ご家族と仲良くなりましょう2


「落ち着いております。えぇえぇわたくしは落ち着いておりますわよ彩奈さん。だからこそこうして冷静に、クレバーに、今後の作戦を話し合おうとしているではありませんか。人一人を攫うとなると入念な準備と強固な計画が必要となりますからね。感情に任せて短気を起こすなどもってのほか。そんなことをせずとも最後にはあの挑戦的なメスガキフェイスを、ハイライト無しのレ〇プ目に落とし込めるのです。うふふふふ、今からでも楽しみで堪りませんわ。あの減らず口が許しを乞うことしか出来ず、無駄に曝け出した肌が青白く染まる瞬間を。ですがわたくしも鬼ではありません。心を入れ替えて偉大なる兄上への敬愛を三時間スピーチし、一万枚の反省文を提出してくださるなら、傷一つ与えることなく家に帰すことを約束致しましょう。貴方はわたくしにとっても可愛い妹ですからね。どうか純粋に兄上を、そして未来の姉上を心から慕って頂けるように教育教育教育教育教育――」


「いいから落ち着け」


「痛い!?」


 ぶつぶつと早口で宣う美鈴の頭をすっぱたいた。


「何が落ち着いてるだ。いきなりベラベラとヤベーことばっか抜かしやがって」


「拉致監禁は駄目だと!? ならばロボトミー手術はどうでしょう!? ちょっと頭の一部を切り取るだけでイイ子イイ子ですわ!!」


「ならばじゃねーよ。とりあえず暴力的な発想を頭から消せ」


「でしたら薬を使って兄への暴言や悪感情を抱くたびに、吐き気を催す身体に致しましょう!!」


「どこの時計仕掛けのオレンジだよ」


 よほど頭に来ているのか,これまで以上にヤベー提案ばかりを口にする。むしろお前がロボトミーされてこいって思えるくらいに。


「いいから本気にすんなって。家族のことなんだから、思ってもないっていうか、ちょっとくらい口が悪くなるもんだろ?」


 あたしは言う。

 これも実体験として知らないし、想像でしかないんだけど。


「ですが、それにしても藤木さんに失礼過ぎますわ……!! あんなお優しい藤木さんに向かって、ああも悪態を吐き散らせるだなんて……!!」


「はぁ……」


 あたしは溜息を吐く。

 こりゃしばらく聞く耳もなさそうだなって。


「あっ、もうこんな時間!!」


 と、そうこうしている内にだった。

 腕時計を見下ろした藤木芽衣が声を上げては、慌てて荷物をまとめ始める。


「え、芽衣? これから朝まで行くつもりだったっしょ?」


「ごめん! そろそろ帰らないとおに……あのクソ兄貴が煩いのよ」


「お兄さん?」


「そ……夕飯要らないときは連絡しろとか、夜遊びは危ないからやめろとか、母親みたいに言っちゃってさ? 帰らないとぐちぐちぐちぐちと、ほんっと気持ち悪いんだから」


「えー? せっかくみんな集めてきたのにさー? 芽衣もそうだけど、みんなガッコー違うから大変だったんだよー?」


 不満そうに口を尖らせる一人に、そうだそうだと他の連中も囃し立てる。

 そんな彼女達に向かって藤木芽衣は、ぱんと手を合わせて苦笑し返すと、


「ほんとごめんね? 埋め合わせに今度はパーっとするから」


 と言って、


「もち、私の奢りでね」


「マジで!? 超気前いいじゃん!!」


 現金にも友人達は目を輝かせる。


「マジマジ。最近臨時収入があって、ちょっとリッチなんだ♪」


「臨時収入って……あっ、さては芽衣ぃ? パパとか見つけちゃった感じぃ?」


「バーカ、そんなんじゃないってば。とにかくそういうわけだから、また今度ね」


 それを最後に藤木芽衣は席を立ち、ニヤニヤとする友人達から離れて行った。

 意外な展開だ。これからオールにでも繰り出し兼ね合い空気だったのに。


「チャンスですわ。ようやく一人になってくれました」


 そこに続き、ガタっと美鈴も席を立つ。

 その目に怪しげな光を灯しながら。


「おい美鈴」


「ご心配なく。お話をするだけですので」


「…………」


 だから心配なんだと、あたしはガクリと肩を落としつつ、彼女の後に続く。

 藤木芽衣は宣言通り、自宅へと一直線のようだった。

 家での藤木がどんなかは知らないけど、彼女の足は小走り気味だった。赤信号にさしかかる度に、苛立たしげに足踏みをしているのが見て取れる。


「ちょうど良さそうですね」


 と、そこで美鈴があたしの前に出る。

 

「おい美鈴」


 すかさずあたしは肩を掴もうとして、その手を振り払われる。


「大丈夫ですわ。さっきは取り乱してしまいましたが、当初の予定通り、お話だけに済ませますので」


「いやでも」


「大丈夫です」


 再三繰り返しつつ、信号待ちをしている藤木芽衣へと接近し始める。

 自分では冷静だと宣っているが――


「はぁっ、はぁっ……ころっ、いやいや」


 そのツラは百面相だった。

 抑え込んだ怒りと安心させる為の笑顔が交互で、なんだかアシュラマンみたい。


「はぁっ、はぁっ……」


 あとそんな忙しなさだからか、息遣いも荒い。

 感情の制御に精一杯なんだろうか? 握り拳を作りそうになっては、ぱっと開く動作を繰り返している。


「はぁっ、はぁっ――美 也 さ ん?」


「え?」


 やがてそっと藤木芽衣の肩を叩く。

 振り返った彼女が目にしたものは――



「はぁ……はぁ……! どしたん? 話 聞 こ か ?」


「――――」


 血走った目で、荒い息を吐きながら、そんなことを抜かす不審者であった。

 小走りの相手を追いかけていたこともあってか、その長い髪は乱れ、幽鬼のようにしなだれている。

 

 そんな相手とお見合いをして、絶句すること約五秒。

 次第に藤木芽衣の顔は青く染まり、ガタガタと震えては――



「お、おにぃ!! おにぃぃぃぃぃ!! たすけ、たすけてえええええええええええ!!!!」


「え、ちょ、ちょっと?」


「うわあああああああん!! おにぃいいいいいいい!! おにぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」


 と、絶叫を上げながら、赤信号にも関わらず。

 ブレーキを踏んだ車にクラクションを鳴らされつつ、脱兎の勢いで逃げて行った。


「…………」


 それからポツンと、一人残される美鈴。

 青信号になって、通行人が通り過ぎようとも、手を伸ばしたままビクともしない。


「その、だな」


 あたしは彫像のようにフリーズしている美鈴の肩を叩く。


「まぁ、怖がらせることは出来たんじゃねーか?」


 それが望む結果かどうかはさておいて。

 とりあえず通報されないように、早く引き上げようと思いながら。







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