第6話 はじめてのデート

馬車に揺られて半刻ほど。

王都の中心街を抜けていく馬車の中、景色を窓から眺める。


中心街に来るのはずいぶん久しぶりだ。

デビュタントのときに両親と一度訪れたきりだけれど、相変わらずの賑わいをみせている。


レンガ張りの外観に重厚を感じさせるものの、それぞれ個性的な骨組みが施されたチューダー様式の建物が並ぶ一角で馬車はとまった。

提げられた看板には『マリージェン』の文字。まさか。


「あの、ルキウス……ドレスってここで……?」

「そうだけど?」


さらりと返されて、頭を抱えそうになった。

王家御用達のドレスショップではないか。

わたしですら知ってるくらい有名で、予約をとるのも一苦労だと聞いたことがある。

さ、さすがルーヴェルト公爵家。


「さぁ、お手をどうぞ奥さん」

「……?」


今度はなにがはじまったのか。

急に不可解な行動をされて、わたしは一瞬固まってしまった。


しかし、よくよく考えると、今から向かう店は王家御用達の有名な場所だ。

王宮で働くルキウスは、こういった場所での噂が耳に入りやすいのだろう。


そのため、ルキウスは仲睦まじい夫婦というのを演じたいのかもしれない。

ならば、わたしは合わせるべき。そう結論づけて口を開いた。


「ありがとう、旦那様」

「────っ」


差し出されたルキウスの手を取り、笑いかけたのだけれど。

ルキウスは目を見開いたあと、胸を押さえてくっと唸り声をあげた。


「ルキウス!?」


突然苦しみだしたルキウスに、すぐさま駆け寄る。

彼はうつむいたまま、耐えるように歯を食い縛っていた。

黒髪から覗く肌が赤いような気がする。熱があるのかもしれない。


具合が悪かったのに、約束していたからと無理をしたのでは。そこまで思考がめぐり、罪悪感に押し潰されそうになる。

けれど、今はルキウスの身体が優先だ。


「ルキウス、すぐに医者を……」

「もう一度」

「え?」

「さっきの、もう一度言って」


はい……?

いたって普通に話しかけてくるルキウス。

熱はどこにいってしまったのか。


「あのルキウス、体調は」

「言ってくれないの、奥さん?」

「っ……!」


口走ったことすら忘れかけていた言葉を掘り返されて、とても恥ずかしくなる。

こんな時に演じ続けるつもりなのか、と心配になるものの。

先ほどとは違い、まっすぐ見つめてくる彼はケロリとしていて、顔色も大変良い。

ルキウスが大丈夫ならば問題ないのだけれど。

逡巡したのち、意を決して同じ言葉を紡ぐ。


「だ、旦那様……きゃっ」


言った瞬間、勢いよく手を引かれ腰に腕が絡む。

ルキウスはわたしの身体を支えたまま、正面からじっと視線を合わせてきて。

動けずにいるわたしの耳元に、寄せられる彼の唇。


「そうだよロティ。俺が君の旦那様だから……忘れないでよ、ね?」

「…………っ」


囁かれた言葉に、心臓がばくばくと跳ねる。

真摯な赤い視線が、わたしを捉えて離さない。

太陽の光が反射して、宝石のよう。キラキラしていて、とても綺麗。


こんなに間近で見ることがなくて、すごく落ち着かない。

目は口ほどに物をいう、とはよくいったものだ。

本当に、わたしのことを好きみたいに訴えてくる。

これは、演技でしかないのに。

そんなことを悶々と考えているうちに、ルキウスから手を引かれるまま店に入っていた。


「お待ちしておりました、ルーヴェルト公爵ご令息様」

「ああ」


彼女がかの有名なマリー・ジェンだろうか。

清楚な女性がすでに待っていて、出迎えてくれた。

色とりどりの花とドレスが飾られた、明るい雰囲気で彩られている店内。


ルキウスはというと、先ほどと打って変わり無表情である。

演技はやめたのだろうか。


「では、ご案内しま──」

「案内は結構だ。店にあるドレスをすべて邸宅に届けてくれ」

「!?」


な、なにを言い出したのこの人!

開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「ルキウス!なに言ってるの、そんなにドレスいらないでしょ!」

「え?夜会のドレスなら別に仕立てるから心配いらないよ?」

「…………」


そんな心配はしていませんが。

わたしは本気で頭を抱えた。話がまったく通じない。

今のルキウスは無表情はどこへやらで、楽しそうに笑みを浮かべている。


「ああ、ドレスよりアクセサリーがよかったんだね。装飾品もすべて包んで……」

「違うわ、ルキウス!」


わたしはルキウスの腕を掴んでとめに入った。

急に掴んだせいかルキウスは驚いた表情をしてみせ、みるみるうちに赤く染まっていく。

やっぱり熱があったのね。

おかしな言動に訝しんでいたけれど、体調不良ならば思考が正常でないことにも納得がいく。


「ロ、ロティ……腕に、」

「貴方、体調が悪いのでしょう?今日はもう帰りましょ、ね?」

「……わかった」


一転して素直に引き下がるなんて、身体が余程辛いのだろう。

言ってくれたなら予定を中止したのに。

ルキウスには無理をさせてしまった。

女性に断りを入れて店を出ようとするものの、彼はまったく動こうとしない。


「ルキウス、辛いのなら従者を呼んで」

「店ごと買う」

「はい……?」


ああ、もう駄目だこの人。

聞き間違いならよかったのに、思いっきり耳に入ってしまった。

こんな馬鹿なことを口走ってしまうほど高熱なのか。

はやく休ませてあげないと、ルキウスが倒れてしまう。


「ルキウス無理しなくていいのよ」

「だ、だめか……?」

「あの、駄目とかそういう場合では」

「俺はどうしたらいい?なにを贈ったら喜んでくれる……?」


店を出ようとしたのに、ルキウスは瞳をうるうるさせて見てくる。

捨てられた子犬のような表情を浮かべるルキウスに、わたしはくっと息が詰まった。

わたしは彼の気持ちを、蔑ろにしてしまっているのだろうか。

ちょっと可哀想に見えてきた。


「あの、それならドレスが1着欲しいわ……」

「うん!」


ぱぁっとまぶしいくらい、満面の笑みが目の前に広がる。

不覚にもかわいいなんて思ってしまって、顔が熱くなっていく。


異性をかわいいと思う日がこようとは。

ルキウスは中性的ではない。身体は細身ながら筋肉質で、身長だってわたしより頭ひとつ分高いくらいだ。


なのに、彼の喜ぶ表情をかわいいと思うだけでなく、もっと見ていたいかも。まで考えてしまって。

わたしはどうしてしまったのだろう。

自身の感情すらわからなくなって、首を傾げそうになる。


どのみち、夜会のドレスは必要だし、ルキウスが喜ぶのならと甘えることにした。

のだけれど。


「どう、かな……?」

「…………」


夜会用のドレスのデザインを決めて採寸が終わったあと。

どうしてもというルキウスの希望で、ドレスを追加で購入することになった。


ルキウスの希望なので、彼の好みに合わせようと試着をしてみせているのだけれど。

彼は目元を押さえて考え込んでいる。

似合わなかったようだ。


「他のも着てみるから」

「はぁ……食べたい……」

「?」


ぼそぼそ呟かれてよく聞こえない。

素敵だなと思っていただけに、がっかりしてしまうものの。

彼の好みでないのなら仕方がない。

試着室へ戻って着替えようとしていると、ルキウスと女性の会話が耳に入ってきた。


「あのドレスも包んでくれ」

「かしこまりました」


購入を決めたルキウスの言葉に、もしかしてと思い彼の元へ駆け寄る。

少しでも好みだったのなら嬉しい。


「貴方の好みなら嬉しいわ、ありがとう」

「かわいい」

「ふふ、よかった!わたしもかわいいって思っていたの」


リボンとレースで飾られた赤いドレス。

裾がふわりと広がりをみせているけれど、見た目に反して軽く動きやすい。

なによりとてもデザインがかわいいのだ。

自然と笑みが浮かぶ。


「ねぇ、ロティ」

「どうしたの?」

「やっぱり、ぜんぶ買おう?」

「ダメです」


追加は1着までと決めたのに、もう忘れている。

金銭感覚がゆるいのか、ちょっと心配になってしまう。

このドレスだって高いはずなのに。


「じゃあ、せめて付き合って」

「何処か行きたいところがあるの?」

「そうだよ」


にっこりと微笑むルキウスに言われるがまま、何処かへ連れていかれる羽目になった。

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