連続する偶然
「僕もアルバイトの帰りだったんだ」
あたしがレジをカタカタと鳴らす中、藤木が言う。
「短期のを始めてね? 朝が早いからちょっと眠かったけど」
なんでもこの近くのパン屋で、朝の仕込みと販売を手伝ってるらしい。
仕込みの部分はともかくとして、エプロンを身に着け、笑顔で接客をする藤木の姿はしっくりときた。
「そういえば物入り用つってたけど、なんか欲しいもんでもあんのか?」
「うん、ちょっとプレゼントを買う為のお金が欲しくってね」
「へえ」
「あ、良ければ宮下さんのアドバイスも欲しいんだけどさ。中高生くらいの女の子が喜ぶものって――」
「え”」
今なんつったコイツ?
中高生くらいの女の子に……プレゼント!?
「違う違う! そういうのじゃなくて家族の誕生日! 芽衣にだよ!!」
と、あたしの反応を見た藤木が補足する。
な、なんだあの妹か。マジでぞっとしたわ。
もしこいつに女がいるってなったら、美鈴がどんな発狂をすることやら。
「ほっ……えぇと、さっきの話か。悪いけど、あたしに普通の女子が喜びそうなもんは分かんねーわ」
「そうなの?」
「見ての通りな」
「……? 見ての通りって?」
あたしの回答に、何故か藤木は納得がいかなさそうに首を傾げる。
「いやだから、あたしみたいな奴に普通の女子が分かるように見えるかってことで」
「宮下さんも普通の女子じゃないの?」
「あのな……」
前々から思ってたが、無防備っぷりもこうまでくると呆れて来る。
だからあたしはバイトの時だけ付けている伊達眼鏡を外して、
「え……どうしたの?」
それでもだ。
藤木はぽかんとするばかりで、何一つ理解していない。
「目だよ目」
あたしは自分の口で説明してやる。
「これ見て、何にも思わねーの?」
「何にもって……綺麗な目だなってことくらい?」
「――――」
あたしは顔をそむける。藤木は本ばっか読んでる所為で、目が悪くなってるに違いない。
そうだそうだその通りだ。ちげえねえちげえねえ。
だからあたしよ、さっきの戯言を頭の中から追い出せ。胸が暴れてんのはあまりに素っ頓狂な感想に驚いた所為だ。火が出るみたいに熱いのはなんちゃら性羞恥ってやつだ。こいつがあまりに的外れなことを抜かす所為で、あたしまで恥ずかしくなっちまっただけなんだ。
「宮下さん?」
「何も聞いてない何も聞いてない……さっきのは戯言ださっきのは戯言だ……」
「宮下さんってば」
「うしっ!!」
「うわっ!?」
あたしはばちこんと自らの両頬に気合を入れた。
勢い余って目の前に火花が散るが、もう余計なことは頭から消え去っていた。
「ほれ――これ会員証」
「う、うん」
更新の終わったソレを藤木が受け取る。
それからも藤木は終始心配そうに見ていたが、何でもないように振舞いつつ――なんとなく。そうなんとなく会話するのが億劫になったから、特にやらなくてもいい仕事をする為に、あたしはバックヤードへと下がることにした。
「ありがとう宮下さん。まさか来月のポップまで整理してくれるなんて」
やがて夕方頃。
私用から帰ってきた店長があたしの『やらなくても良かった仕事』に顔をほころばせる。
「宮下さんって真面目だし、サボらないから助かるよ。今月分は特別に色をつけてあげよう」
「いーっすよ……そんなの」
あたしは手を振って、その有難い申し出を断わる。
だってあれ以上藤木と話して、らしくもないリアクションを……じゃなくて、たまたま気が向いたからやっただけのことだ。
次も同じことをするわけじゃないし、それにあたしの評価には『意外にも』って言葉が先立つことを知っている。
「じゃあお先っす」
それからあたしは店を後にして、赤く染まりつつある街を歩く。
スマホの電源を付けると通知が四件。その内の一件は『今日も遅くなる』という、お袋からの定時連絡みたいなメッセージだ。どうせ何時ものことなんだから、わざわざ送ってこなくてもいいのに。
そして残る三つは全て美鈴から。
出先で見た変なオブジェの写真とか、どこぞのお偉いさんに嫌味でも言われたのか『むかつきですわ!』から始める長文メッセージとか、あとは十分ほど前に送られたのは『今夜十時頃、お願いしますわね(*´ω`*)』という顔文字付きのメッセージだ。
要するに今日も長電話をしかけてくるつもりなんだろう。
「やなこった……っと」
と、それだけを送って、あたしはスマホを仕舞う。
次の着信まで約五時間。夕飯を食べて軽く寝てもお釣りが来る時間だ。
だったらそれまでは遊んで過ごしてやろうって、古い筐体が数多く置かれている馴染みのゲームセンターに向かおうとして――
「ちょ、ちょっと離して!」
「そんな連れないこと言うなって。なぁ?」
小競り合いを目撃してしまった。
男が女にすり寄っている。たぶんナンパの類だろう。
今時珍しい光景なんだろうけど、それもある程度は仕方のないことだ。何せ男はもちろんのこと、女側も派手な見た目をしていた。
街灯に集まる蛾、みたいなもんだと思う。
変なのに絡まれたくなかったら、相応の格好をしてりゃあいいんだ。
それをファッションだか何だか知んないけど、あんなに肌を曝け出して、どうぞ食べてくださいって感じでうろついてたら、どうしてもそういう連中に絡まれる可能性は上がっちまう。
……ソースはあたし。
あたしの場合は生まれつきだから、隠そうとしても中々難しい。
だからこそ普段なら無視するつもりだった。
これ以上あることないこと噂されるなんて御免だし、遠く離れた場所で110番を押して、最低限の務めだけ果たして終わり。
うん……普段なら、ね。
「おい――嫌がってんだろ」
でもそれは、まったく目にしたことのない赤の他人に限られる。
「女を誘うなら、もっと上品に出来ねえのか?」
そう言ったあたしに、両者の視線が集まる。
絡まられていた女側――藤木芽衣は思いもしなかったのように、差し出される助け船に酷く驚いていた。
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