第27話 一生大事な物
診察も終わり病室で、綾人は一人夕焼けを眺めていた。
ドアをノックする音が聞こえたので茉莉だなと思い、大きな声で返事をしたが、意外にもドア越しの声は男性であった。
「こんにちは綾人君」
見たことがある。洞窟内で、とーちーを手当てしていた人だ。
「……自衛隊の方ですよね? 確か……田仲さん」
「覚えてくれたんだね、嬉しいよ」
洞窟内で起こったことは、“金”以外のことは全て話をしたはずなのに、また聞き取り調査に来たのかと警戒して田仲を見る。
「……あの……今日は?」
「ああ──、預かっていたものを君に返そうと思って」
「えっ!? 俺なんか預けてました?」
「いや……君のお父さんからだ」
お父さんという言葉に反応し、心臓の鼓動が早くなる。
田仲はバッグの中から、丁寧に包まれた袋を綾人に見せる。
「これは……とーちーの鼻うがいの袋……」
「あの地下で、お父さんから”大事な物”だから、拾ってくれと言われてね。ずっと持ってたんだが……あんな事があって返しそびれて……申し訳ない」
「……そうだったんですね」
「お父さん『絶対無くさないでくれ』って俺に言ってたよ。余程大事なモノだったんだね……。はい、綾人君。確かに渡したよ」
「あ……ありがとうございます」
「では、俺はこれで失礼するよ」
そう言うと田仲は綾人に向かって敬礼して帰って行った。
「とーちーの鼻うがいの袋……最後まで拾って欲しいなんて……まったく、とーちーらしいな」
袋を持ってニヤニヤした顔で眺めているとノックされ、今度は本当に茉莉が顔を出した。
「戻ってきたよー!!」
「あら? その袋どうしたの……」
「とーちーが最後まで大事にしてた袋だって、自衛隊の人が持ってきてくれたんだ。愛用してた鼻うがいの袋。中身は何にも入ってないよ」
「え──、見せて見せて!! ほんとに中身何もないね」
「あるのは、こぼれ落ちたお塩ぐらいじゃないかな?」
「確かにとーちー、その袋を大事にしていたわね」
「あれ!?」茉莉が不思議そうな声をあげる。
「これ裏返しじゃないの?」
「えっ、裏返しだって?」
「だって、こっち向けたらホラ……ねっ、絵が出てきたでしょ!!」袋の向きを変えて綾人に見せる。
「なんだろうね”ラクガキ”かなぁ? 綾人、何か知ってる?」
「こ、これは──」
綾人は茉莉の手から袋を奪い取りじっと見つめる。
蘇る記憶。
綾人の手は震え鼓動が高鳴る、ベット上の白いシーツに涙がこぼれ落ちて吸い込まれていく。
「綾人……どうしたの……!? 何、どこか痛いの? えっ、かーちーまで何で泣いてるの?」
「これは……あの……幼稚園の時の……」
──あの日。
幼稚園の教室では、マイバック作りが行われていた──。
袋に絵を描いて見せる園児達。
「先生できたよ──!」
「私も──!」
そんな中、綾人は一人で悩んでいた。「どうしよう……上手く描けない……」
先生は、ゆっくりと大きな声で園児全員に話をする。
「はーい! じゃあ今日作った袋は―、持って帰ってお家の人に見せてくださ―い」
先生に、見せて帰っていく園児達。
「先生さよなら──!!」一人
「バイバ──イ!!」また一人。
「あっ……みんな……うーん……もうこれでいいや!」
先生にサッと見せて、綾人は逃げるように教室を出る。
桜が咲く門の近くで、とーちーが待っていた。
「綾人、迎えにきたよ!!」
「む──!!」膨れっ面の綾人に心配そうに声をかける司。
「どうしたんだ!? 今日は工作で ”絵や布を貼ってオリジナル袋作ろう” で喜んで行ったじゃないか?」
「これ……上手く出来なかった……」
半分泣きべそをかき下を向きながら、とーちーに袋を笑われると思って見せた。
「うわー、いいよ、凄くいいよ、この袋!! この袋の絵が楽しくていいね。俺、綾人の絵大好きだよ。だって見ると元気になるもん! いいなー、羨ましいなー!!」
馬鹿にした笑みでは無く、幸せの時にでる満面の笑みをするとーちー。
桜の花びらを頭にのせながら話す顔は、本当に嬉しそうだった。
「だったらさ……とーちーにあげるよ」
「えっ、うそ!!」
「先生が自分で使ってもいいし、おうちの人にプレゼントしてもいいって言ってたもん」
そこで言ったんだ。
俺は確かに。
「一生大事にしてね」と──。
「する、する、俺の宝物にするよ! やったー、今日はいい日だ!!」
手を挙げて喜ぶ姿に、こちらも嬉しくなる。
「そうだ! 晩御飯は綾人の好きな ”ほうれん草チヂミ”にしてもらおう!」
あったかい笑顔を向けてくれる、とーちー。
「やったー、じゃあ家まで競走だー!!」
いつも、俺を愛してくれた。
本当の子供のように。
桜並木の下を走り出す二人。
「へっへーん! ここまでおいで!」
「わっ! ズルいぞ綾人、まて──」
全部思い出した。
その話をかーちーと茉莉にして、三人で手を繋ぎまた泣き出した。
いろんな思い出が次々と蘇ってくる。
幼稚園の卒業式、人数制限されて部屋に入りきらないから外の窓から見ててくれたこと。
家族旅行の車内でケンカしたこともあった。
一緒に泳いだことや探検ごっこもした。
飲食店でお味噌をとーちーが全部こぼしてズボンにタマネギがのってて大笑いしたっけ。
博物館や映画館、遊園地行くのに車ずっとを運転してくれたね。
家族でキャンプも行った、二人で浴びたレンタルシャワーが冷たすぎたのも覚えてる。
一緒に住んでからずっと、俺や家族を愛してくれたとーちー。
いつも四人でいたはずなのに。
ベッドの周りには、あなただけがいない──。
ああ──
とーちー本当に、“一生大事”にしてくれたんだね
俺もとーちーのように暴力を好まず
誰にでも親切に接して家族を愛せる人間になりたい
俺達を見守ってくれて、父親になってくれてありがとう
円城寺さん、野々原さん、拳也
救ってもらったこの命
みんなの分まで
大事に生きていくからね──
全ての出来事に納得をして、また一つ“夢”が生まれる。
太陽は沈んで、病室に灯りがつきだすと、袋を握りしめて綾人は──とーちー、もう大丈夫だよと顔を上げた。
「それにしても、なんで鼻うがいの袋にしたんだろうね」
綾人は一人ごとのように呟く。
「いつも持ち歩くのにちょうど良かったんじゃない?」
菜桜子が答える。
「とーちー、“超おぴうす”だね」
茉莉が最後にオチをつけると、
綾人は顔をくしゃくしゃにして大笑いした──
チャイルド・レイク 琵琶こと @biwakonomo
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