第22話 非暴力主義
順調な時ほど気をつけなきゃいけなかったんだ──。
嫌な予感はしていた。でもあの折れた足じゃ、絶対こんなに早くは降りてこられない。
なのに何故ここに現れるんだ。
あの、矢柄鉄が‼︎
「──死ね」
鉄が司のお腹を目がけて走り出し、包丁で突き刺そうとした時、突然の大きな揺れが再び起きた。
<グラグラグラグラ──!>
内臓を目掛けて刺そうとした鉄の包丁は、司の肋骨にあたって地面に包丁を落とす。
「──うっ! 胸に!!」
鉄を押し返し、声を上げて、その場にうずくまる司を、悪魔のような顔をして楽しむ姿に矢柄鉄という厄災が恐怖と共にこの場所を支配をしていく──。
「クソ、ズレたやんけ! けど、まぁええか……。おー、お──、痛いの──! 血がでとるのぉー!!」
「あの足で──こんなところまで歩けるはずは無いのに」驚きと動揺が痛みと合わせて襲いかかる。それでも司は胸に手を押さえて、鉄に抵抗するように目を逸らさずに睨みつけた。
「クックック! 不思議そうやな。……もともとワシの足は片方は義足なんじゃ」
ズボンを上げて、折れていたはずの義足を見せる。
「ハァハァ……なんだと⁉︎ あの時は……わざと折れてるように見せてたというのか……」
「あー、愉快。いや、ホンマに愉快いや」
悔しくて顔をしかめる司を見て喜ぶ鉄。
「ハァハァ……何でこんなことを……!?」
「何でやと……?」
鉄は包丁を拾って、服で汚れをぬぐい取る。
「決まっとるやろが──お前らみたい平和な普通の仲良し家族が、一番ムカつくからやないかい!!」
そう言うと、鉄は刺した胸を何回も蹴り続け、倒れている司に容赦なく痛みを与える。
「お前は何回も俺を殺すことができたのにな──。怖いんやろ。人に暴力を振るうのが──」
鉄は深い息を吐き、司の血で髪の毛を後ろにオールバックにする。
「いや違うか……お前は人を殴ることもできない、ただの臆病な野郎や……。ほら、ここ殴ってみい!」
そう言うと、鉄は頬を前に出し司を煽りだした。
「やめろ! とーちーに近寄るな!!」
対岸から叫ぶ綾人に鉄は、間髪入れずに叫び返す。
「じゃかましいわ!!」
目を細め包丁の刃こぼれがないか確認しながら叫ぶ。
「待っとけやクソガキ。お前の大好きな、とーちーさんを殺してやな……次は……綾人!! お前を細かくミンチにしてやるからな‼︎」
「なんだとぉ──」司は、ボロボロになりながら小さくつぶやく。
──大事な宝物を侮辱され、父としての憎しみと怒りが身体の底から湧き上がってくる。
守るべき存在を傷つけられるという絶望と、親としての本能的な怒りが心を燃え上がらせた。
<グラグラグラグラ──>
小さな余震が起き続き、天井からパラパラと岩が落ち始める。
「小さいからすぐにできるやろ!! ククク……」
「矢柄ぁ──! そんなことさせるか────!!」
綾人は目を疑った。
どんな時でも人や動物、物にすら手を挙げたことのない、あの平和主義者のとーちーが、綾人が殺されると予告された瞬間、完全に油断している鉄の頬を、固く握り締めた拳で思いっきり殴りつけたのだ。
鉄の顔が激しく歪む。
その瞬間、周囲の空気が一変し、静寂が支配する中で司にある父親としての怒りが痛烈に伝わってくる。
身体をそらし、ヨロヨロと後ろに下がると鉄は、地震の揺れもあってか、岩壁を背にあてながらずり落ちて、足を突き出すようにして腰を落とすと鉄が投げ出した足の上に、天井の一部が落ちた──。
「ゔぁぁぁ────‼︎ あ、足が──、アッ、アァァ──‼︎」
義足とは反対の足。
<ジャラジャラジャラ、カラン、カラン──‼︎>
お腹に巻いたサラシから“金”を撒き散らしながら、足を押さえて悶えて苦しむ鉄の姿から見て、今度は本当に足が折れたのだろう。
対岸から大声で綾人は叫ぶ。
「とーちー、とーちー! 大丈夫」
「ああ……」呆然と立っている司。
「どうしたのー」
「実は……初めて人を……殴ったんだ」
「見たよ、凄かった! 鉄が吹っ飛んでいったよ」
殴った拳を見ながら話す司は震えている。
「正当防衛だとしても……どんな人間であれ人を殴るのは……とても嫌な気分になるな……」
悲しい顔して話す司に、綾人はそれ以上声をかけることができなかった。
「矢柄は、誰にでも直ぐに手をあげていたけどアイツの中では、それが普通の日常だったんだろう。そう思うと、それを普通にした神様ってのは残酷だな……」
そうかも知れないな──と、綾人は鉄の状態を確認しようと見たが、その姿が見当たらない。
──消えた? どこだ、どこに行った⁉︎
──いた! 片足を引きずりながら歩く、後ろ姿が見える。
「とーちー! 鉄が、モドキの巣の方に歩いて行くよ!」
「放っておこう……あの足では、もう奴には何もできないだろうさ……」
あれだけ執着した“金”を拾うこともせず、壁に手をついて足を引きずり登っていく姿を見て綾人も頷いた。
「……ゴホッ!」司は咳と、ともに口から血を出す。
「とーちー、こっちロープ括ったよ!」
胸を抑え、その場にうずくまる。
「ハァ、ハァ、悪い綾人……少し怪我してしまった……先に行っててくれ……」
綾人は(まさか、さっきの傷が深くて動けないのかも……)と考えると司に大声で伝える。
「とーちー! 俺さっきのヘリから降りた人を呼んでくるから待ってて!!」
「ハァ、ハァ……頼む綾人……」司は綾人が走り出すのを見届けると、その場に横たわった。
──鉄はモドキの卵が並ぶ場所に少しずつ向かっていた。落ちた木を掴むと杖代わりにして歩くの止めないで。
「う……クソが……あの川を渡れるようにしよったら、殺そうと思ってたのに……クソクソクソ──!! ワシは負けん……いつだってそうや、 やられたらやり返すんや。……ハァハァ……クソが……足が思うように動かん」
モドキの卵が密集した場所に辿り着いた鉄は、持っていた木で殴り始め怒声を上げる。
「クソが、クソが、クソが、クソが──!! 何もかも、あのニ人が邪魔しやがって……。殺したる……、俺の命をかけても……。ハァハァ……死ぬのは怖くない、怖いのは負けることや……。フゥー、フゥー落ち着けワシ……」
鉄はお腹のサラシに残った、魚の形をした“金”を一枚を取り出し頬擦りする。
「ああー、大事な“金”がたったこれだけ……。“金”は良い……心が落ち着く……。人はすぐ裏切りよる……見た目は善人でも、裏では悪人ちゅうやつをアホほど見た──」
身を瞑り、数秒後に目を開く。
「この世で表裏のないもんは“金”しかない。“金”は表も裏も関係ない、“金”として存在価値がある!! 生まれて、ずっとクズと言われたワシもそうなるんや。嘘をつき続けるこの世界とはおさらばや! ワシは裏も表もないようになるんや──クズで、あり続けたる‼︎」
鉄はある覚悟を決めて“金”を天に向けると、顔を上にあげて口を開くと一気に飲み込んだ──。
<ブボッ──、ゴボッ、ゴクリ‼︎>
「ハァ、ハァ……あのクソ親子に、クズの生き方を思い知らしたる……。ハァ、ハァ……ワシの血を吸って生まれてこい!」
興奮状態に陥った鉄は、折れた足の痛みを感じないのか、自らの体を傷つけて卵に血をかけて回る。
スポンジが水を吸うように通路一面に広がるツタを通って卵は血を吸収し、ドクンドクンと脈打つと皮が自然にめくれ中からモドキが出ようとしてくる。
「ぐぅああ──化け物どもぉ────! ワシの“金”を奪う奴等を全て食い殺せぇ──────!!」
そして、その場にある卵に全てに血をかかるようにして、鉄は一番大きな卵の前に立つと抱きつくように倒れると完全に動かなくなった──。
大きな叫び声に頭を向け司は、異様な気配を感じつつ傷口を押さえ息を整えていた。
──綾人、助けを求めて行ってから、だいぶ立つが大丈夫だろうか。
「ハァハァ……。ううっ……この傷…… 動かすと出血が酷くなりそうだ……。ん……あれは! モドキだと!! こんな時に──」
手をついて立ち上がりモドキを迎え撃つ為、坂の降りぎわで塩の用意をしながら待機する。しかし司の予想を反して最初の一体の後から次々とモドキが現れる。
「な……なんであんなに沢山いるんだ!? まさか……鉄……あの男。パッと見ても三十匹はいる!? 先手必勝……やるしかない!!」
司はバックの中から何袋も塩を取り出す。
降りてきたモドキに投げつけるとすぐに溶けていくのだが、その後ろから次のモドキが粘着した体を前に伸ばして縮ませ進んでくるので一向に数が減らない。
<ズズ……ドロ……、ズ……ドロドロ……>
<ズズズズ……ズズ……、ドロドロ……>
「くっ、キリがない……!!」
後ろを振り返り川を見る。
「モドキはこの川の流れに逆らえず、そのまま流されていくはずだ! 早く浮き輪に乗って向こうにいかないと!!」
モドキ同士は隊列を作るようにして司を目指して進んでくる。
「次から次へと……、ん⁉︎」
通常モドキは水のように無色透明で、光や地形によって色が変わるみたいだが、その中に一体だけ血のような赤い色をしたモドキがいるのが気にかかった。赤モドキ……嫌な予感がする。
そう思いながら、司は赤モドキをめがけ塩を投げつけるように撒き散らした。
<ズギュ……ズズズズ……ズギュ!>
赤いモドキは塩を投げた瞬間、一瞬で後ろに移動をする。まるで両手でつかんだ輪ゴムの片方を離したかのように勢いよく戻っていく姿に驚く。
「嘘だろ? 避けやがった!!」
<ブクブクブクブク……ブシュ!!>
「うわっ、口から液体を飛ばしてくる! コイツは他の奴とは違う……くらえ!!」
<ズズズ……ズギュ……ズズズ……>
「今度は横に移動しただと!? あの色違いのモドキは危険すぎる!!」
<ズズ……ズズ……ドロ……ドロ……>
──その頃、綾人は走っていた。
足の痛みが増し、ひざはガクガクと震え始める。
肩から背中にかけての筋肉が重く、腕を動かすたびに鈍い痛みが走る。
頭の中には「もう無理だ」という声がささやくが、心の底から湧き上がる意地と決意で、その声を打ち消す様に走るのをやめない。
「ハァハァ……ハァハァ……ゴホッ……、ゴホッゴホッ!!」
空の上に見覚えがある機械が見える。
「ハァハァ……ヘリコプターだ! おーい、おーい!!」
ライトを空に向け、つけたり消したりしながら手を大きく振る綾人。
──空中に留まるヘリコプターから自衛隊員が、穴が開いた琵琶湖に生存者を発見する。
『んんっ! あれは!?』
『ガガ……、こちら213飛行隊! 陥没地帯にて生存者発見! くり返す! 陥没地帯にて生存者発見!』
『ガガ……、第一救難員は 至急、陥没地帯にいる 生存者確保に向かえ!! 以上!』
『ガガ……、杉坂、田仲向かいます!!」
地底に降りている自衛隊員は連絡を受け、素早い動きで綾人のもとに駆け寄ってくる。
「こっち、こっち、早くきて‼︎」
「自衛隊です。救助に来ました!」
「ハァハァ……両親が刺されて、血が出て、早く助けて!」
「ご両親はどちらに?」
「ゴホ、ゴホッ……川があるんだ、ケガしてるからボートがいるかも! こっちだよ!!」
「あっ、君待ちなさい!」
綾人は振り向きもせず、司の場所に戻ることだけを考え、もう一度走り出した。
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