第12話 計画─ルキウス視点─


「なにが楽しくてお前と」

「ちょっと、恋人のように扱いなさいよ!」

「無理だな、そこら辺の石にしか見えん」

「なんですって?」


うるさい女だな。

アーノルドから出された条件でさえなければ、こんな女と踊る必要もなかったというのに。


だが、俺はこの条件を利用して、計画を遂行するつもりだ。

もう少し。あともう少しで、俺の思うままに事が運ぶ。


「チッ、仕方ない」


ナディアの腰を引き寄せ、ステップを数歩。そこから流れるようにターンをみせる。

多方面から黄色い声があがるホール内。


俺はナディアに視線を向けたまま、神経をホール内に張り巡らせていく。

実際は、ナディアを一切見ていない。見ているのは別のところだ。


「おい、ちゃんとついてこい。この下手くそ」

「本当に口の悪い男ね……!」


ステップを踏みターンを交えれば、ホール全体に目を光らせることができる。

獲物が数人いるな。アーノルドが喜びそうだ。


そろそろ、曲もラストパートに入る。

シャーロットが会場を出ていってから1分23秒。いい頃合いだろう。


「あなた、なにを考えてるの」

「なんの話だ」


舞曲に合わせてステップを踏みながら、問いかけるナディア。

口元に笑みを湛えているが、俺を見る双瞳には訝しげさが滲んでいる。


3拍子のリズムで優美なダンスを披露する俺たちの間に、甘さは微塵もない。

あるのは殺伐とした空気だけだ。


「あなたほど冷たい男、会ったことなくてよ」

「お褒めにあずかり光栄だ」

「褒めてないわよ!」


しかし、噂というのはいい材料だ。

人を過剰に意識させる。

シャーロットだって例外じゃない。

ほぼ夜会や茶会に出席することがない彼女は、今日はじめて俺たちの噂を耳にしただろう。


彼女のことだ。疑いもせず、目に見えたまま信じたはずだ。

今頃、どうしているだろうな。泣いているだろうか。

この二ヶ月間、様々な表情を見せてくれた。

困った顔、心配する顔。それから、怒った顔。あれは堪らないかわいさがあった。


シャーロットは家庭環境のせいで、自身より他人を優先する傾向がある。

無意識に己自身に我慢を強いて、無理をしてしまう。

強さは彼女の魅力でもあるが、なにより俺は醜い姿が見たい。


取り繕った外面じゃなく、内面をさらけ出して、泣いて罵って俺を責めるほどに。

大胆に我が儘になって、本音をぶちまけてほしいのに。


『貴方には幸せになってほしいの』

『わたしがレオノーラでも同じことをしたと思うわ。例え非難されても』


シャーロットの言葉は、俺を奈落の底へ突き落とすのに十分だった。

俺の幸せを願うくせに、その幸せを奪おうとしている。

俺にはシャーロットしかいない。彼女だけ傍にいてくれたら、それだけで満足なのに。

彼女はひとりで生きていこうとしている。


憎らしくて、恨めしくて。

いっそ、逃げられないよう、何処かへ閉じ込めてしまいたくなるほどに。


ギリッと歯噛みしたとき、同時に指先にも力がこもる。

不意に強く握られたからか、ナディアの顔が歪むのが目に入った。


「わたくしならお断りよ、あなたなんて」

「奇遇だな、俺もだ」

「彼女ならかわいいから他に相手がいくらでも──っ!?」

「黙れ」


ラストパートに合わせて、ナディアの手を上に引き自身の脚を後方へ下げる。

自然とお互いの身体が反った状態で、ゆっくりと動きを止めて幕を下ろした。


ホール中、割れんばかりの拍手で包まれ歓声が上がる。

固まったままのナディアを引き寄せ、耳元で囁く。


「貴様がシャーロットのかわいさを語るな、命が惜しいならな」

「…………」


苛立ちを隠さず、感情のまま言葉を浴びせる。

かかった獲物は3匹。これ以上、茶番に付き合ったところでなにも出ないだろう。

俺はナディアの顔を見る気にもなれず、一礼してその場を離れた。


「ご苦労だった、ルキウス」

「ああ」


中央から壁際へ歩いているところで、アーノルドから労いの声がかけられる。

正直、面倒だな。思わず、舌打ちが漏れる。


「報告はお前の側近に伝えたが?」

「視線の合図だけでわかるわけないだろう」


わかれよ。

何ヵ月かけて、今日の計画を立てたと思っている。

しかし、条件を飲まざるを得なくなったのは、俺の責任だ。

アーノルドのためにも、俺は使命を果たさなければならない。


「罠にかかったのは3匹だな。会場内のものは絶対に口にするなよ」

「なるほど、いい手を考えたな」


アーノルドは納得したかのように、微笑んでみせた。

緩やかな金髪に紫の瞳と、ナディアそっくりの顔つきで常に笑みを湛えているが。

実のところ、見た目に反して腹黒い一面がある。

釣れた獲物を叩いて、どれほど埃が出るのか楽しみなのだろう。


「約束通り、ひと月休んだ分と建物を破壊したことは目を瞑ろう」

「ああ、頼んだ」


あとのことは、アーノルドに任せておけば順調に物事が進むはずだ。

だが、これが原因で、アーノルドの命はさらに危うくなるだろう。


自身の息子を王位につかせようとするほど、蛇のような狡猾さをもつ女だ。黙っているわけがない。

これから、忙しくなるなと考えただけで、ため息が出そうになる。


「ところでルキウス」

「なんだ」


ホールの端まで歩いていく俺のあとに続いて、話しかけてくるアーノルド。

報告は済ませたはずだが、他にも言うべきことがあっただろうか。


「建物を破壊した理由を聞いていない」

「…………」

「仕事は与えてなかったはずだけど?」


聞いているはずがないな。言っていないから。

しかし、なぜバレたのか。こいつの情報網はどうなっている。


「……シャーロットに」

「うん」

「言い寄っていた虫がいたから」

「うん?」


アーノルドは一瞬、首を傾げてみせたが、すぐにうつむき笑いだした。

堪えきれないといった様子だ。

俺はアーノルドを無視して、壁に背を預ける。

シャーロットが退出してから7分26秒。もうそろそろか。


「ふ、ふふっ、もしかして素手で?」

「…………」


シャーロットのことだ。

帰るわけにもいかず、ひとりで我慢しているのだろう。

俺のことを考えて、泣いているかもしれない。

はやく見たい。シャーロットの泣き顔を。

どれだけ、かわいくて綺麗だろうか。

想像だけで、口角が上がりそうになる。


「そんなに好きなのに、ここにいてもいいのか?」

「…………」

「彼女なにも知らないんだろう?泣きそうな顔をしていたよ」

「は……?」


シャーロットに向けられていた思考を、一気に引き戻される。

まさか、こいつ。


「……見たのか?」

「なにを」

「泣き顔を」


例えアーノルドであろうと、絶対に許すことはできない。

俺の、俺だけのものなのに。


「見ていないから安心しろ……!できた奥方だな」

「当たり前だ、俺のシャーロットはかわいい」

「わかったわかった、怖い顔で言うことではないと思うよ」


呆れたような、困ったような。なんともいえない表情をしてみせるアーノルド。

アーノルドはなにも言わないが、彼の濃い紫の瞳が「迎えに行け」と訴えてくる。

10分超えたか。いいタイミングだな。

俺はアーノルドの言葉に、素直に甘えることにした。


「今日はそのまま帰る」

「ああ、奥方によろしく伝えてくれ」


アーノルドに背を向け、会場の外へ出る。

暗がりの長い廊下を歩いていく最中、ぽつぽつと雨が降ってきた。

シャーロットはおそらく、庭園のベンチで心の整理をつけようとするはずだ。


このままでは身体を冷やしてしまう。

自分でもどうしようもないくらい、弱って傷つき泣いているときほど、心に入り込むのは容易い。


すべてを受け入れ、最も欲しい言葉を言ってくれるのも、傍にいてくれるのも。

俺だけしかいないと、彼女は嫌でも思い知るだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る