第27話 パレードの準備
時夫たちは冒険者としての活動を優先していたので、こうして街をゆっくり巡るのは久しぶりだ。
食事をら買うために商店や露店に寄ったりもしていたが、目的も無く散策するのはやはり格別だ。
相変わらず賑やかで、ジプシーらしき人達が煌びやかな民族衣装を着て、不思議な響きのある歌を歌いながら踊っているのに、足元の籠を目掛けて10ゴルダだけ投げ銭をする。
わあ……セクシーでエキゾチックなお姉さんが投げ銭のお礼に投げキッスをしてくれた。
時夫は思わず頬が緩む。
「ふーん……トキオはああ言う人が好みですか。ボンキュッボンが。そうですかー。そうなんですねー。鼻の下伸びてるから縮める魔法でも誰かに教えてもらった方が良いですよー」
ルミィがジトっとした目で見てくる。中々に当てこすってきやがるな。
「いや別に。美人が好きなだけだ」
美人好き。全人類そうだと思う。あと、笑いかけられると可愛いなとかすぐ思っちゃう。時夫はチョロいのだ。
「お前も美人嫌いじゃ無いだろ?お前も美人だし、嫉妬とかする必要も無さそうだし」
「ほえ!?美人ですか!?私ですか!?そうですか!?そうですかぁ!そうなんです!はい!」
適当に褒めて会話を終了する予定が、ルミィが顔を赤くして珍妙な反応をする。
もしかして褒められ慣れてない?この顔で?
街中見ても正直ルミィくらいの美人は滅多にお目にかかれないし、喋るとボロが出る残念系だが、黙っていると楚々として可憐で清楚ですらある。
歩いてるだけでも不思議な気品があるので、街中の美人と並んでも(一言も口を聞かないと言う条件下であるならば)ほぼ完勝しそうだと時夫は思っている。
その醸し出される雰囲気は、おそらくしっかりした教育により身に付いた所作に寄るところなので、ルミィはかなり良いところのお嬢様である疑惑がある。
つまり、発言や性格が残念すぎて家を放逐された追放形お嬢様なのだ。
可哀想に。そんな可哀想な相棒の口元がニヤニヤしている。
……いつもの気品はどこに行った?
そんな様子でも、フードからチラリと見えるルミィの端正な横顔に、道行く男が二度見する。
それなのに褒められ慣れてないなんて……。
周りの奴はコイツが顔をいつもフードで隠しているから、皆んな褒めたりしないのだろうか。
あるいは家を追い出された経緯を知っているから関わらないようにしてるとか?
……まあ、あんまり相棒の過去を妄想するものでも無いな。
こいつが必要と思えば過去も神官やってる経緯も自分から話してくれるだろう。
「うふふふふーん。私美人です」
ルミィは両手を頬に当ててフードの下で気持ち悪く独り言を言っている。
相棒がご機嫌で何よりだ。よし、良い子の相棒には串焼き肉を奢ってやろう。
「おっちゃん!串焼き3つね!」
「あいよ!お、お二人さんいつも仲良いね!よーし!美人さんに一つオマケだ!!」
串焼きを四つ受け取り並んで歩き出す。噴水のある石畳の広場に向かう。
「そう言えば、このおっちゃんはいつも美人ってお前に言ってるけど、照れたりしないんだな」
ちょっと気になってルミィに串を二つ渡しつつ聞いてみる。
「んん?てっきり商売上手のお世辞上手なのかと思ってました。……本心だったんですね。んふふ……」
ルミィの口元が二マーっと三日月型に広がる。ぅん、不気味!
「どこか座れる場所でも……うおっと「お兄ちゃん悪いね!急いでるんだ!」」
紳士が急足で謝りつつ立ち去った。財布は空間収納に入れてるのでスリとかでは無い。
……が、串焼き肉を一つ落としてしまった。
噴水の脇の石畳の上なので、そこまで汚い所では無いが、行儀とか意地汚く見えるかな、とか様々な考えが脳を錯綜して拾うのに僅かに躊躇した。
すると、するりと音も無く近寄る影。
落ちた串焼き肉を拾い上げた。
見覚えがある。換金でも出来るのか誰かが読み終わった後捨てたらしい新聞紙を何枚か抱えている。
偶に街中で見かける浮浪者の老人だ。
串焼き肉を持って、そのまま立ち去ろうとする。
「おい待て爺さん!」
時夫が慌てて止める。
「……………………」
老人は時夫を見つめてくるが、瞳自体は長いボサボサの半分白くなった眉毛で見えない。なのに不思議な威圧感がある。
時夫は多少気圧されかけたが、持っている串焼き肉を差し出しながら老人に近づく。
「それ、落とした奴を人様に食べさせるほど俺は恥知らずじゃねえよ。
俺のちっぽけなプライドのためだ。こっちと交換してくれ」
老人は無言のまま時夫と串焼き肉を交換した。
「あ、私も少食で二つは食べられないので食べてください」
ルミィが串焼き肉を一つ渡した。
「冷めると肉が硬くなるからあったかいうちに食ってくれよな」
そう言いながら時夫は落とした肉に齧り付く。昔から腹は丈夫だから問題なし。
「……名前は?」
老人のボサボサのヒゲの奥から掠れてしわがれた声が聞こえた。
「……時田時夫。コイツはルミィ。爺さんは?」
老人が息を呑み、驚いたのがわかった。しかし、何に驚いたのだろうか。
時夫が本名を答えたのは如何にも浮浪者然とした老人から、情報が王宮などに流れることは無いと判断したからだ。
そして、名乗ったからには名前を聞くのが筋だと思ったから聞いた。
特に意味は無かった。
「………………カズオ」
老人は一言だけ言うと立ち去った。
「何だか変わったお名前ですね。外国の出身なのでしょうか?」
「…………」
カズオ……日本人的な名前だけど、偶々かもしれない。東の民は日本人に似ているらしいが、名前も似てるのだろうか。
ルミィと二人でボンヤリとその背中が雑踏に消えるのを見送った。
「あ!新聞あげれば良かったですね……」
そう、先ほど買った新聞だ。ルミィは内容がまた気に食わなかった奴だ。
なんでも翼の邪教徒討伐を成し遂げたアレックス第一王子と聖女の為のパレードを行うのだそうだ。
一応聖女召喚を祝う意味合いもあるらしいが、アレックス王子の国民へのアピールで間違いないようだ。
手柄を盗られてルミィは大層ご立腹だ。
しかし、時夫たちが正体を眩ましているのが原因でもあるので多少は我慢するしか無い。
パレードの前準備の為に、城下町の清掃を行うと新聞に書いてあったが、実際に地面に落ちているゴミは少なくなっている。
街中の景観を乱すものは撤去されたり、立ち退く事になったりするらしい。
王家の紋章の旗が通りに掲げられていたり、お祭りムードが高まっているのは、時夫としてもちょっとワクワクしてたりする。
アンチ第一王子のルミィ的には全てが気に食わないらしいのだが。
その後はテオールの家に行って、ウィルやミーシャに最近の様子を聞いたり、双子と遊んだり、テオールの仕事場を覗いたりした。
あちこちの露店を冷やかしながら来た道を戻ると、兵士たちが行きに投げ銭をしたジプシーの踊り子たちを囲んで何事か言っていた。
足元の投げ銭を入れていた容器が倒れて小銭が地面にばら撒かれている。
何事か言葉を交わした後に、小銭を拾ってジプシーたちは何処かへと立ち去る。
時夫と同じ光景を見たらしい通りすがりのカップルの男性が、連れの女性に笑いながら言う。
「パレードも近いしゴミはちゃんと片付けなきゃだよな」
その時は見た光景には大した感想を持たなかったし、カップルの男性の言葉を聞いて、ジプシーたちがゴミ捨てルールを守らなくて怒られてたんだろうと時夫は解釈した。
それから日が経ち、だんだんとパレードが近づくにつれて街は祭り一色となる。
時夫は祭りを楽しむ為には一にも二にも金があった方が良かろうと冒険者稼業に勤しむ。
そして、街の異変の一つを知ることになった。
「あれ?いつもの受付のお姉さんは?」
いつも愛想良く手際よく仕事をしてくれる狐獣人の受付嬢がいない。
代わりにギルド長の腕が太くて毛深いおっさんが受付をしている。
「ああ……彼女は……ほら、パレード近いから家に帰したんだよ」
何故かギルド長は歯切れ悪く、歯にものが挟まったような言い方をする。
「えっと、パレード見に行く準備とかで事前に休み取ってるってことですか?」
当日だけじゃ無く休みを与えるなんて太っ腹だ。
「違うよ……彼女はパレードは無理だろ?」
ギルド長は察しの悪い時夫に少し苛立ちを覚えているらしい。
そんな時夫とギルド長の会話を後ろで聞いていたらしい他の冒険者が口を挟んだ。
「獣人はパレード見れないんだよ。人間じゃ無いもんな!聖女様のお姿を獣人なんかに見せるわけにいかねぇだろ?」
つまりは差別によるものらしい。ギルド長はキマリが悪そうにしている。
「兵士に捕まるからな……」
ギルド長が大柄な体に似合わない弱々しい声で言い訳がましく言った。
「え?捕まるって?何の罪も無い人捕まえるなんてことは……」
時夫が信じられないと言うように呟いたが、ギルド長は首を振った。
「向こうからトラブルが寄ってくるだろうな。そして、獣人とそれ以外が争っていれば、多分今の社会情勢なら獣人が悪いと言うことになるだろう。
取り調べを名目に牢に入れられるさ。パレードが終了するまではな」
時夫はジプシーの足元に転がった倒れた投げ銭入れを何と無く思い出していた。
国はパレードを成功させる為に、景観を損ねるものを街から、国から追い出していた。
それは獣人であり、ジプシーであり……弱者と呼ばれる人々だった。
ふと気がつけば、冒険者ギルドはいつもの賑わいが無かった。2階の酒場からはいつもの喧嘩の怒声も上機嫌な声も聞こえてこない。
そう、冒険者たちの多くは他の仕事では生きていけなかったハズレものだ。
女神に選ばれた聖女を讃えるパレードを控えたこの街には相応しく無いのだった。
冒険者ギルドを出ると、太陽は明るく外は晴れ渡り、雲一つない。澄み切った青空の下で人々は明るい笑顔でパレードの準備に勤しんでいた。
その賑わいに疎外感を覚えた時夫は、ルミィと二人、無言で神殿へと帰っていった。
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