第4話 君が本気にさせたせい─ルキウス視点─


予想外の発言をされると、人間なにも言えなくなると身をもって知った。


混乱する最中、シャーロットから投げられた言葉に絶句する。


『わたしたち、離縁しましょう』


離縁?離縁と言ったのか……?

俺の元から去ろうとしているのか?

好きだと言ったくせに。

いつもと変わらず、花のような微笑みを向けて、俺のことを好きだと断言したのに。

すべて嘘だったのか。

簡単に別れを切り出せる程度のものだったのか。


俺はシャーロットから目を反らさず、じっと眺め続けた。

いや、違うな。目が合えば恥ずかしそうに反らして、目元が染まっている。

俺は思わず、笑いをこぼしていた。


『ふふっ、そうか……』


ああ、なるほど。俺は、試されているのか。


離婚という言葉をだして、本当に自分のことを好きなのか。俺の気持ちを確かめたいのだろう。

かわいいな。本当に。


嘘を吐いてまで試すなんてひどい女だな。

本当に愛おしくて、好きで好きで大好きで、堪らない。


触れたら怖がられるのではないか。嫌われるのではないか。

大切にしたい。でも、本当は誰の目にも触れず、俺だけのものでいてほしい。

そればかりで、彼女の想いに気づけなかった。


今まで我慢していたのが馬鹿みたいだ。

なによりも、大切で愛おしい俺のシャーロット。

ならば、その期待に応えてやろう──。


部屋を出てすぐ、俺は祖父の私室へ向かった。

シャーロットなら、まず祖父に話をしようとするだろう。邪魔者には退散してもらうに限る。


『クソジ……おじい様、今日から両親も仕事で不在なので別荘で療養でも如何ですか』

『なんだ、藪から棒に』


なに言っているんだこいつ、と言いたげな表情を向けられる。

まあ、そうだろうな。俺は今まで、気遣う言葉をかけた試しがない。


『いえね、シャーロットがふたりで過ごしたいってねだるので』


まあ、嘘だが。


『おお!そうか、ようやく曾孫の顔も見れそうだな』


ひとまず、これでシャーロットは相談できる相手がいなくなる。

あとは、シャーロットの望みを叶えるためにも、仕事をしている場合ではない。


『アーノルド、ひと月王宮へは来ない』

『え?なんて?』

『じゃあな』

『待って待てルキウス』


王城に着くなり、俺は執務室に直行する。

目の前には、焦りをみせる再従兄弟の王太子であるアーノルド。


すかさず止めに入るアーノルドを押し退け、執務室を出ようとするが。

アーノルドは本気の目を向けてきた。


『今、きみに抜けられるのは困る』

『…………』

『わかるだろう、ルキウス』


俺の肩を掴む手に力を入れて、アーノルドは訴えてくる。

アーノルドの言ってることは正しい。


ルーヴェルト公爵家と王家は、持ちつ持たれつの関係にある。

昔から継承権争いというものは絶えないが、特にアーノルドとその異母弟のギャレットの派閥争いはひどいものだ。


ギャレットの母は側室だが、他国から迎え入れられた王女のため大きな権力をもつ。

そのため、王太子のアーノルドを亡き者にし、ギャレットを王位へつかせようと必死な愚かどもが蔓延っていた。


元々、反王家派を秘密裏に始末する、いわば暗殺の役目を負っていたのがルーヴェルト家だ。

幼少期から公爵家を継ぐための勉学のみならず、暗殺のやり方を学ばなければならない。


物心ついたときから叩き込まれた俺は、視線や音にひどく敏感となった。

対象を見逃さず、役目をこなす。

その腕を気に入り、傍に置きたがったのがアーノルドだった。


おかげで、ギャレット派の動きが活発な今、俺はそいつらを始末するのに走り回っている状態だ。

隙あらばアーノルドを手にかけようとする者があとを絶たず、正直骨が折れる。


邸宅にはほぼ帰れず仕舞いで、結果シャーロットは寂しがって離縁と言い出した。

構ってほしい、傍にいてほしいと想うまで我慢するとは、


『そんなに寂しがっているなんて、はぁクソかわいい俺のシャーロット。やはり傍に居てやらないと』

『ぜんぶ口に出てるけど?』


そうか。

なら、問題ないな。


『なら、そういうことだ。またな』

『いや、だからね?』


頭を抱えるアーノルドを見て、思わず舌打ちが漏れる。


『毎日かわいいだの好きだの言っているきみを帰せないのは申し訳なく思うが、奥方なら理解してくれるだろう?』

『…………』

『まさか、言ってないのか?』


言えるわけないだろう、俺がなにをしているかなど。

怖がって嫌われたらどうしてくれる。


『奥方はルーヴェルト家の一員だ。言っても問題ないのは知っているだろう』

『わかっている』

『それに、これは利害の一致だ。そうだろう?』


確かに、これは俺の利益にもなる。

だから、俺はアーノルドと手を組むことを選んだ。


シャーロットを守るには、ルーヴェルトの名は絶対に必要だ。

ルーヴェルト家の名はそれだけ影響力がある。この名がある限り、誰もシャーロットに手出しができない。


この名を守るために、俺はアーノルドの手足となることを決めた。

そのためにも、俺はアーノルドの“つるぎ”として、使命を果たさなければならない。


『ルキウス』

『……なんだ』

『ひとつ条件を飲んでくれたら、きみの要望に応えよう』


口角をあげて柔らかな表情をしてみせるが、目は笑っていない。

これは、よからぬことを企んでいるときの顔だ。


『はぁ……クソッ、いいだろう。その条件飲んでやる』

『ルキウスなら飲んでくれると思っていたよ』


笑みを浮かべて、肩を叩いてくるアーノルド。

思わず悪態をついてしまう。

断れないのをわかっていて条件を差し出すとは、アーノルドも大概人が悪い。

だが、これは悪くない条件だ。俺はこの条件を、逆に利用してやろう。

俺の頭の中は、それだけで占められていた。


「俺を本気にさせた責任とってもらうからね」


誰ひとりとして起きている者はいない深夜。

足音を忍ばせ寝室に入り、ベッドに歩み寄る。

目の前には、シャーロットがすやすやと寝息を立てて眠っている。


こうして彼女の寝顔を眺めるのは、はじめてではない。

結婚してから幾度となくしてきたことだ。

シーツの上を彩る桃色の髪を、指先に絡めて弄ぶ。

あの美しい、エメラルドグリーンの瞳を見ることが叶わないのは残念だが。

愛らしい寝顔を見つめながら、指先の隙間を通り抜ける柔らかい髪を触れるだけで満足だった。

彼女が離縁と言い出さなければ、俺はそれだけでよかった。


弄んでいた桃色の髪に、そっと口づける。

仄かに甘い香りが鼻孔をくすぐり、唇には羽根のような感触。自然と口角が上がっていく。


穢すことを、嫌われることを怖れて、触れることすら我慢していたのに。

俺の想いを試すほど、寂しかったんだな。

俺が愚かだったと、ようやく気づいた。

もっと、弱さをさらけ出して、醜い感情を俺に向けてくれ。


「安心してよ、シャーロット。ずっと傍にいてあげるからね」




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