第16話の2 炎
「くそ!ルミィ!どうしたら良い!?」
大量のウサギがぴょんぴょこぴょんぴょこ突進してくる。
頭の角はマントを引き裂き、立派な前歯はこれだけの頭数が揃えばそれなりの脅威となる。
時夫は『クッション』で弾いているが、角が刺さった『クッション』は弾けて消えてしまうので、新しく作り続けるしかない。
「何で本物じゃ無いのにすぐに壊れるんだ!」
ルミィが大きな杖を振り回して、ウサギを地面に叩き伏せながら答える。
「このツノありウサギの魔獣は、魔力をツノの先端の僅かな部位に集中させているんです!
だから先端だけならその魔力の濃度は他の魔獣の殆どを上回ります!
あなたの魔力に干渉できるほどの魔力濃度で一点突破で構造を壊されてるんです!
魔力で擬似的に作られたものは一箇所壊されると途端に全体が崩壊へと向かいますから!」
ルミィも苦戦している。魔法を使う暇もなく懐にウサギが飛び込んでくる。
「なんか難しいけど何となく了解!」
魔法使いは後衛をつとめる事が多いが、実際ウサギ達と戦ってみると近接戦闘との相性が悪さに防戦を強いられている。
魔法を発動する前に攻撃がこちらに届いてしまうのだ。
だから冒険者ギルドの他の魔法使い系の人は前衛職とパーティ組んでるのか。
基本この世界ではほぼ全ての人が魔力を持っていて子供でも数種類の生活魔法は使える。それ以上となると才能と教育が必要となっているのだが……
魔法剣士なんかもいるが、魔法専門と比べると使える魔法の種類や威力や、発動速度がやはりかなり限られる。
だから魔法専門の人は結構引く手数多だから、時夫達の様に魔法使いだけで組んでることはほぼ無い。
うーん……誰か前衛を探してから来るべきだったか?
時夫のこの世界での扱いが微妙な為に、あまり初対面の人と組みたくなかったし、ルミィも提案してこなかったが、このままではミイラ取りがミイラになる感じで大ピンチか?
「トキオ……何とか10秒私を守れますか?」
ルミィが息を切らしながら、ウサギ達を睨みつけつつ聞いてきた。
いつの間にかルミィの変身は解けて綺麗な金髪に戻っている。
変身に魔力を回すのを止めたのだろう。
「……了解!何とかする」
年下の美人に守って欲しいと頼まれちゃ無理だとは言えない。
時夫の使える魔法は片手の数を少し超える程度だが、何とかしてやる!
3匹のウサギが纏めてルミィに襲い掛かる。
『空間収納』かける3!
ウサギが消え去る!が、生き物は空間収納に入れておけないので、すぐに出てくる!
しかし、ウサギ達は一瞬別空間に入れられた事で混乱している。
『ウサギの足』『滑り止め』
時夫の体は瞬間的な加速を得る。
「おらぁ!」
ぼんやりしてるウサギどもを蹴飛ばす。時夫に飛び掛かろうとするウサギが目に入った。
そのウサギの足に『ウサギの足』と『滑り止め』をかなり強く掛ける。
すると、ぴょーーんと木々を超えて遠くに勝手に飛んでいった。
すぐに戻って来そうだが、一先ずこれで良い。
ルミィは小さいが良く通る声で詠唱を唱えている。詠唱を使えると、より小さな魔力で大きな魔法を発動できるが、とにかく知識や魔法に対する理解が必要なので、高等技術なのだ。
生活魔法なんかはそもそも詠唱が存在しなかったりする。
詠唱無しの方が凄そうだが、この世界においては詠唱で発動できる魔法を一つ持ってるだけで、尊敬されたりするらしい。
ルミィに迫るウサギに『ファイアボール』をぶつける。が、止まらない!
慌てて水を出して消火しつつ蹴り飛ばしに行く。
時夫とルミィの方へタイミングをずらしてやってくるウサギ達の目の前に、『空間収納』に収めていた硬いパンを出現させて、危険なツノの先端をパンでカバー。
そして、クッションでウサギ達を弾き飛ばす!
ルミィの周囲を緑色の光がキラキラと包む。
「『エアーエッジ!』」
ルミィが杖を掲げた。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!!
風の刃がウサギ達を次々に切り裂く!
ちょっとオーバーキル気味にウサギ達はズタズタになって、黒いグズグズの液体になって地面に染み込みながら消えた。気持ち悪!
「ふう……疲れましたね。トキオ、流石です。『空間収納』にそんな使い方があったとは……それに敵を強化する事で攻撃を逸させるなんて……。
あなたはこちらの世界の常識に囚われない存在なんですね」
ルミィは感心半分呆れ半分の顔で時夫を讃える。
「まあな」
アラサーのおっさんが聖女の時点でだいぶ常識外れだからな。
「あれ!まだウサギの残りが……いや、ツノが無いから平気か」
慌てて損した。
小動物は結構好きなので時夫は普通に近づいていく。
「とうっ!」
ルミィが杖でウサギを叩き潰した。
時夫はドン引きした。
……が、ウサギは黒い液体になり地面に吸い込まれていった。
「え?ツノ無いのに魔物だったのか?」
普通っぽかったのに。
「今のは近年新しく発見された、『ツノ無しツノありウサギ』です」
「ツノ……あり……無し?」
「ツノありウサギの新種で、ツノが凄く小さいのが実はあるのですが、殆ど見えないので、ツノ無しと名前がついているんです。
ツノがすごく小さい事で戦闘面では弱体化していますが、普通のウサギだと思って油断する人がいるので、国からお触れがでて特に子供達に警戒させている奴らなんです。
どちらも元は普通のウサギで瘴気に当てられて変化してるんですけど、魔物もたまに新しい種類が生まれるので、それを専門に研修してる人なんかもいるんですよ」
ルミィは体を休めつつ、空間収納から魔力回復薬を取り出してチビチビ飲みつつ解説してくれた。
「わかった。よくわからんけどウサギには近づかないでおく」
「ウサギ以外も危険です。特にこの森は瘴気が満ちているから、魔物化している動物は沢山いそうです。
こんなに大量のツノありウサギは初めて見ましたから、瘴気の被害範囲は予想よりも大分酷いことになってそうです」
ルミィの忠告を守って野生動物に気をつけていたが、そもそも動物は鳥すらあまり見かけなかった。
「何だか不気味ですね。カードの位置はまだ遠いのですか?」
ルミィが新しい魔力回復薬を時夫に差し出しながら聞いてくる。
時夫は一気飲みしてから答える。
「もうそろそろ近いはずなんだけどな」
そして、木々が少し開けた場所にやって来た。時夫もルミィも足を止める。
そこには不気味に曲がりくねった大木があった。
その頂点には毒々しい赤黒い大きな花弁を広げた花が甘い香りを漂わせながら、こちらを睥睨していた。
その花弁の中心には女の上半身。
白磁の美貌は長いまつ毛を伏せて目を瞑り、血のように赤い唇には微笑みが浮かんでいる。緑色の髪の毛の先端には赤い蕾が幾つもほころび、今にも咲き乱れそうだ。
「……上級の魔物!?いや、魔人!?こんなところに!?」
ルミィが杖を強く握り警戒を露わにする。
その大木には果実が幾つもたわわにぶら下がっていた。
鳥に鹿、ウサギに……人間たち。
枝に巻きつかれて既に死んでいるのか動かないものや、白骨化しかけて骨が見えてるものもいるが、僅かに呻き声を上げているものもいる。
生きている人がいる!
女王に道を開けるように、大木を取り巻く周囲の木々が根を地面から出して歩き出し、開けた広場をより広くし、時夫たちに場所を譲ってくれた。
魔人が薄っすら瞳を開く。金色の瞳が時夫とルミィを捉え、微睡む様に笑みを深くした。
唇が開き、白い牙をチラリと見せながら魔人が名乗りをあげた。
「初めまして、旅の方。か弱い人間たちよ。私はあなた達が邪教徒と呼ぶ存在。
私はこの森をこの地域の瘴気の中心にする為、我らが唯一神ハーシュレイに使わされた豊穣の天使、ユミス。
あなた達は若くて瑞々しい果実。私の養分にしてあげましょう」
すみません!この話飛ばして掲載してました!
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