ゴミ捨て場のトゥシューズ

どもども

第1話「現在に至る」

「5021番キトリのバリエーション」

冷ややかな声と共に舞台は始まる。全身に身にまとった赤いドレスを両手に持ちながら、颯爽と舞台中心へ現れる。彼女が審査員と目が合った瞬間。曲が始まった。


まずは、安定したパ・ドゥ・シャ。からの開脚。寸分の狂いもなく、彼女は練習を再現する。すかさず、美しく2回転。からのドウバンで舞台の裾へと自らを動かす。微笑を崩さず、息を整える。この調子だ。初めの位置までパ・ド・プレで戻り、もう一度。パ・ドウ・シャ。流れるように2回転。


小柄な彼女の演技には、桁違いの練習時間が凝縮されている。そこにいた観客、審査員、小学生である彼女の弟でさえ、そう思った。赤のドレスに反し演技は清流のように流れていく。2つ目のパート。軽く落ち着かせ、背を大きく反らせて渾身のジャンプ。右足と左足が一直線に並ぶ。現れる、扇のように開いた赤のドレス。すると、すぐさまアチュードのポーズを決める。


上手くいっている。プロから高校生まで幅広く踊るこの演技。彼女は、画面を介して、色々な表現と出会ってきた。念入りに反芻した一つ一つの演技が自らの表現方法で出力出来ている。それも全日本バレエの舞台で。演技開始から、瞬く間に経った40秒。確かな成長を感じながら演技は3つ目のパートへ差し掛かる。


連続17回のピルエット。軸足の固定、視点の固定…。1つ1つ思い出すように、その連続回転のスタート位置へ駆けていく。始まった。1つ、2つ、3つ、「いけない」直感で感じた。明らかにズレている。上半身が回転を先行している。美しく勝気なキトリのイメージ合わないズレ。今まで散々気を付けてきたズレ。冷や汗が額に流れる。ズレ…ズレ……!


息荒く目覚める。「ん…」上体を起こしながらため息をついた。

寝る前に開けていた窓の先では、小鳥達が朝の支度を始めている。6月のオランダ。木枯らしはカーテンを揺らし、部屋にはパンケーキとマッシュポテトの匂いが香った。ふと、時計の針に目を落とすと、もう9時。「今日は座学なしか…」ドイツ語で書かれたスケジュール表も、いつの間にか日常の中に組み込まれていた。朝の食事はパンにチーズとハムを挟んだ簡単な物、だが野菜の摂取は欠かさない。彼女の生活全てがバレエに直結している。だからこそ、気を抜かない。いや、抜けない。どこまでも彼女は真面目だった。留学から3か月が経ち、夏の定期公演に向けて一層練習は厳しくなっていた。


「Hallo zusammen(こんにちは、皆さん)」

「Hallo Herr(こんにちは、先生)」

新学期を迎え、9か月程が経った。・・・・・・・・

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