第12話 計画─ルキウス視点─
◆
「なにが楽しくてお前と」
「ちょっと、恋人のように扱いなさいよ!」
「無理だな、そこら辺の石にしか見えん」
「なんですって?」
うるさい女だな。
アーノルドから出された条件でさえなければ、こんな女と踊る必要もなかったというのに。
だが、俺はこの条件を利用して、計画を遂行するつもりだ。
もう少し。あともう少しで、俺の思うままに事が運ぶ。
「チッ、仕方ない」
ナディアの腰を引き寄せ、ステップを数歩。そこから流れるようにターンをみせる。
多方面から黄色い声があがるホール内。
俺はナディアに視線を向けたまま、神経をホール内に張り巡らせていく。
実際は、ナディアを一切見ていない。見ているのは別のところだ。
「おい、ちゃんとついてこい。この下手くそ」
「本当に口の悪い男ね……!」
ステップを踏みターンを交えれば、ホール全体に目を光らせることができる。
獲物が数人いるな。アーノルドが喜びそうだ。
そろそろ、曲もラストパートに入る。
シャーロットが会場を出ていってから1分23秒。いい頃合いだろう。
「あなた、なにを考えてるの」
「なんの話だ」
舞曲に合わせてステップを踏みながら、問いかけるナディア。
口元に笑みを湛えているが、俺を見る双瞳には訝しげさが滲んでいる。
3拍子のリズムで優美なダンスを披露する俺たちの間に、甘さは微塵もない。
あるのは殺伐とした空気だけだ。
「あなたほど冷たい男、会ったことなくてよ」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「褒めてないわよ!」
しかし、噂というのはいい材料だ。
人を過剰に意識させる。
シャーロットだって例外じゃない。
ほぼ夜会や茶会に出席することがない彼女は、今日はじめて俺たちの噂を耳にしただろう。
彼女のことだ。疑いもせず、目に見えたまま信じたはずだ。
今頃、どうしているだろうな。泣いているだろうか。
この二ヶ月間、様々な表情を見せてくれた。
困った顔、心配する顔。それから、怒った顔。あれは堪らないかわいさがあった。
シャーロットは家庭環境のせいで、自身より他人を優先する傾向がある。
無意識に己自身に我慢を強いて、無理をしてしまう。
強さは彼女の魅力でもあるが、なにより俺は醜い姿が見たい。
取り繕った外面じゃなく、内面をさらけ出して、泣いて罵って俺を責めるほどに。
大胆に我が儘になって、本音をぶちまけてほしいのに。
『貴方には幸せになってほしいの』
『わたしがレオノーラでも同じことをしたと思うわ。例え非難されても』
シャーロットの言葉は、俺を奈落の底へ突き落とすのに十分だった。
俺の幸せを願うくせに、その幸せを奪おうとしている。
俺にはシャーロットしかいない。彼女だけ傍にいてくれたら、それだけで満足なのに。
彼女はひとりで生きていこうとしている。
憎らしくて、恨めしくて。
いっそ、逃げられないよう、何処かへ閉じ込めてしまいたくなるほどに。
ギリッと歯噛みしたとき、同時に指先にも力がこもる。
不意に強く握られたからか、ナディアの顔が歪むのが目に入った。
「わたくしならお断りよ、あなたなんて」
「奇遇だな、俺もだ」
「彼女ならかわいいから他に相手がいくらでも──っ!?」
「黙れ」
ラストパートに合わせて、ナディアの手を上に引き自身の脚を後方へ下げる。
自然とお互いの身体が反った状態で、ゆっくりと動きを止めて幕を下ろした。
ホール中、割れんばかりの拍手で包まれ歓声が上がる。
固まったままのナディアを引き寄せ、耳元で囁く。
「貴様がシャーロットのかわいさを語るな、命が惜しいならな」
「…………」
苛立ちを隠さず、感情のまま言葉を浴びせる。
かかった獲物は3匹。これ以上、茶番に付き合ったところでなにも出ないだろう。
俺はナディアの顔を見る気にもなれず、一礼してその場を離れた。
「ご苦労だった、ルキウス」
「ああ」
中央から壁際へ歩いているところで、アーノルドから労いの声がかけられる。
正直、面倒だな。思わず、舌打ちが漏れる。
「報告はお前の側近に伝えたが?」
「視線の合図だけでわかるわけないだろう」
わかれよ。
何ヵ月かけて、今日の計画を立てたと思っている。
しかし、条件を飲まざるを得なくなったのは、俺の責任だ。
アーノルドのためにも、俺は使命を果たさなければならない。
「罠にかかったのは3匹だな。会場内のものは絶対に口にするなよ」
「なるほど、いい手を考えたな」
アーノルドは納得したかのように、微笑んでみせた。
緩やかな金髪に紫の瞳と、ナディアそっくりの顔つきで常に笑みを湛えているが。
実のところ、見た目に反して腹黒い一面がある。
釣れた獲物を叩いて、どれほど埃が出るのか楽しみなのだろう。
「約束通り、ひと月休んだ分と建物を破壊したことは目を瞑ろう」
「ああ、頼んだ」
あとのことは、アーノルドに任せておけば順調に物事が進むはずだ。
だが、これが原因で、アーノルドの命はさらに危うくなるだろう。
自身の息子を王位につかせようとするほど、蛇のような狡猾さをもつ女だ。黙っているわけがない。
これから、忙しくなるなと考えただけで、ため息が出そうになる。
「ところでルキウス」
「なんだ」
ホールの端まで歩いていく俺のあとに続いて、話しかけてくるアーノルド。
報告は済ませたはずだが、他にも言うべきことがあっただろうか。
「建物を破壊した理由を聞いていない」
「…………」
「仕事は与えてなかったはずだけど?」
聞いているはずがないな。言っていないから。
しかし、なぜバレたのか。こいつの情報網はどうなっている。
「……シャーロットに」
「うん」
「言い寄っていた虫がいたから」
「うん?」
アーノルドは一瞬、首を傾げてみせたが、すぐにうつむき笑いだした。
堪えきれないといった様子だ。
俺はアーノルドを無視して、壁に背を預ける。
シャーロットが退出してから7分26秒。もうそろそろか。
「ふ、ふふっ、もしかして素手で?」
「…………」
シャーロットのことだ。
帰るわけにもいかず、ひとりで我慢しているのだろう。
俺のことを考えて、泣いているかもしれない。
はやく見たい。シャーロットの泣き顔を。
どれだけ、かわいくて綺麗だろうか。
想像だけで、口角が上がりそうになる。
「そんなに好きなのに、ここにいてもいいのか?」
「…………」
「彼女なにも知らないんだろう?泣きそうな顔をしていたよ」
「は……?」
シャーロットに向けられていた思考を、一気に引き戻される。
まさか、こいつ。
「……見たのか?」
「なにを」
「泣き顔を」
例えアーノルドであろうと、絶対に許すことはできない。
俺の、俺だけのものなのに。
「見ていないから安心しろ……!できた奥方だな」
「当たり前だ、俺のシャーロットはかわいい」
「わかったわかった、怖い顔で言うことではないと思うよ」
呆れたような、困ったような。なんともいえない表情をしてみせるアーノルド。
アーノルドはなにも言わないが、彼の濃い紫の瞳が「迎えに行け」と訴えてくる。
10分超えたか。いいタイミングだな。
俺はアーノルドの言葉に、素直に甘えることにした。
「今日はそのまま帰る」
「ああ、奥方によろしく伝えてくれ」
アーノルドに背を向け、会場の外へ出る。
暗がりの長い廊下を歩いていく最中、ぽつぽつと雨が降ってきた。
シャーロットはおそらく、庭園のベンチで心の整理をつけようとするはずだ。
このままでは身体を冷やしてしまう。
自分でもどうしようもないくらい、弱って傷つき泣いているときほど、心に入り込むのは容易い。
すべてを受け入れ、最も欲しい言葉を言ってくれるのも、傍にいてくれるのも。
俺だけしかいないと、彼女は嫌でも思い知るだろう。
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