第18話 帰宅

 ウィルに持って来た水分を与えた。

 

 食料は、何日も食べていないみたいだったから、固形物は食べられなさそうだったので断念。

 他の二人のユミスに捕まっていた冒険者らしい男たちは、一人は残念ながら亡くなっていたが、もう一人は何とか息があった。


 ルミィの神聖魔法で瘴気の影響を減らしてから、ウィルは時夫が背負って運び、後の二人はルミィの風の魔法で運んでもらう。


「魔力足りそうか?」


 もう魔力回復薬のストックも無い。


「ギリギリですけど何とか保たせます」


 ルミィが胸を張って答える。

 大丈夫そうだな。普段すっとぼけたルミィがどれだけ頼り甲斐があるかは身に染みて理解している。


 長い金髪とマントを翻して、大きな杖を手に木漏れ日の中歩くレミィは偉大な賢者のようだ。


「あ、マルンの実です!これ美味しいんですよねー!」


 顔を輝かせて赤い実をもいでは口に入れ、もいでは口に入れる。

 

「トキオも食べた方がいいれふよー!」


 口いっぱいに実を頬張ってほっぺを膨らませて、果汁で口の周りを赤くしてる。子供か。

 誰だよコイツを偉大な賢者とか思っちゃったマヌケは。

 しかし、味には興味があったので、時夫も一つもいでから、服で少し汚れを落として食べてみる。

 甘酸っぱくて、独特な香りが口いっぱいに広がる。

 ん?この風味は……。


「これが魔力回復薬の原材料になってるんですよ!ちょっと多めにもいで帰りません?

 売れますよ!」


 ルミィが風を操りながら実を落としていくのを、時夫が空間収納を下に出して空中でしまっていく。


「なるほど、そのまま食べても魔力が僅かに回復するんだな」


 中の種をぺっと吐き出しながら、時夫は感心したように言った。

 ……そういやルミィは種吐き出してないけど飲み込んでるのか?

 腹壊さないのか?


「そうなんです。これで少しだけ魔力に余裕を持って帰れますね」


 ルミィは口元をマントの端っこでゴシゴシ拭って上機嫌だが、そのマントは胸元がはだけてしまったルミィに時夫が貸してやってるやつだ。

 木の実の汁って結構選択しても落ちないイメージあるんだけど、ちゃんと洗って返してくれるんだよな?信用していいんだよな?


 時夫の素朴な疑問はさて置いて、ルミィに無限にマルンの実を供給しつつ、帰りはウィル達弱った二人のためにも病院に急行する。

 

 流しの馬車を拾ったら、死体があるので嫌がられたが、ルミィが金貨を多めに握らせたら、ご機嫌で御者も馬車を出してくれた。

 

 ……この仕事で得られる報酬がどれ程になるかはわからないが、多分今ので赤字確定だ。

 人助けのためだから、ここはルミィの財力に甘えることにする。

 

 今のは借りだ。

 時夫もそのうち生活魔法のカリスマとして本を出版してメディアに取り上げられまくって金持ちになった暁には、ルミィには今の金貨に利子をつけて返す予定にしておく。

 

 貧乏な時夫だが、せめて自分自身には見栄を張って、胸を張っていたいのだ。


 ルミィがまた病院長に話をつけると、直ぐにベッドが用意された。

 瘴気病から回復して退院する人が現れ始めたので、ベッドの空きがいくつかあったらしい。


 ウィルは動けないので、イリーナの方には時夫とルミィが話をしに行った。

 イリーナは時夫たちの話に驚き涙しながら、時夫の手を握って感謝を何度も述べた。

 痩せてひんやりと冷たい手だ。でも、きっとこれから元気になってくれるだろう。

 

 なんたって女神のお墨付きだ!


 「テオール達にも伝えますから」


 時夫がそういうと、イリーナはまたポロリと涙を流した。


「あの子達も喜びます。本当に……きっと何らかの形でいつかお返しをさせてください」


「……急がなくて良いですからね。まずは早く元気になって貰わないと」


 イリーナは何度も何度も頭を下げながら、時夫たちを見送った。

 よし、テオール達にも伝えないとな。


 街に戻り、テオールたちの家を訪ねた。


「喜べ!お前らの親父さんは無事見つかってお袋さんと一緒に病院にいる……うおわ!!」


 ドアと開けつつ吉報を告げた時夫に、テオール、ミーシャ、カイ、ルルの全員が抱きついて来た。

 しばらくそのまま、軽くのけぞり気味の体勢で皆んなを宥める。


「よしよし……落ち着けー。家に入れてくれー。よしよし……」


 しばらくしてミーシャが顔を赤くしながら、家に入れてくれた。

 他のきょうだい達はまだ時夫にくっついて離れないのでそのまんまだ。

 

 椅子まで来たらテオールはようやく離れて自分の椅子まで行ったが、双子はそのまま時夫によじ登って来たので、諦めて膝に二人を乗せておく。


「それで……あとは金の問題だな。いくらくらいなんだ?」


「いえ、こんなにお世話になったのに……お金の事までは……」


 ミーシャは恐縮し、遠慮する。


「いや、お金は貸すだけだよ。お前の親父さんもそのうち仕事復活するだろうから、そしたら利子付きで返してもらうから」


 それなら、とミーシャが教えてくれた。

 金額は、丁度今回の北の森の調査でギルドから支払われるのと同じくらいだった。

 時夫はルミィに声を潜めて頼みをする。


「ルミィ……すまんが、今回のギルドからの報酬、お前の分俺に貸してくれ。きっと利子付きで近いうちに返すからさ」


 今度はルミィが時夫の耳元でヒソヒソ耳打ちする。息が耳にかかってくすぐったい。


「利子はいりませんが、貸しましょう。感謝してくださいよ」


 ルミィを見る。フードの下、思いの外近い距離に青灰色の目が悪戯っぽい輝きで時夫を見つめていた。

 時夫はポリポリ頬を掻きながら、ルミィから顔を離して、ミーシャに頷いて見せた。


「相棒の許可も得たし、ここは任せてくれ」


 ミーシャが感激したように目を潤ませて、時夫の手を両手で握って来た。

 イリーナも似たように手を握って感謝して来てたな。親子だな、なんて思いながら、時夫は暫くミーシャの感謝を聞き続けた。


 そして、借金取りが来た時には時夫たちが一緒に出迎えて、直ぐにお帰りいただいた。


 イリーナよりも早くにウィルが退院してきた。

 ウィルに森での事を聞いてみると、いつの間にか、帰り道が分からなくなっていたらしい。

 知っているはずの道が木で塞がれていたのだと。

 それで何日も迷って水や食料がいい加減無くなって来た頃に、あのユミスの大木に襲われて攻撃一つする暇もなく捕まってしまったという事だった。

 

 ウィルは冒険者はやめて、これからは魔道具職人に戻って地道に生きていくそうだ。

 お金を返して貰うので、時夫たちもたまに顔を出すのを約束した。


「トキオさんたちがいらっしゃる時は、きっとご馳走を用意して待ってますね」


 ミーシャがトキオの手を握りながらそう言うと、


「お姉ちゃん、トキオ兄ちゃんに惚れてるもんなー!」


「ちょっと!テオール!」


 茶化すテオールにミーシャが耳まで赤くして声を張り上げる。

 時夫からササっと手を離した。


「今日は大工の仕事入ってるから行ってくるね!トキオ兄ちゃん!またね!」


 テオールは怒られる前にそそくさと逃げていった。明るい子供らしい笑顔だった。


 そして、必要な物を街で買ってから、神殿に戻った。


 ルミィは今回はもっと報酬が高くて、難しい仕事と認められても良かったのに、ランクが3クラス相当のままでの支払いだったのにむくれていた。


「邪神絡みなら、国がもっと大きな集団で対応するべき事態だったのに……」


 邪神……。あの化け物の言っていた唯一神ハー何とかってやつの事か?

 

「ルミィ、邪神って何なんだ?邪教徒って?」


「それは……」


 ルミィが居住まいを正して語り出した。

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