7 肝試しの写真
あれは、私が小学校5年生だった頃のこと。
5年生全員で、自然豊かなN村にある山に
二泊三日の校外学習に行きました。
朝早くに集合場所に集まり、
先生の注意事項を聞いて乗り込んだ大型バス。
最初こそ、見慣れた建物が並ぶ平坦なアスファルトを走っていたのが、
徐々に建物が減り、とうとう田んぼだけになり、そして、がたつく舗装していない道を上り始めた時には、左右を木々に挟まれていました。
バスから降りると辺り一面木しかなく、聞こえるのは川の音だけ。
集合場所では汗がにじんでいたというのに
肺に入り込む空気は冷たく、
自然の出迎えを受けた私は、
山に呑み込まれるような感覚に襲われました。
ただ、
グループで飯盒を使ってご飯を炊いたり、
テントで寝泊まりするのは、
非日常的で楽しいもので、
すっかり山に馴染んでしまいました。
たしか、2日目の夜だったかと思います。
開けた砂利だらけの広場で
私達はキャンプファイアをしていました。
手遊びや歌などを楽しんでいるうちに
ごうごうと燃える炎が、徐々に弱くなってきて
辺りは闇にのまれていきます。
私は、ここが山の中で
電気がないことに気づき、だんだんと
心細くなりました。
空は雲が覆い、星の光さえなく
唯一の灯りであった炎が消えてしまい
すっかり真っ暗になってしまいました。
先ほどまでの楽しい雰囲気から一変、
重い空気が漂います。
それは、
キャンプファイアの後にある催し物が
原因でした。
「はーい。それではこっちに集まって
ください。肝試しをしますよ。」
予定表に書いてあった肝試し。
出発前までは怖いのが面白そうと
私達ははしゃいでいましたが、
真っ暗な夜の闇のせいで、意気消沈してしまっていました。
そこから怪談を聞かされて、
すっかり肝を潰した私達に
先生は山道を指差し
「あそこから入って出てきてくださいね」と
淡々と言いました。
指差した先は、洞穴のように真っ暗な
入り口。
「グループに分かれてください。
リーダーは懐中電灯を持ってますね。
必ずかたまって、
まっすぐ歩いてきてください。」
山道で迷ったら大変ですから、
先生は念を押してそう言いました。
グループごとに固まり、先生の合図で感覚を置いて山に入っていくのですが、
先に入った子達の悲鳴が聞こえる度、
自分の番に来る頃には逃げたい気持ちでいっぱいになりました。
合図を受けた私達が入ろうとした時、
背後から閃光が瞬きました。
振り返ると、後ろにいた先生の手に
インスタントカメラが握られています。
当時、まだ携帯のカメラの性能が良くなく
学校行事のカメラといえば
業者のごつい望遠カメラか、インスタントカメラでした。
今回はカメラマンが同行していなかったので
カメラ係は先生が任されていたのでしょう。
最後、現像して好きな写真を買うことが出来るので、思い出作りに大切なことだとは思うのですが、この時は、そんな呑気なことしてるなら一緒についてきてよ!と悪態をつきたくなりました。
山に入ると本当に真っ暗で、
小さな懐中電灯だけが頼りでした。
途中、先生が扮したお化けに驚きながら
距離は意外と短く、
最後には怖かったけれど面白かったなんて
言いながら、先に出ていたみんなと
合流しました。
最後の日は、引導してくださった
N村の方々にお礼を言って
バスに乗って見慣れた町へと戻ったのでした。
数日後、廊下の壁に
校外学習の写真が貼り出されていました。
ぱっと見て、私は少ないと思いました。
学芸会や運動会など、他の行事に比べて
全体的に写真の数が明らかに少ないのです。
子供ながら、あまり撮るようなことが
なかったのかな、と納得して、
写真を眺めながら山の香りを思い出していました。
話はとんで、私が中学生に進学し
家で母と雑談をしていた時のこと。
母は突然、
「あのね、あの時言えなかったことがあるんだけど。」と、話し始めました。
あの、校外学習が終わった後、
写真の現像を任されたのは、母が所属する
PTAのグループでした。
母達は、写真屋にインスタントカメラを
持っていき現像をお願いしたそうです。
暫くして上がってきた写真を
持ち帰って仕分けしていたところ
ある写真で手が止まりました。
自然の中でご飯を作る子供達の姿や、
キャンプファイアの燃え盛る赤い火が
写る中、
異質な空気を放っていた写真。
真っ暗な森の入り口前に立つ
子供達を写した写真なのですが、
何故か、彼らを横切るような真っ黒く
太い線が走っている。
それはまるで、ハケを使ってペンキをさっと塗ったような、影とも違う漆黒の線。
母達はざわつきながら、写真をめくっていきます。
驚くことに、その線はどの写真にも
写っており、しかも、時間が経つことに
線はどんどん太くなり、
最後には全体を墨で染めたような、
ただの真っ黒な写真となっていたのです。
指などの障害があって黒く写ったとか
そんなんではない、意図的に染めたような
真っ黒。
カメラの故障を疑う声もありましたが、
ただ、翌日の写真は通常通り撮れていたので
それは違うだろうと否定されました。
沈黙が包み、暫くして
これは元々なかったことにしよう、
と誰かが言い、その場にいた全員が了承したそうです。
私はそこまで聞いて、
廊下に貼り出された写真を思い出しました。
数が少なかっただけではなかった。
あそこには、肝試しの写真が1枚もなかったのです。
「肝試しの写真、なかったでしょ。
そういう理由があったのよ。」
母は目を伏せて、気まずそうに言いました。
校外学習の2日目の夜。
辺り一面を呑み込んだ闇のなかに、
一体何が潜んでいたというのでしょうか。
写真も何も残っていない今、
真相は分からずじまいです。
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