第17話 激闘!豊穣の天使ユミス

 「何だこいつ!何だこいつ!こいつ何!?」


 鞭のようにしなり、掴もうとしてくる枝を避けながら、時夫はルミィの様子を見る。


 得意な風の魔法で体を浮かせて、クルクルと回転しながら器用に枝と枝の隙間を縫うように避けている。

 近接もそれなりにやってたし何気に強いなコイツ。


「うおっと!!」


 避けた先に歩く木がいた。

 倒れ込んでくるのを『クッション』を間に滑り込ませて難を逃れる。


「トキオ!植物ですから炎に弱いはずです!」


「そうか!『ファイアボール』!」


 炎を本丸の女の上半身のある花の部分に向けて飛ばした。

 しかし、花弁がしゅるりと一瞬閉じて、また開いた。

 ダメージは無い模様。


「くっそ!もう一度だ!『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』!!!」


 もう一度と言いつつ三つ連続でお見舞いする。


 大木の枝や歩く木から逃げながらだと、そんなに連続しては使えない。


 しかし、さっきと同じく、花弁が閉じるだけで殆ど意味が無い。


「くそ!もっと威力があれば!……ルミィ!炎を風で強くできるか!?」


「やってみます!!」


 炎がぶつかるタイミングで、風を吹きつけてもらった。しかし、どちらかと言えば威力が落ちたような気すらした。


 くそ!使える魔法がもっと種類があれば!

 あるいは威力が高い魔法を覚えておくべきだった。

 

 時夫は炎の魔法に適性が元々あった為にファイアボールだけは攻撃魔法として覚えておいたが、そもそも戦闘とか考えてなかったし、これ以上の威力となると、人とか魔物とかとの殺し合いになってしまうので、時夫の目指すところでは無かったのだ。


  うーん、あとは……小麦粉でも持って来てれば粉塵爆発とか出来ただろうし、可燃性の油とか持ってたら良かったし、電気系が使えたら水素とか発生させたりとか出来たのになぁ……。


 無いものねだりに頭を使いながら、必死に逃げ回る。

 一旦退却も考えないでも無かったが、どうもそれを許さない動きで、枝が迫り続ける。


「トキオ!頑張って!」


 ルミィが応援しつつ、金色の髪を翻しながら枝を滑るように走り登っていく。

 追い風を発生させつつ、ついに頂点に達して女の上半身に杖を突きつける。


「『ウィンドスラッシュ』!」


 風を纏った杖は鋭く研ぎ澄まされた剣の切れ味となって、女を両断した。


「やったか!?……うわ!」


 一瞬喜びかけたが、枝が足首を危うく掠めた。


「愚かな人間たちね!植物の再生力を舐めないで!」


 真っ二つになったユミスの上半身は急速に枯れ果て、押しのけるように新しいユミスが生えて来た。


「そんなんありかよ!?ルミィ!こっちも神様出せないのか!?」


 困った時の神頼み!流石にアルマなら自称天使より強いだろう。


「祈る時間が無いです!あと、短時間しか出て来れないし、能力もそんなに使えないって夢のお告げで一昨日言ってました!」


 クソが!!あいつ仕事出来なさすぎだろ!


 その時、


「うう……」


 吊り下げられた果実の一つ、薄茶色の髪の人間が呻き声を上げた。


「あれは……ウィルか!おい!ウィル!!聞こえるか!?テオールから依頼で迎えに来たぞ!

 奥さんも回復して来たんだ!!家に帰るぞ!!」


 ファイアボールで枝や歩く木を何とか弱らせながら必死で声をかける。


「テオール……イリーナが…………」


 やつれているが、意識があるようで良かった。早く助けないといけないが、こっちはこっちで精一杯だ。


「こ、これを……ぐっうぅぅ」


 ウィルが自由に動かせる左手で懐から何かを取り出して、時夫に腕を伸ばし差し出す。

 それを見たユミスがウィルの拘束を強める。


「なんかわからんけど、落とせ!大丈夫だから!落とせ!」


 ウィルが左手を開いた。


 キラリと木漏れ日を反射すら赤い光。

 時夫は空間収納をその真下に発生させた。


 そして、自分の手元で空間収納を出し直す。

 中から出て来たのは……


「赤い魔石か」


 時夫は魔石を握り締め、迫り来る枝を『ウサギの足』『滑り止め』『クッション』を駆使して駆け上がる。

 レミィほど上手くは出来ないが、『クッション』で何度も落ちかける体を反発させて、空中で戦うルミィのそばへ。


 ルミィが周囲の枝の猛攻を捌き、時夫はユミスの目の前に迫る!


「『ファイアボール』!」


「ぎゃああああああ!!!!」


 ユミスの上半身が花弁ごと炎に包まれた。枝が不規則に動き、果実を地面にとり落としていく。

 時夫の手の中で魔石が細かく砕けて砂のようになってサラサラと溢れていく。


 枝がユミスに殺到して大木が一回り小さく纏まった。


 その中からくぐもった声が聞こえる。


「焦ったわ。でも、もう油断してあげない」


 ユミスの嘲笑うような声。しかし、枝の籠の中で姿をもう見せるつもりは無いらしい。


 一応ダメージは入ったのか、歩く木は全て倒れたまま、枝の数も減っている。


「逃げるか?」


 問題はウィルとその他被害者を連れて行ける自信が無いことだ。


「ダメージは確実に入っています……。行きますよ!トキオ!」


 ルミィは何度でもユミスに斬りかかった。

 時夫も魔力はまだある。

 その前に体力が底を突きそうだが……。


 倒れている意識がないのか、死んでるのかわからない剣士の剣をちょっと拝借する。


「やるだけやるか!」


 ルミィだけに任せて置けない。作戦なんて何もない。


 時夫も枝を払い、何度も何度も枝を切り落とす。

 そして、好きあらばファイアボールを放った。


 その回数が10にも20にもなっても決着は付かない。


「トキオ……これでダメなら一人で逃げて……いや、援軍を呼びに行ってください」


 ルミィがユミスを見たまま、時夫に呼びかける。


「何だよ?置いていくとかダメだろ!?」


「いいから!この魔人は人間から魔力や生命力を奪ってるんです!養分にする為に直ぐには殺されません!だから……頼みます!」


 ルミィの杖の石が強い輝きを帯び始める。


「……何をするつもり?させないわ!」


 ユミスが枝の檻の中で花弁を広げ……スゥゥっと息をいっぱいに吸った後、口の前に両手を添えてルミィの方に吹きかけた。

 ブワっと黄色い花粉が甘い匂いを纏いながら、ルミィの顔を通り過ぎた。


 ルミィが力無く膝を折り、空中へ投げ出される。


「ルミィ!!」


 そのルミィを捕まえようと、太い枝がしなる。


「『ファイアボール』!」


 ユミスをよく見もせずに時夫は炎を放った。


「何てしつこい!」


 花粉を放った後で油断していたらしいユミスに当たったようだった。

 そのせいか、ルミィを狙っていた枝がルミィを捕まえ損ねて、その体を打ち付ける!

 胸元の服が破れて血が弾けるのが見えた。


 時夫はルミィに抱きつき、一緒に地面に落ちていく。


「『クッション』」


 特大のクッションで地面との激突は免れた。


「ルミィ!平気か!?」


 ルミィは気を失っている。胸元がはだけてしまってるので、慌てて時夫のマントを被せる……前に、それに気がついた。

 変身ネックレス。


「念のためこれ借りるわ」


 そして、ルミィのネックレスを持って、再びユミスの大木を駆け上がる。


「愚かな人間!あなたの攻撃は私にはかすり傷!通用しないのよ!」


 ユミスの嘲笑う声が聞こえる。

 時夫は枝と枝の間を掻い潜り、ユミスを囲む枝を切りつける。


 切りつけても切りつけても再生する様子を観察し、切りつけ、一瞬ユミスが見えたタイミングで、借物の剣をユミスの顔にそのまま投げつけた。


「小賢しい真似を!」


 ユミスが苛立った声をあげる。

 気が逸れたのならそれで十分。


 時夫は、先ほど使って無くなった魔石よりも大きな、炎の魔力の籠った二つの魔石を取り出した。


「『ファイアボール』!」


 巨大な炎が大木全体を包む。


「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ………………!」


 森全体に響き渡るような断末魔。


「あちち!『散水』」


 時夫は熱さに堪らず植物の水やりで培った生活魔法で、自分を濡らす。


 ルミィ含む、倒れている人たちを安全なところまで移動させてやってから、ようやく一息ついた。

 

 ……変身ネックレスから上手く外せて良かった。

 時夫の手の中には少しだけ輝きが褪せた二つの炎と光の魔法の籠った魔石があった。

 何とか中に込められてる魔力を使い切らなかったから、多分元に戻るだろ。


 時夫は自分の分の石をネックレスに戻してから、ルミィの方にいった。


「ルミィ……起きろ!大丈夫か?」


「うーん……ん?時夫?」


 ほっぺをペチペチしてたら起きた。

 上体を起こすと、掛けてやっていたマントがずり落ちる。


「ほええ!?なんで服が!なんで!?……トキオ!なんて事を!!」


 ばちん!!

 

「いたあ!」


 久々に良いデコピンが出来た。

 

 

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