班決め


「っていうことがあってさ」


「ははっ……」


 あたしは乾いた笑いを零す。

 席替えを経て、あたしから見て左斜め前。以前よりも近くの席になった藤木から振られた話題だった。


「『お化け!! ほんとに! マジでいたから!!』だなんて、何度も何度も言ってくるんだよ? 最近あんまり話してくれなくなって、家も空けがちになっちゃったけど……意外と子供っぽいところも残ってるんだなって」


「そ、そうか」


 何気ない雑談のつもりだったんだろう。

 妹のことを微笑ましそうに語る藤木だったが、聞いてるあたしからすれば冷や汗しか出ない。

 

 ちなみに当の本人は話に加わることなく、ずっと机に突っ伏している。

 やらかした恥ずかしさもあるんだろう。耳を真っ赤にしたまま、ずっと寝たふりを決め込んでいた。

 折角隣の席になったんだから、ちったぁ話せと思う。


「でもなんていうかお前――」


「うん?」


「や、なんでもねえよ」


「意外だな」と口にしようとして、やめる。

 本ばっか読んでてもクラスに友達はいるし、コミュ症ってわけじゃない。だから普通に話せる人間だってことを確かめる必要なんてない。


 けれどその一方で「何処まで広いんだ」ってなことを思っちまう。このあたしに遠慮なく話しかけられる藤木コイツを見ていると。


『貴方が宮下彩奈さんですわねっ!?』


 と、不意に以前のことがデジャブった。


『わたくし達――きっと仲良くなれると思うのです!!』


 思えばあれも去年の今頃だったような気がする。

 初めての席替えがあって、たまたま隣同士になって、こんな会話があったなって。

 肝が据わってる女なのか、それとも空気が読めない馬鹿なのか、なんてことを思って……結果としてそれはどっちでもあったんだろう。


「つまり藤木も馬鹿ってことか」


「え……どうしたのいきなり?」


「ああいや、すまん。独り言だから気にすんな」


 つい声に出てしまった。

 いきなりディスられて目を丸くする藤木に、あたしは頭を下げて詫びる。


「あ、そういえば今度の遠足のことだけど」


「ん?」


「…………っ」


 と、藤木が話題を変えた途端、美鈴がピクリと反応する。


「街全体が西洋風なテーマパークなんだって。一年の時は寺巡りだったから、急にお洒落な感じになって驚いたよ」


「へえ」


「……っ……っ!」


「でもちょっぴり交通がややこしいらしくて、バスで現地についてからモノレールで移動するみたい。アドリアレイクシティって名前だけど、宮下さんは聞いたことあった?」


「いいや」


「っ……! っ……! っ……!」


 藤木に対して素っ気ない返事をしてしまうが、まるで興味がないわけじゃない。

 それよか、うつ伏せたままピクンピクンと上下する馬鹿が気になって、話に集中出来なかった。



「ついにこの時が来ましたわ」


 と、それは昼休みのこと。

 箸でハンバーグを切り分けつつ、美鈴が言った。


「なにがだよ」


「今朝方、藤木さんがお話されていた遠足のことですわ」


 やっぱりというか聞き耳を立ててたらしい。

 席替えしてから三日も経つのに、未だ話しかけられないクセして。


「遠足の班は六人一組。それさえ守れば他に制限はありませんわ」


 と、トンカツを齧り、白米をすくう。

 

「つまりは『はーい、好きな人と組んで』方式ですわ」


 何故言い換えた? あたしへの嫌味か?

 サラダの次に、味噌汁を啜る彼女を睨みつける。


「であるからこそ、藤木さんと同じ班にならなければなりません。隣の席にまでお近づきになれたのですから、誘うのも極々自然なことかと」


「つってもなぁ……」


 何時ものごとく威勢はいいけど、それを実行に移せるもんだか。

 なんて、あたしは懐疑的に美鈴を見る。二枚目のハンバーグを切って、口にいれるところだった。箸の持ち方も動きも綺麗で、そこだけを切り取るなら、まぁお嬢様だなって感じだけど――


「ってかお前、相変わらずよく食うよな」


「そうですか?」


 どんぶり飯を片手に、美鈴はきょとんとする。

 それだけじゃない。三枚のハンバーグに二枚のトンカツと、てんこ盛りのキャベツに味噌汁と漬物と豆腐が一つのトレーに乗った――ハードな運動部員御用達の『ドカ食いセット』であり、ぶっちゃけ見てるだけで胸やけがしそうだ。


「わたくしとしては、彩奈さんや皆さまが少食だと思っているのですが」


「ねーよ。普通の女子はそんだけ食ってたら即座に関取だっつーの。この一年間バクバク食ってて、まるで体型が変わってないお前が怖いわ」


「そんなことはありませんわ。わたくしだって成長期ですし、去年よりも体重くらいは増えてますわよ」


「何処が? その引っ込んでる腹の何処に?」


「ああいえ、お腹ではなくて、その」


 と、彼女の視線は自らの腹部ではなく、その上の方へと向けられていた。


「またサイズがキツくなっておりまして」


「――――」


「これが食べ過ぎによるものでしたら、彩奈さんの言う通り、少しは節制すべきなのかもしれませんわね」


「――――」


 あたしはその暴力的な山から、自らのモノを見比べる。

 触れようとして、ぺたっとした。押しても寄せてもペタペタペタペタ。


「正直コレに関しては彩奈さんが羨ましいですわ。服の買い替えは面倒ですし、何より肩が凝ってしょうが――あい’!? あい”い”い”い”い”い”い”い”い”い”!?」


 よし来た、戦争だ。

 あたしはその無駄にデカイ脂肪を鷲掴みにして、パチンコのハンドルを回すように捩じってやる。


「ちょ、やめっ!! もげっ、もげますってばあああああああ!!」


 もげろ。

 そしてあたしの悲しみを味わえと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る