友人の想い人の妹
美鈴と別れた後は、相も変わらずのワンオペだった。
たまにしか客が来なければ、ほとんど口を開くことすらないバイト。黙々とした時間が過ぎていく。
まぁそこが気に入ってるっちゃあ、そうなんだけど。
「あ、あの」
が、油断している時にこそ声を掛けられる。
会員証の発行か? ゲームやBDの買い取りか? はたまたポイントを景品にでも変えてほしいのか?
テンパらぬよう、そんなシュミレーションをしつつ、棚の整理を止めて振り返った先には――
「お、お前――」
「友達からここで働いてるって、聞きましたので!」
「ふ…………あんだよ? わざわざ店にまで来て冷やかしか?」
思わずフルネームを口走りそうになって、あたしは堪えた。
こっちが一方的に知ってるだけで、彼女から名乗った記憶はない。
「とんでもないです! 私、どうしてもお礼が言いたくって!!」
「いらねーっつったろ。バイト中なんだから邪魔すんな」
「そ、そうですよね! じゃあアルバイトが終わるまで待ってますから!」
「っておい……」
言って、彼女はそそくさと退店する。
明るく染めたポニーテールで、小麦色に焼けた肌に、全体的に露出が多い感じで、相変わらず見た目はチャラチャラとしていた。
「はぁ……なんなんだよ……」
あたしは溜息を吐き、頭を掻く。
ウィンドウの向こうに佇む少女――藤木芽衣を捉えながら。
「お疲れ様です!!」
それから二時間後。
あたしが元の制服に着替え直して、退店すると同時に藤木芽衣が迎えて来る。
暑いだろうにずっと近くで待っていたらしい。おまけにその手には結露の浮かぶ缶ジュースまで握られている。
「あのな……」
呆れてあたしが頭を抱えたところ、
「あっ、ポカリはお好きじゃありませんでしたか!? 炭酸の方が良かったですかね!? だったらすぐに買い直して――」
「言ってねーよ」
コンビニにすっ飛んでいきそうだったから、その肩を掴み、持っていたスポーツ飲料をひったくる。
触っただけで良く冷えているのが分かり、プルタブを開いて喉に流し込むと、疲れた身体に良く染みた。
「ごっそーさん。ほれ」
近くのゴミ箱に空き缶を投げ込んだ後、あたしは小銭をちょっと多めに差し出そうとする。
「いえいえとんでもないです! これもお礼の内ですから!!」
が、藤木芽衣はぶんぶんと首を振り、受け取ろうとしない。
「あのな? お礼お礼っつってるけど、別にあたしはお前に恩を売りたかったわけじゃねーんだよ」
「で、でもそれじゃあ私の気が済みません」
「知るかよ」
そもそも中坊に奢られるってのがアレだ。
あたしは半ば無理くりにポケットへ突っ込んでやった。
「あ……」
けれどあからさまにシュンとされちまうと、なんだかこっちが悪いことをしちまった気分になる。
「宮下」
「え?」
「宮下彩奈。あんたは?」
だから月山さんは待たせちまうが、ちょっとくらいは話に付き合ってやろうと思った。
「は、はい! 藤木芽衣って言います。藤木でも芽衣でも、それ以外でもお好きなように!」
ぱぁっと目を輝かせながら藤木芽衣が言った。
知ってる。前までの印象と違って、随分と礼儀正しそうな感じがするけれど。
「オーケー芽衣。それでだ――」
それからあたし達はしばらくの間、互いのことを話し合った。
クソ暑い中でくっちゃべるのも何だから、近くのカフェで腰を下ろしながら。
「へぇ……西風学園って、あんた結構なお嬢様じゃんか」
そうして意外だったのは、芽衣がそこそこ有名な私立中学に通っていることだ。
人は見た目に寄らないって言うけど、まぁあたしの近くにいる本物のお嬢様だって、何の因果かあたしでもギリギリ通える普通科高校に通ってるんだ。
いやほんと……アイツって何でうちの高校にいるんだろ? 聞いたことねえけどさ。
「いえいえ全然、そんなことありませんって……!」
芽衣は顔を赤らめながら、ぱたぱたと両手を振って謙遜してみせる。
「学校なんてちょっと勉強が出来れば誰にでも通えますし、彩奈さんと比べてたら私なんて全然……」
「え、それ皮肉か?」
「と、とんでもないです!!」
ちなみにあたしは――昔に何戦もやらかしたことのある――馬鹿共が通うことで有名な高校で通している。
「何処の学校に通ってるとか、勉強が出来るとか、そんなの全然関係なくて! だから彩奈さんが凄いって思ってるのも、本当に皮肉とかじゃなくてですね!?」
「いや冗談だから。何もそんなに必死にならんでも」
そう言ってやると、芽衣はほっと肩を落とす。
それから呪文みたいな名前をしてた甘そうな飲み物を手に取り、一口ストローで啜ると、
「それに彩奈さんって、大人っぽくてかっこいい、ですから……」
なんてことを宣った。
正直目が点になりそうな気分だ。いや実際になってるかもしれない。
今まで色んなことを言われてきたけど、んなこと言われたのは初めてだし、これから先もそうそうないと思う。
「は? 大人っぽいって? このあたしが?」
「だ、だってその、それとか」
と、指差すのはあたしのアイスコーヒー。
「ブラックで飲めて」
思わず吹き出しそうになった。
「アホか。コーヒー飲んだくらいで大人っぽくなるかよ」
「で、でも私なんかコレだし」
芽衣はちゅるちゅると、甘ったるそうな液体を喉に流し込む。
いやそれもあたしが詠唱出来ないから、頼まなかっただけだからな?
「それに私を助けてくれた時も。あんな野蛮そうな奴に、堂々と振舞ってて」
「イキってる奴にイキり返してやっただけだ。本当の大人があんなことすっかよ」
周りの大人を頼るなり、警察を呼ぶなりした方が全うだとあたしは思う。
少なくとも同じ土俵に立って一戦やらかすのが大人だとは思えねえし、恐喝にビビったり腰が引けたりすることが子供の証明でもないと思う。
「自分で働いてお金を稼いでるし、見た目は怖そうだけど優しいし、一睨みするだけでみんな黙らせちゃいそうだし」
最後のに関しては褒められてんのか? 褒めてるつもりか?
よく分からんが……なんだか妙な幻想を抱かれてるような気がした。
「っと」
そうこうしている内に、随分と時間が過ぎていた。
スマホが『今お店の前に着きました』というメッセージを受信する。たぶん月山さんのことだから、既に五分以上は待たせていることだろう。
「芽衣。悪いけど人を待たせてっから」
「あっ、そうだったんですね? それなのに呼び止めてしまって」
「いいっての」
席を立ってあたしは踵を返す。
これで少なくとも『お礼』は済んだから、もう会うことはないだろうと思いつつ、
「ではまた次の機会に! 今度のバイト終わりにでも、またお時間がございましたら是非とも!!」
なんて、芽衣は当たり前のように、深々と頭を下げつつ言った。
え……次あんの? マジで言ってんの?
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