第26話 人を呪う竪琴

(女というのは、まったくもって扱いづらいものだな……)


 ベッドで寝息を立てるマレナを見ながら、ジェラルドはイスに深く座り直し、小さくため息をついた。


 後宮で騒ぎが起きていると連絡が入ったのは、昼食をとりながら執務室で仕事をしている時だった。


 いつもなら、女同士の些細ささいないがみ合いは、女官長かディオンで充分に対処できる。しかし、今回ばかりはさすがに度を越した内容に、ジェラルド自身が行くことにしたのだ。


『アメリー妃がマレナ妃を呪い殺そうとしている』――と。


 マレナの思い込みや被害妄想は今に始まったことではないが、それでも口にしていいことと悪いことがある。証拠もなく、誰かを暗殺未遂犯呼ばわりすることは許されない。


 ジェラルドが後宮に入って階段を上り切るまで、女性の言い争う声が聞こえてきていた。二階の廊下には、アメリーに対して声を荒げるマレナ、彼女たちを囲むように他の妃や侍女、女官たちもそろっていた。


 ジェラルドが声をかけることで騒ぎは収まったかに見えたが、マレナの興奮状態は部屋に連れて行っても続いていた。


「陛下、このままだとわたくしは殺されてしまいます。アメリーを後宮に置くことをどうかお考え直しください」


 どういうことなのか詳しく話を聞こうとしても、マレナは熱に浮かされたように同じ言葉を繰り返すばかり。このままではらちが明かないと、医師を呼んで薬で眠らせたところだ。


「なぜこのようなことになった?」


 部屋の片隅でマレナの容態を心配そうに見守っていた侍女たちに声をかけると、二人とも目を伏せるようにうつむいた。


「その……マレナ様はこのところ苛立ったり、落ち込んだりを繰り返す状態でして……。陛下のご寵愛がアメリー様に向けられていることに、とても不安がられておりました」


「ご懐妊の兆候かと、わたしたちは拝察していたのですけれど……」


『はっきり物を言え』と、じれったくなるが、仕えている主のことを悪く言うはずがない。ジェラルドは辛抱強く情報を聞き出すしかなかった。


「それで、アメリーに因縁をつけに行った話は聞いている。結局、大した騒ぎにはならなかったはずだが?」


「今思えば、マレナ様のご気分がすぐれなくなったのは、その頃からでした。マレナ様はすでに気づいておられたのだと思います。アメリー様がイーシャ族の末裔であることに」


「イーシャ族?」


「ガルーディア最古の民族で、異能を持つ一族の名前です。人心を惑わせ、人を呪い殺す竪琴を奏でると言われています。もう二百年も前に殲滅せんめつしたという話でしたけれど、生き残りがいたとは……。先ほどマレナ様の口から聞くまで、わたしたちも存じませんでした」


 アメリーが特別な竪琴を奏でることは、ジェラルドも知っている。死者の魂と言葉を交わすだけではなく、本当に人間を呪うこともできるというのか。


(それが私のまだ聞いていないすべて、、、ということか……?)


「では、アメリーがそのイーシャ族の末裔だったとして、なぜマレナを呪い殺す必要がある? マレナが恨まれるようなことでもしたのか?」


 二人は困ったように目を見交わし、それから次々と答え始めた。


「マレナ様に秘密を知られて、口封じに殺そうとしたのではないでしょうか」


「あるいは、アメリー様はお部屋にまで乗り込んできたマレナ様に対して怒ったのかもしれません。腰が低い方のように見受けられましたけれど、心の中でどう思われていたか――」


 ここまでくると、私情の混じった憶測話でしかない。ジェラルドはまともに話を聞く気にもなれなかった。


「もういい」と、右手を上げて遮った。


「最後に一つ聞く。なぜ今日なのだ? アメリーがイーシャ族の末裔だと気づいたのは、半月以上も前の話ということだろう? 気づいていたら、なぜもっと早く言わなかった? 呪われていると訴える前に、危険人物だと警告があってよかったのではないか?」


「それは――」


 侍女たちも話の矛盾に気づいたのか、そろって口ごもった。


「話は以上だ」


 ジェラルドがイスから立ち上がると、侍女の一人に呼び止められた。


「へ、陛下、今日は水曜日でございます。マレナ様のお召しは……?」


(こちらはこの騒ぎのせいで、予定していた仕事が進んでいないのだが?)


 文句の一つも言いたくなるが、そこは笑みを保つ。


「このところ体調が良くないという話を聞いている。しばらくはゆっくり休ませた方がいいだろう。また興奮して暴れるようなことがあったら、医師を呼ぶように」


「……かしこまりました」


 不服そうに頷く侍女たちに見送られて、ジェラルドは部屋を出た。そのままアメリーの部屋へ向かおうと足を向けたのだが――


平等、、にするためには、他の妃たちのところへも行かないとまずいか……)


 執務室に積み上がっているだろう書類の山を思い浮かべながら、気も重く、リーゼルの部屋の扉をノックした。

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