第21話 クズと卵
その顔、その声、その態度。忘れるはずがない。
──矢柄鉄だ。
なぜ、なぜ鉄が生きているんだ? 綾人の脳裏には、モドキが待つ穴に落とされたことや、拳也と共に逃げたことが浮かび上がると同時に体中から出る汗が止まらなかった。湿度が高いからではない、鉄を見て冷や汗が後から後からふき出してくる。
「なんや、幽霊でも見た顔して!」
怒声をあびせ、眉間にシワを寄せて睨みつけてくる。
「なんでいるんだよ……崖から川に落ちたはずなのに……」
「だからなんじゃあ! 泳いだらええだけのことやないかい‼︎」鉄のドスの効いた声に、綾人は恐怖で身がすくむ。
〈ザザッ!!〉
司は素早く、鉄との距離を置き俺を庇うように間に入り、吸う空気が重く感じるような独特の間の中で、すり足で動きつつ一定の距離をとる。
いつでも逃げ出せるように鉄の動きに集中するように体を見ていると、全身傷だらけで、お腹の辺りに血が滲んでいる。そして最も酷かったのが右足首で180度反対を向いていたのだった。
「おい、矢柄! お前足が……大丈夫か!?」司は心配して声をかける。どこまでも優しい男だ。
「じゃかましいわ! 俺に触るな!! あの高さから落ちたんや色んなとこが、逝ってもぉてるわ!」
うかつに触ると、手を噛まれるような凶暴な犬のような顔つきに、綾人はさらに自分の体が萎縮するのを感じる。
「おい……そこのガキも聞け! 血の付いた手で卵に触れるな。ここの巣にあるのは全部あの化け物の卵やぞ」
「ここにある全てが……モ、モドキの卵⁉︎」
パッと見ても五十個以上はある。もしも、これだけの数のモドキが生まれたとしたらと思うと、二人はぞっとする。
「矢柄、お前はどうやってここに……」
唾を吐きすてながら、司の質問に答える鉄。
「さっきも言うたやんけ! 崖から落ちたワシは、水に流され続け、この先の場所で運良く岸に上がれただだけ。ホンマは空が見える対岸まで泳ぎたかったが、川の流れが早いから回り道を探してたら、ここに辿り着いた訳や」
血のついた手で、乱れた髪の毛をオールバックに直す鉄。
「ほんま気持ち悪い場所や。避けるように歩いとったが、偶然ワシの血が卵に落ちたら、卵が動き出して中からあの化け物が出てこようとしよった。だからワシは慌てて卵ごと引きちぎり水に流したったわ!! お前らも卵に血をかけんようにしろよ、共倒れはごめんやからな!!」
綾人は司にヒソヒソ声で話しかける。
「とーちー、信じる? ロープで括っておいたら」
「確かにそうだな……」
「ウッ……ブハッ!!」鉄は口から血を出すと卵につかない様に、壁をつたって移動する。
「フゥーフゥー、ワシに近づくな、 血がついても知らんぞ……」歩くというより、壁にへばり付いて移動する鉄を見て同情したのか司が話しをする。
「矢柄……お前はここにいろ。俺達が助けを連れてくるから」そう言って綾人を呼び寄せると、司は先を進もうと言ったので「そうしよう」と即答した。
鉄の横を通る時、司はもう一度声をかける。
「安心しろ。すぐ助けが来るからな」
「知るかボケ……早よ行けや……」鉄は顔を背けるように体の向きを反対に向けて呟いた。
──モドキの孵化場所を進み、坂を登り切ると地面は平坦になって、その先は下り坂に変わっていく。そして二人の足音に混ざるように水が流れる音が聞こえ始めてくる。
「綾人……今回は『鉄をなんで助けるんだ』って言わないんだな……」
「何いってんの……とーちーは、お人好しだから、きっと助けるって言うと思ってたからね」
綾人は両腕を組んで、フゥー、と息を吐くと司と目を合わす。
「“俺達はそういう性格だから”、でしょ!」
「ああ……そうだ。その通りだ!」
二人は拳を突き出し“コツン”と合せる。
傾斜になった坂を下り開けた場所に出ると、そこには山から流れる川の様に大量の水が流れて落ちている。
「えええ────!? とーちー、凄いよ!」
「コレは! 川ができているじゃないか」
琵琶湖の水が、今いてる場所よりさらに下の階層にまで流れているのであろう。地下は思いのほか大きいのかも知れない。もしかしたら、琵琶湖と同じくらいの地下が続いていることや、更に下には無数の階層があるかもと考えると、自分の世界観が変わるような大きな出来事に綾人は身震いをした。
「こりゃ、茉莉が言ってたムー大陸やアトランティス大陸を凌ぐ発見になるかも知れないぞ!」
司と共に興奮する綾人。
「琵琶湖の水が、こんなに流れても溜まらないなんて、最深部はどうなってるんだろう!」
「もしかしたら本当に地底人がいたりしてな!」
「ハハハ、何言ってんのとーちー!」
<グラグラグラグラ──>
盛り上がる話を遮るように余震が起きて二人は我に返る。
「感動している暇は無かったな、今は脱出の事を考えないと」司は、杖の代わりに使用していた木の棒を水の中に突き刺す。
「さっき矢柄が言ってた川か……深さは結構ある感じだな」
上流の方からは絶えず水が止まらず流れてくるのが見え、これは水が全て流れ落ち止まる事は無いなと判断した。
「対岸まで十メートル程だが、水の流れが少しあるため流されたら帰ってこれないかも知れない」司は考える(……どうする? 今の俺の足では泳ぎ切るのは難しい)。
綾人はカバンの中をごそごそと何か探して、先ほどの場所で見つけた浮き袋を取り出した。
「……とーちー、コレどうかな? この浮袋にロープを付けてさ……俺が向こうまで渡るってのは」
綾人の案に驚く司。
「何言ってるんだ綾人、それなら俺なら行く‼︎」
「とーちーこそ、何言ってんだよ!」綾人は反論する。
「その足じゃ無理だ。しかも泳ぎ得意じゃないだろ! 俺は水泳も習ってたし、浮き輪がなくても多少流されるだけで、コレぐらいの流れなら対岸にいけるよ!」
そう言うと、司の足を見る。
「足も本調子じゃないんだし!」
「しかし……」
「しかしもカカシもない! とーちーは俺を信じて!!」綾人は真面目な顔で司に毅然と言い放った。
「あ……ああ、そうだな……綾人ならできる……」それは司にとって見たこともない綾人が成長した姿であった。戸惑いながらも納得をするように司は自分に言い聞かせる。
「わかった! まずは浮き輪にロープを結び綾人に向こうまで行ってもらう。対岸にたどりついたら俺がロープを引き寄せ、浮き輪を取り反対のロープの先に石を付けて綾人の方に投げる。そのロープを流されないように岩に引っかけてくれ!」
「うん、もう一度だけ確認させて……」再度ゆっくり説明することで綾人は納得をする。
ことの重大さをわかっていた。ここで失敗したら、どちらかの命が必ずなくなるからだ。
何度も計画を確かめて、最後に司へお願いをする。
「じゃあ……悪いけど、とーちー浮き輪膨らませてくんない──」
司は苦笑する。「まったく……成長したのかしていないのか……その間、準備体操でもしとくんだぞ!」
「ヘへっ!」綾人は軽く笑うと水に触れて、水温を確かめたり、足首を回しだした。
その間も大量に水が流れていくのを見て、綾人は渡り切った、この先にも水が溜まっていないことを祈った。
「ふ──、できた! ロープも付けたしバッチリだぞ。危険を感じたら直ぐにロープ引っ張るからな!!」
「うん、とーちー頼んだよ!」
司がカチカチにロープを浮袋に括って渡すと綾人の体は震えているのに気づく(から元気だしやがって……震えてるじゃないか……何か綾人の緊張をほぐせないかな……)。
「……綾人!」
「な、何とーちー!?」
硬い表情の綾人に向けて両手の指を綾人に向け、励ます司の言葉。
「綾人、おぴうす──!」
キョトンとして目をぱちくりする綾人。
「なんでまた今……!?」
「ハハハ……いつも茉莉がやってたろ? だから俺も綾人を頑張れって応援したんだよ!」
「フゥー、とーちー……」頭を左右に振る綾人。
「あのさ『おぴうす──!』って茉莉のギャグだけど……アレ、何か失敗した時に、揶揄う言葉として使用するものだから……」
今度は司が目をぱちくりさせ謝る。「ええっ!! そうなの!? ご、ごめん……」
両手を上に上げ背筋を伸ばすと司に笑顔を向ける綾人。
「まったく……とーちーらしいや……。でも、なんか力抜けた。ありがとね!」
そう言うと、上げた両手で自分のほっぺたに軽く叩く。
「じゃあ、いくよ!!」
「気をつけてな。頑張れ、綾人!」
浮き輪を体に通して綾人は勢いよく水の中に飛び込むと、お互いの間にあるロープがスルスルと水に入っていくのを司は見つめ、いつでも引っ張れるように手をかけている。浮き輪があるから安心だけど 、急がなきゃ流される水量だ。
少しずつ下流に流されつつも必死に対岸向かって泳ぎをやめない。顔を出して息を大きく吸って手足を動かす。大丈夫いける。司の声が綾人に力を与える。
「いっけー、綾人──!!」
<ガシッ!>
最初に対岸に触れたのは右手だった。泳いでから分かったことだが、対岸に着く手前の三メートル位は綾人のおへその辺り程度に浅くなって立てることが分かった。
「やったぞ、よくやった──!」
「……ハァハァ。……やった……とーちー、やったよー!」
体から浮き輪を外し引き寄せる司に、手前の三メートルは浅くなっている事を伝える。
「了解した! 浮き輪引き寄せ完了!!」
すべて順調に進んでいる。川を渡る距離も短くなったし、この先の道にも水も溜まっていなく、無事脱出できるだろうと綾人は思う。
「よし! 後は、このロープを引き寄せて、石をくくって──綾人そっちに投げるぞー!!」
「オッケー、来たよ──!!」
「じゃあ岩にでも括ってくれたら浮き輪に乗ってそっちに向かうから!!」
そういった司の顔が、綾人よりもっと上のほうにして視線を送っているのに綾人は気づいた。
「ん……何!?」
「綾人見ろ! ヘリコプターだ!!」大声で叫ぶ司。
「人が降りてきてるぞ! 助けがきたんだ!!」
光が射す場所から人がロープをつたい降りる姿が見える。
「ほんとだ、自衛隊だ!」
ああ──、やっぱり順調だ。
もう、このまま自衛隊に助けられて無事に帰れるんだ。綾人は満面の笑みで振り返る。
「やったね、とーちー! 早くこっちに……き……!?」
司はニコニコした顔で、こっちを見ていた。
「とーちー、後ろぉ────!!」
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