第7話 妃にされた理由(前編)
アメリーにとって、もはや土曜が一週間で一番嫌いな日になっていた。その日がやって来て、気も重く王の寝室に向かった。
『別の曲』はもうないので、最後の手段として、この一週間で自作の曲を用意してきた。
幸い妃の生活というものは、時間だけは無駄にある――と思っているのは、アメリーくらいなものだろうが。
他の妃たちには裕福な後見人が付いているので、お金をふんだんに使える。それこそドレスの仕立屋やアクセサリー商を呼んで買い物をしたり、高級菓子を取り寄せてお茶会をしたり。退屈とは無縁の生活を送っている。
アメリーにも一応、後見人として兄のクレマンがいるが、異母妹より娘のエリーズにお金をかけるのは当然。アメリーは侍女の時とほぼ変わらない生活費しかもらっていない。つまり、最低限生活に困らない程度のお金だ。
おかげで、広い部屋を与えられても新しい家具をそろえる余裕もなく、前国王の側室が使っていた物をそのまま使わせてもらっている。そうでなくても、捨てるにはもったいない最高級の家具ばかりなのだ。
ドレスも他の妃たちのように、王の寝室に行くたびに違うものにする、などという
十一時ちょうどに、アメリーは二人の近衛騎士たちに王の寝室の扉を開けてもらって、中に入った。
「ごきげんよう、陛下」
アメリーが笑顔で声をかけても、ジェラルドは「うむ」と頷くだけで、ニコリともしない。
(この人、機嫌のいい日はないのかしら)
いつもと同じくジェラルドはベッドに腰かけているので、アメリーもその傍らに置かれたイスに座った。
「今夜も別の曲をご所望ということでしたが、わたしの知っている曲はもうございませんので、作ってまいりました」
アメリーは言いながら竪琴を膝の上に置いた。
「待て」と、ジェラルドに止められる。
(え、なに!?)
今までこんな風に声をかけられることはなかった。まさか、自分で作曲したものでは駄目だったのか。アメリーは怯えながら、ジェラルドを覗き見た。
「他にもあるだろう?」
「申し訳ございません。本当に全部、陛下の前で弾かせていただきました」
それこそ、寝る前に聞くには頭が興奮しそうな明るい曲から、イライラしそうなほど激しく奏でるものまで、だ。
「そのようなはずはない。いくらヘタクソでも、同じ曲だったら分かるはずだ」
「へ、ヘタクソって……」
アメリーはショックのあまり、ジェラルドの前であんぐりと口を開けてしまった。
(わたしの竪琴、そこまでひどいから、いっつも不機嫌そうな顔をしていたの!?)
「お聞きになりたい曲があるのでしたら、そのお上手な楽師をお呼びして、弾いていただいたらいかがですか? おそらく、その方でないと知らない曲なのだと思います。わたしも世界中の曲を知っているわけではございませんので」
アメリーは引きつっていることを自覚しながら、一生懸命笑顔を貼り付けて言ってみた。
「何を勘違いしている?」と、ジェラルドは
「何をでございましょう?」
「私は昔、そなたの演奏を聞いた。その時の曲をもう一度聞いてみたい」
「わたしの演奏? いつ、どこででございますか?」
(あ……なんだか嫌な予感がするわ)
屋敷の外で弾いたとなると、まともな曲であるはずがない。アメリーが竪琴を弾くのはたいてい墓地で、死者の魂のために奏でる曲なのだ。
「八年前、大聖堂の墓地で。そなたは十かそこらだったと思う。その頃、母親を亡くしたのではないか? 喪服を着ていたのを覚えている」
予想通りのジェラルドの答えに、アメリーは竪琴を持つ手がじんわりと汗ばむのを感じた。
母ラウラが亡くなって、魂を呼びに墓地まで行った時のことに違いない。以降は『心残り』のおかげで、わざわざ呼びに行かなくても、ラウラはどこにでも現れるようになっているが――。
「陛下もあそこにいらしたと……」
「母の墓があってな。はっきりとは思い出せないが、もう一度聞けば、どの曲か分かる自信はあった」
「あの……あれはヘタクソに弾いていたのではなく、ああいう曲なのでございます」
「まさか」
ジェラルドの口元に珍しく笑みが浮かんだと思ったが、失笑に近かった。
「嘘は申しません」
「ならば、弾いてみろ」
「ここで、でございますか……?」
アメリーは緊張にごくりと息を飲んだ。
(ここ、たくさんいるわよね……?)
ジェラルドが今まで何人殺してきたのか。とてもではないが、彼が死者たちから全く恨まれていないとは思えない。ここで【交霊の調べ】を奏でたら、ジェラルドを取り巻く悪霊たちの声は、彼の耳にも届いてしまう。
(この力のことを知られるわけにはいかないのに……!!)
「陛下のお耳に入れるには、大変聞き苦しいものかと思いますけれど」
「かまわない」
国王にそう言われてしまえば、従う他に道はない。
アメリーはあきらめて、竪琴の弦をはじきながら調律を変え始めた。それでも、ゆっくり手を動かすことでジェラルドの気が変わり、『やっぱりいい』と言い出してくれないかと期待してしまう。
しかし、どんなに時間をかけても、ジェラルドは無言でアメリーの手元を見つめたまま。やることにも限界が来る。
「では、触りだけ」
アメリーが【交霊の調べ】を弾き始めた途端に、耳をふさぎたくなるような騒音が聞こえてきた。まるで大勢の人間が騒ぎながら、押し合いへし合いしているところへ放り出されたようだ。
ジェラルドが顔をしかめているところを見ると、相当うるさい音が聞こえているのだろう。
アメリーはすぐに手を止めた。
一瞬にして耳に入る音は消え、ジェラルドははっとしたように目を見開いた。
「今のは……?」
「申し上げた通りです。人が聞く調べではございません」
「竪琴の音など聞こえなかった」
「そうでしたか」
「耳元で誰かが悲鳴を上げているようだった。何人も何人も……」
「陛下にはそのようにお聞こえになったのですね」
ここにいる魂たちの関心は、良くも悪くもジェラルドに向かっている。訴えたいことを本人に向かって大声で叫んでいることだろう。アメリーが彼らの名前を呼んで話しかけない限り、注意を引くことはできない。
「八年前に聞いた時は変な曲だとは思ったが、きちんと竪琴の音は聞こえていた……少々邪魔なくらいに」
「そうでしたか」
(八年前か……)
ラウラが亡くなったすぐ後、王位争いが始まったことを覚えている。その後今日まで、ジェラルドは何人に手をかけ、何人に恨まれることをしてきたのか。
(きっとそれ以前は、この人の周りは静かだったのね。竪琴の音の方がよく聞こえるくらいに――)
*後編に続きます≫≫≫
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