復讐の天使

第26話 パワーアップ日常回

 「そう言えば邪教鳥(アーロー)討伐のボーナス貰ってなかったな」


 のんびり備品の補修をしながら、時夫はせっせと繕い物をするルミィに声を掛けた。


 今日は午前中は冒険者ギルドに行き、迷い猫探しの仕事を受注した。

 

 もちろん魔法を使うのだが、『探索』を使うには魔法の何らかのシムテムに、対象物の持ち主であると認められる必要がある。

 時夫はくだんの猫の飼い主の一人となるべく、依頼者家族と兄弟の契りを交わしてみたり、兄弟喧嘩をしてみたり、家事を一部負担したり、架空の子供時代の思い出話をしてみたり色々と頑張ったら、すっかり疲れてしまった。

 

 なので午後はギルドの仕事はせずに引き篭もる事にしたのだ。

 

 時夫たちの暮らす神殿の男子禁制区画は、時夫がここに来た時よりもかなり綺麗になっている。

 

 時夫の爆上がりした魔力で『クリーンアップ』の魔法で隅々までピッカピカに掃除が行き届き、『接着』で欠けた装飾をしっかり繋ぎ合わせた。

 そして、雨漏りしていた箇所も直して、その周辺のシミも目立たなくした。

 

 そうそう、新しい魔法も覚えたのだ。

 この間魔法学園を水浸しにした後、ちょっと気になって見に行ったら、用務員さんらしき人が良い感じに魔法で水を蒸発させていた。

 

 炎系の魔法で熱しているのかと思ったら、熱を利用せず、直接気化させてるらしい。

 こういう話を聞く時、学生時代にもっと化学の勉強しておくんだったなと後悔する。

 

 活用方法がそんなに思いつかないからな。

 時夫は理系分野は万年赤点の文系だ。

 使用者に聞くか、色々自分で試して何に役立てるか自分でやってみるしかない。

 

 

 

 それはさておき、『クリーンアップ』では雨漏りの水を何故か取り除けなくて地道に拭き拭きしていたので、何とか用務員さんに頼み込んで、その気化させる魔法を教わったのだ。

 

 その代わりに何日か用務員さんの仕事を手伝ったりした。

 用務員さんの手引きで学園に裏口から出入りしてたけど、よく考えたらアウトな気がする。

 しかし、よく考えるとかは疲れるし、よく考えたら良いことが起きたなんて事はこれまでの人生で無かったし、よく考えるのはよく考えられる人がやるべきであり……つまり、時夫はよく考えないようにした。


 そして、苦労の末、用務員さんにその実力と熱意を認められて得た能力が、

 

 その名も『乾燥』

 

 うん。わかりやすい。

 生活魔法は市民生活と密着している為に、ネーミングがシンプルでカッコ良さとかは無いのだ。

 実は生活魔法が不遇の扱いなのはネーミングのせいもあるのではないか?

 市民の教育を進める事で、カッコ良い名前をつけるセンスを磨かせて生活魔法の地位を上げるというのも必要な施策かも知れない。


 時夫に魔法を得てくれた用務員さん――ボルゾイさん――は得意げだった。

 

 『乾燥』はかなり珍しい魔法らしく、教えても覚えられた人はこれまでいなかったし、用務員さんのかつての先輩(老衰にて昨年死亡。享年119歳。この世界の人の平均寿命は70歳である)も使い手だったが、覚えられたのは結局ボルゾイ氏一人だけだったのだと。

 そして、時夫が現れるまで、先輩亡き後は『乾燥』の使い手はボルゾイ氏一人だったのだと言う。


「お前は俺の唯一の弟子だ」


 用務員さんは深いシワの刻まれた顔に満足げに笑みを浮かべた。

 シワがより深くなる。


「師匠……」


 時夫は偉大なる先達を尊敬の眼差しでめっちゃ仰ぎ見る。……用務員さんデケェな。2メートルはあるよ。めっちゃ仰ぎ見ないと目が合わないよ。何でこんなに強そうなジジイが用務員やってるんだよ。


「冒険者も立派な仕事だ。だが、もしも辛いことがあったらここに来なさい。

 一緒に用務員として、若人達の生活を見守ろう」


「ありがとう……ございます!師匠!!!」


 回想終了。

 ぼんやりしていると、思考があちこちに飛んでしまう。


「ルミィ、アルマを呼んでくれ。鳥退治して多少は力を取り戻したんだろうから、俺たちの分前を貰おう」


「もう!トキオは何度言っても忘れちゃうんですね!女神アルマには敬称を付けてください!」


 ルミィは腰に手を当ててプンスコ怒っている。そんなんだから子供っぽく見えるのだ。

 しかし、それを言うとルミィは喜ぶので時夫は言ってやらないが。


 そして、ルミィが跪いて祈りを捧げる。

 呼び出す対象がアレだし、普段のルミィもアレレなのに、光をたたえるその白い横顔は神々しく美しい。

 こんな光景を何度も見ていたら、そのうち時夫も洗脳されて女神アルマを信仰してしまいそうだ。

 あぶないあぶない。時夫の実家は代々浄土真宗なのだ。

 ……たしかそうだったよな?浄土宗?浄土真宗?


 時夫の混乱をよそにルミィが輝きを増す。鮮やかな金髪が内から発光する。


 きらきら……きらりーん!


 ボーナス不払いの女神、アルマが降臨した。


「何ですか、時夫。私は忙しいのですよ」


 なんか眠そうな顔で言ってる。金色の目がとろーんとしてる。さては昼寝でもしてたな。


「ほら、俺たち邪教徒倒したんだから。力寄越せ」


「力が……欲しいのですか?」


 子供みたいに目を擦りながら聞き返してくる。うわ、大口開けてあくびしてるよ。ルミィの姿でやりたい放題過ぎる。


「そうだよ。寄越せ」


 労働者の権利を守れ!


「では……はい」


 ぺかぺか……ぺかー!!!!


 時夫がなんか良い感じの光を放つ。うおおーーー!!!SSR演出か!?

 しかし、すぐに収まった。

 ええー!?情緒なーい!


 「これであなたは力持ちになりました」


 アルマがどうでも良さそうな口調であくびを噛み殺しながら告げる。


「………………は?力持ち?」


「そなたは力が欲しいんでしょう?

 さっきそう言いましたよね?確かに私はそうききましたよ。

 人間は三十過ぎると体力がグッと衰えると聞きました。これでそなたは全盛期の体力と戦闘を生業とする人たちに匹敵する筋力を得ました。

 そなたの体型を大きく変えずに変化させるには、今くらいが限度でした」


 微妙と言えば微妙な、チートとは言い難い能力に時夫は不満タラタラだ。


「力ってそういう意味じゃねーよ!!……それにどうせやるなら、もっとマッチョにしてくれても良かったのに……」


 力こぶを作ってみると、確かにそれなりに鍛えられた感が出ている。しかし、自慢してまわれる程じゃない。


「私はゴリゴリのマッチョは好みじゃ無いゆえ……」


 女神の好みの問題だった。


「それでは私はもう一度昼寝……いや、仕事に戻ります」


「いや、誤魔化すの下手か。もうちょい装え。

 ……ルミィもまさか筋肉質に?」


「いいえ……彼女は思いつかないから、更に魔力を増強しておきました。では、今後もなんかそれなりに色々頑張って……」


 そう面倒そうに言いながら、アルマは椅子に座って目を瞑り出した。

 そして、数秒でカクッと首が落ちると、すぐに顔を上げて青灰色の目をパッチリ開いた。

 数秒で寝るとは女神やりおるな。

 

 ルミィが口の端から垂れる涎を袖で拭きながら、アルマの神託を聞いてくる。


「それで、女神アルマはどんな力をくれたんですか?」


 ワックワクの期待を寄せてくるルミィに、時夫は残念ながらな結果をお伝えした。


「なるほど。魔力の多さは基本のキですから。下手に能力増えるよりは良かったです」


 ルミィがガッカリしなくて時夫はホッとした。

 そして、ちょっと空腹なのに気がついた。


「今日はやる事も無いし、たまには街中ブラブラするか?

 食べ歩きしようぜ。今日は天気も良いし露店も沢山出てそうだ。串焼き肉とか食いたいな」


「おお!?デートのお誘いですね!?そう言うのは誘ったほうが奢るんですよ!」


 ルミィがいい笑顔で白い歯を見せて笑う。


「仕方ねーな。一応俺の方が年上だもんな。行こうぜ。

 ゾフィーラ婆さんにも何か土産考えてやらんとなぁ」


 変装ネックレスで髪と目の色だけ変えて出掛ける。

 冒険者として稼いだ金も偶には使ってやらないとな!

 

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