫に対するあまりにも酷い扱いを考えると、聖女の力を有していないとわかったら、王国は彼女をどうするだろうな。

 

 齋藤さんにはアホっぽくとも一国の王子が後ろ盾として存在するのは幸運と言えるのかも知れない。

 ……時夫も追い出されて路頭に迷う所をルミィに拾われた身なので、積極的に助けになってくれる存在の重要性は身に染みてわかっている。

 ルミィは今日も俺の隣にいつも通りいる。


 今日の仕事はパレードの警備だ。

 国からの強い要請で登録済みの冒険者で、特定の国の出身であることがわかる容姿だったり、獣人だったり、手足がなかったり、一目でわかる病気があったり、目立つところに刺青がある人を除いて半強制的に仕事を受注させられた。

 王制つえーなぁ。

 今は王室と神殿のトップが聖女齋藤さんの出現もあって蜜月状態で最強に権力つよつよなのだ。

 なんか酒場で良く知らない冒険者のおっさんがそう言ってた。


「トキオ、何ぼんやりしてるんですか?もしかして女の人のこととか考えてるんですか?」


 なんと嘆かわしい。ルミィは時夫を万年脳内ピンク野郎と思っているようだ。

 女性のことは考えてないでも無かったが、時夫は珍しく真面目モードなのに。


「おうよ。ルミィのこと考えてた」


「え゛!?何ですか!?何考えてたんですか!?」


 ルミィが顔を赤くして時夫のマントに両手でギュッと掴みかかってくる。こいつ意外と恥ずかしがりだよな。

 結構すぐ顔が赤くなる。


「さあ、何だったかな。ほら、ちゃんと仕事しろよ」


 ルミィのフードを引っ張って顔をしっかり隠してやる。

 時夫もフードを深く被り直す。

 

 音楽隊の華やかな音色が近づいてくる。太鼓の音が地面を揺らす。

 子供達が歓声を上げて、窓から顔を出して手を振る人がいる。

 街中には国旗と王家の旗と聖女の花の紋章が掲げられている。

 中年男性に体を支えられた老婆が涙を流しながら、まだ姿の見えない聖女に向かって精一杯の声を張り上げる。


「聖女様!!息子を……息子の病を治していただきありがとう……ありがとうございました!」


 中年男性――恐らく老婆の息子――も骨が目立つ痩せた腕を大きく振って聖女に感謝を述べる。


「聖女様!万歳!!瘴気病から俺たちをお救いくださった女神の使いの慈悲に感謝を!!」


 ルミィがボソッと時夫に耳打ちする。


「あの感謝はあなたのものです」


「誰宛でもいいよ。良いもん見れた」


 時夫も囁き返した。テオールの母親がいた病院に入院していた人だろう。

 出歩けるまでになって良かった。

 時夫はそのままボソボソ会話を続ける。


「……なあ、ああいった瘴気病の人って、あの病院だけじゃなくあちこちいるのか?」


「ええ……他の地方にも……他の国にもいます」

 

 聖女の役割……か。

 バレないようにと活動していたし、邪教徒を2人倒したことで多少は瘴気発生を防いだりしているが、うっかりでとは言え授けられてしまった力を、ちゃんと使っていくべきなのかも知れない。

 後でルミィに相談してみよう。


 そして、王子と聖女サリトゥの乗った馬車が大通りの時夫たちの担当場所に近づいてきた。

 

 周囲の人々が湧き立ち、手に持った旗を振り、薄紅の花を掲げ、歓声と笑顔で主役の二人を迎える。

 二人を結婚させるべきだなんて主張するゴシップ紙もあったりするくらいには、二人は国民からの人気が高い。

 齋藤さんは笑顔で手を振って街の人々の声に応えている。

 王子もキラッキラのイケメンの爽やかスマイルで、町娘の黄色い声に応えている。


「あ!危ない」


 パレードの観客たちから悲鳴が上がる。

 王子と齋藤さんの乗る馬車の目の前にサッと人影が飛び出したのだ。

 馬がいななき、御者が懸命に宥めながらぶつかる直前で静止した。


「……あれ?あれってあの時の爺さん?」


 新聞集めの浮浪者だ。串焼き肉を拾い食いしようとした爺さんで間違い無さそうだ。

 馬車の前に立ち塞がっている。


 皇子が立ち上がり、周囲の近衛騎士や兵士達に命令する。


「おい!さっさと退かせろ!パレードに泥を塗るつもりか?何でまだいるんだ!?」


 カァー……


 思いの外近くで聞こえた鳴き声にギョッとして時夫は振り向いた。

 時夫は絶句する。

 そこにはいつの間にか何十羽というカラスが止まっていた。

 

 街の人たちも驚きながら、刺激しないようにソロリソロリとカラスから距離を取る。

 異様な気配を感じて上空を見上げると、晴天に相応しくないカラスの群れが静かに集まり、周囲の建物の屋根に羽を休ませ始めた。

 既にその数は何百にもなるだろう。

 観客達は言い知れぬ恐怖に口をつぐみ、いつの間にか音楽隊も動きを止めた王子の馬車に気が付いたのか、演奏を止めた。

 

 不穏な空気に場が支配されつつあるが、目の前の見窄らしい老人に夢中の王子はそれに気が付いていない。


 その中で老人カズオが口を開く。掠れた声は不思議な響きを持って周囲に届けられる。


「何でまだいる……と言うことは、ここ何日かで俺のようなのが排除されていることを知っていたのだな?

 いや、お前がそう指示を出したと言うことで間違いないな?」


 老人カズオは背筋を伸ばして王子に静かに問うた。


「うわ!」「何だ!?」「くっ、この!痛っ!噛みやがった!」


 王子を守るはずの者達が何をしているのかと思ったら、なんとネズミと格闘していた。

 一匹二匹では無い。いつの間にか鳴きもせず、静かに足元を大量のネズミが占拠していた。


「きゃあ!」「うわ!ネズミだ!」


 観客達が悲鳴を上げて我先にと逃げ始める。押し除けられ、転んだ幼児が泣き出す。その兄弟が必死に弟の手をとって立たせようとする。

 周りの大人は自分が逃げるのに必死で、子供達を顧みない。


「何だお前は!?何をしている!早くこのコジキを捕まえろ!!」


 王子が騎士や兵士を叱咤する。

 齋藤さんは口元を手で覆って絶句している。


 時夫は逃げる観客と慌てふためく兵士を掻き分けて、カズオの元に近付く。

 王子の全てを見定めようとする様に開かれたその瞳はボサボサの眉毛の下で金色の輝きを放っていた。


 王子の怒声を無視して、カズオは尚も問いかける。


「聖女の召喚の際に、もう一人来たと言うのは本当か?

 それは既に国の保護を失ったと言うのは本当なのか!?」


 老人の言葉に時夫とルミィは足を止めて絶句する。

 それは国家機密だ。しかし、召喚の場にあれ程の人がいたのだ。人の口に戸は立てられない。

 カズオの声には悲しみと怒りと絶望が込められていた。


「な、何でそんな事……いや、そんなのどうだって良いだろう!?

 聖女召喚は成功した!ここに聖女がいる!国民の人気も高い!後は……どうだって良いんだ!」


 一瞬言葉に詰まった王子だったが、すぐにまた怒鳴り始めた。

 王子にとっては時夫の事は心の底からどうでも良い問題なのだ。多分死んだと聞いても何も思わないか、問題が完全に無くなったと感じるかのどちらかだろう。

 王子の様子を確認したカズオは、下を向き、疲れ切ったような息をゆっくりと吐いた。


「間違いがあってはいけないと思ったんだ。

 もしかしたら、下の奴らが勝手に忖度して弱者を排除しているのでは無いかと。

 でも、やはり王族は知っていたのだな。いや、指示を出していたのだな?

 何十年経っても何も体質が変わっちゃいない。

 アレックス第一王子、お前はお前の祖父にそっくりだ。

 残念だ。本当に残念に思っている。俺は過去のアルマと王族の失敗を許すつもりだったのに。

 俺はこのまま静かにこのクソッタレな世界で朽ちても構わなかったのに」


 言い切ると、カズオは背筋をもう一度伸ばした。

 息を吸い、先ほどよりも張りのある声で名乗りをあげる。

 

「聞くが言い、人間ども!

 俺は女神ハーシュレイに力を分け与えられた邪教徒だ!

 お前達に死と絶望を与える者の名前、復讐の天使カズオの名前をよく覚え、地獄への先触れとなるが良い!」


 カァーカァーギャギャギャ……


 カラスが一斉に鳴いた。そして、足元をドブネズミが埋め尽くした。

 カズオが懐から短剣を取り出し王子の元へと走り出した。

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