第20話 夢と夢の違い

 あとは外へ出ていくだけだ──。しかし、そう思った、10分後には車を止める事になる。前方に照らすヘッドライトに自分達の体より大きな岩が山積みとなって照らされたからだ。


 車にずっと乗っていた為、体が楽を覚えてしまい歩くのが億劫になりながらも、綾人と司は車を降りて進める道がないか辺りを見渡していく。

 

「岩が崩れ落ちてて、とても進めそうもないな……車で行けるのは、ここまでのようだ」


「向こう側に行けないのかな」

 

 パッと見ても十メートル以上の高さに加え、途中で反り返ったように突き出す岩の山。司は積み重なった岩を見上げて到底登るのは難しそうだと判断する。

 

「とーちー、あそこの穴から風が吹いてるよ。向こうに繋がってるかも⁉︎」

 

 岩と岩が重なり合って、入り口のような場所が何箇所かできているが、どこが先に続くかどうか全く予想がつかず、一つ一つ中を確認して、向こうに繋がっているかを確かめていく。

 車から降りた時も思ったが足元に空き缶やプラスチックの袋が目につく。この辺りには、ゴミが溜まりやすいのか色々落ちている。


「どれどれ……入り口は狭いが中は、かなり広そうだな……」入り口に近づいた司は、ペタペタと石を触って、強度を見る。

「この洞窟は崩れ落ちる前からあるようだ。天井もしっかりしているし、風が吹いてるので無酸素ということはないだろう」

 

 奥に向かって石を投げてみると、岩に跳ね返る音が響き渡っていく。

「何もいなさそうだな」と司は中を覗き込むと、ずいぶん先に薄っすら点の様な光が見え、足を一歩前に踏み出す。


「とーちー、待って! もし崩れたらどうする⁉︎  ここで助けを待たない?」

かーちーと茉莉は無事に脱出できたのだから、そこまで危険を犯して前に進む理由はないと綾人は反対をした。

 

「その案も一理あるな。六番目のコテージでもあれば、そこで待たせてもらうんだが……。ん──それにしてもおかしいな……」車のメーター数を確かめに戻ると首をひねる司。

「道がそれたのか? 新しいコテージがあってもいい距離は走ったんだが……」 


「そういえばそうだね、結構走ったよね」

 綾人の周りに散らばるゴミの中から、水鉄砲を拾い上げる。 

「これなんか、まだ新しいのにもったいない。遠距離でも飛びそうな銃だなあ……あれ? ラベルに貸出品って貼ってある。レンタル用品かな?」


 司は落ちている道具を拾い上げる。

「おいおい……もしかしたら、俺達はもう六番目のコテージに到着しているのかも知れないぞ……。さっき起きた地震のせいか分からないが土砂崩れで埋め尽くされている可能性が高い!」


「じゃあ、ここにある物は……」


「コテージの宿泊者がレンタルしたものだ!」


「もしかしたら、このどこかの岩の下に、かーちー達の様にコテージごと埋まってるかも!?」


 綾人は全体を見渡すが、どこにあるのか、さっぱりわからない。


「どうしよう、助けなくちゃ!」


「しかし、これだけの岩を取り除くのは重機の力でないと流石に無理だ」


 司は、決意した表情で、綾人に同意を求める。

「このまま止まっていても何も変わらない、先に進まないか!?」


「他に抜け道は無さそうだし、中で生き埋めになってるかもしれない人のためにも注意して進むしかないよね」

 

「勾配の傾きから今後、水が溜まってる場所など危険な場所に行くことになるだろう。ここに落ちてる物で使えそうなものを集めて、早くこの位置を報告をして助けを求めよう」


「オッケー! この辺りで使えそうな物を探してみるよ」

 

 周囲に散らばるゴミに混ざって使える道具を見つけるために、お互いの姿が確認できる範囲で探すことにした。地震によって地面に用水路のようになった溝が出来ており、今も水が流れている。そこで落ちている物を洗って収集物を見せ合ってみることにした。 


「どうだ、何か見つかったか? これは必要だろ。何でも使用できるサバイバルの必需品の”ロープ”。後は、この花火の袋に入ってあった“ロウソク”の二つ。明かりにも使用もできるし、落ちてる木にでも乗せてお互い持っておこう」

  

「俺はね……ドーナツ型の浮き輪。コレも袋のまま落ちてたんだ。この先、前の池みたいな所があるかも知れないよね。今は、かさになるし袋のまま持参して必要時に膨らませるつもり。後は、この水鉄砲も持っていくよ」


「水鉄砲……何に使うんだ?」


「とーちー、お塩が余ってたら少し分けてくんない?」


「ああ、モドキがいるかもしれないから、半分は綾人に渡しておくよ」


「オッケー! 悪いけどもう少しだけ待ってくれない? いいこと思いついたんだ」


「わかった、五分後に洞窟の入口で落ち合おう」


「うん、じゃあ後で!!」

 

──司は岩の洞窟の前で待っていると、綾人が走って戻ってくる。

 

「よし、行くか……」司は穴の前で準備を始める。木の棒にロウを滴らし、くっつけて立たせて綾人に渡すと、もう一つ自分用に作る。

「ロウソクには洞窟内の酸素を調べる利点もある。酸素が減ると炎が小さく、ガス等があった場合には炎が大きくなる。どっちになっても、その時は迷わず後退しよう」


「そうなんだ、わかった!」

  

 車のライトとは違い、ろうそくの光で進む洞窟の中は、壁面に張り付いた光る苔のおかげもあって、月夜の晩にぼんやりと光る提灯みたいに洞窟内を照らし出した。

 

「中はもっと湿度があると、思ってたけど風のせいか、カラッとしてるなぁ」

 

「うん、岩も他の場所と比べると 全然触り心地が違うね……初めて触れる感触だ」

 

「おっ、綾人もわかってきたな。言うじゃないか、ストーン綾人よ!」


「ストーン綾人って……」


「ハハハ! 冗談、冗談」

 

──心のつらさを和らげようとしているのか、明るく振る舞う司のおかげで、暗闇で光るロウソクの火を見るように安心した気持ちになっていく綾人。

──時々、振り返り、ロウソクの光が綾人の顔にあたるの見て、幼き綾人の誕生日を思い出して、いつの間にか大きくなったなと感傷に浸る司。

 二人は互いを励ますように話しながら歩き続ける。

 

「……とーちー、とーちー! 聞こえてる!?」


「ああっ、ごめんごめん! 考えごとしてた……」

 

「ねえ、あそこら辺の岩さ、 動物みたいな形してるね」


「そうか? どれどれ……ん!? うわあああ──!! こ、これは、ゾウの化石!?」


「ええ────!!」


「綾人……この大きさ。間違いないゾウだよ!」司の興奮した熱気がこっちまで伝わってくる。

 

「凄いぞこれは! 少し下がって全体を見てみよう。……って……おいおい、マジかよこれ……。ナウマンゾウやアケボノゾウ。シガゾウにミエゾウ。 それにトウヨウゾウにそっくりなゾウがいたる所にいるぞ!!」

 

本当にゾウが好きなのだろう。早口でまくし立てる司に綾人は黙っているしかなかった。


「……このゾウはなんだ? も、もしかして!! まだ琵琶湖に棲息していたと確認されていない、あのツダンスキーゾウなのか⁉︎」


「ちょっと、とーちー! ゾウ!? なんで琵琶湖にゾウなんかいるの?」


「かーちーが昔、大学で古生物学を学んでいてさ。来る前にも家で話してたんだが、写真付きで琵琶湖にもゾウがいたと教えてもらったんだよ!」


「それで、やたら詳しいのか……」


「詳しいと言っても名前を知っている程度だけどな。かーちーの話じゃ、琵琶湖の周辺じゃ何百万年以上のゾウの化石が発掘されているんだってさ!」象に顔を近づけて繁々と見つめる司。

「しかし、何種類も同じ場所になんて誰が信じるんだよ……。しかもこんなにハッキリしたゾウ全体の化石なんて……ハハハ……世紀の大発見だぞ……」


「……でもさ、琵琶湖の下に、こんなに化石があるなんておかしくない?」


「そうだな、普通なら雨風によって腐敗してしまうが状態が良すぎるな……。綾人、また俺の仮説を聞いてくるか?」


「まぁ、いいけど……」綾人は渋々返事をする。


「琵琶湖が湖になる前の話しだ。象の墓場って知ってるか?」綾人は首を横に振った。

「都市伝説と言われているが、象は死ぬ時期になったら自ら『象の墓場』と言われる場所に移動する」


「そんな場所がほんとにあるの?」


「そこでは数多くの象が集まり最後を迎えるが、腐敗が始まる前に地震等によって岩や死体が流れ込んで積み重なる。先に死亡し腐敗を始めていた象によって酸素がなくなった、その上に蓋がされるように泥水が覆いかぶされ固まることで、今、俺たちが立つ地底が出来上がる。そしてまた、土や岩が覆い、その上に雨が降り水が溜まって完全に酸素が遮断され、ほぼ無酸素の洞窟が誕生して状態の良い化石が保たれていたと考える」

 

「そんな偶然ってあるの……!?」


「世の中の変わった出来事はほとんど偶然だ。そして、この話はあくまで俺の考えた話だから話半分で聞いてくれよ。まあ、なきにしもあらずってな」


「なんかよく分かんないけど、お皿の上で死んだゾウの上に土とか砂が覆って固まって水が溜まるようになった感じ? その水が琵琶湖の水ってこと?」


「そうそう、そんな感じだかな。それよりも……まさか琵琶湖の底の底に象がいたなんて夢ありすぎるだろ!」目を見開いて興奮する司。


「他人の趣味にケチつけるわけじゃないけど、化石の何処に魅力を感じるの?」


「化石を見てさ……思うんだ。『昔はこんな変わった恐竜がいたのか』『この時代の環境はどうだった』とか見たことない魚、昆虫、植物、鳥なんかを考えるだけでワクワクするのがいいんだよ! 化石だけに限らず、 ”興味を持つ”ということは大事なんだぞ。人は”興味を持つ”事によって詳しく調べたり、行動する原動力になるしな」


「そんなに興味が持ったら大変じゃないの?」


「確かに全て”興味を持つ”ことは不可能だけど、もし綾人が“面白そう”と感じたものには、 きっと何か縁がある。そんな時は俺も手伝うから勇気を出してチャレンジしてみような!」

 

 急に司のスイッチを押してしまったようで、困惑した表情で司を見つめる綾人。

 

「そんなに考え込むなって! もし失敗しても次に、またその失敗は生きるからな。俺なんか失敗してばかりだけど、こうやって生きてるしな、ハハハ……!」

 司が声を出して陽気に笑う姿を見て綾人は──まったく、いつも最後でおちゃらけるんだから、真剣に聞いて損したと思う。

 

「それにしてもまさか、 こんな場所で俺の“夢”の一つである。化石を見つけるという“夢”が叶うとは思わなかったよ」


「へ──、とーちーそんな“夢”持ってたんだ」


「ハハハ、俺は沢山“夢”があるからな。綾人は何か“夢”はないのか?」


「うーん“夢”か……」


「まだ見つかってないみたいだな」


「そうだけど、そんなに皆んな考えているものなの?」


「“夢”は風に流されながら形を変えていく雲の様なもの。焦らずとも知らないうちに形が作られるもんだから心配いらないさ」


 綾人は頷いてゾウを眺める。

 大きい目だ。ここがゾウの墓場なら最後にこのゾウ達は何を思って歩いたんだろう……。円城寺さんのように自分から覚悟して歩いたのだろうか……。そんなことを考えていると、ゾウは動き出したかの様に揺れ出し始めた。

 

「えっ! 生きてる? ……いや違う地震だ‼︎」

 

<グラグラグラグラ! ゴゴゴゴゴゴ──!>

 不意に始まる地震に閉じ込められる恐怖感が蘇る。

  

「とーちー、早く進まないと生き埋めになるかも!」

「くぅ──! もっと長く見たかったが仕方ない先へ進もう!!」

 この場所にとどまってはいられない。司は残念そうに何度も振り返りながら出口に向けて歩き出した。


「ハァハァ……フゥフゥ……」揺れも落ち着いて先を見る綾人。

 出口からの光は、かなり近づいているが、上り坂のため黙々と登る事になり、また綾人は考えてしまう(“夢”か……そういえば、夏休みの宿題の作文まだ終わってなかったなぁ。前から思ってたんだけど“夢”ってなんなんだろうな……)。

 

「とーちー、寝た時にみる“夢”と 将来の“夢”も同じ漢字だけど、意味が違うよね!?  なんで同じ漢字なんだろう」


「確かにそうだなぁ……少し違うけど一緒みたいなもんだと思う。また俺の勝手な話だけど聞いてみる?」


「うん、言ってみてよ……」


「“夢”って漢字は、眠る方の“夢”が先に誕生したと思うんだ。なぜかというと昔は、今より自由が少なかったのは知ってるよな。それは差別や戦争で自由な考えや行動をとることを制限されていたから、そういう時に、せめて眠る時ぐらいは誰にも縛られずいたかったんだろう」

 一呼吸ついて話しを続ける。

そんな希望や憧れ……あんな場所に行ってみたいなど叶えたい思いが集まって“夢”という言葉が生まれた。だから眠った時みる“夢”も、 将来の“夢”の両方とも大まかな部分は似ていて”今は叶わないけど、 いつかは叶えたい目標”という意味では、同じなんじゃないかな」

 

──“夢”とは”今は叶わないけど、 いつかは叶えたい目標”か……。ふと、円城寺さんの言葉が蘇る『琵琶湖を嫌いにならないでね』の言葉を。

 この琵琶湖の底に落ちた時、もう二度来たくないと思ってたけど……脱出して大人になったら…… もう一度 、とーちーと“探検”してみたいかな……。

 綾人はハッとして思う(これも“夢”なのかもしれない)。

 

「うん……俺の中の“夢”が少し形作られてきた気がするよ!」

 

「おぉ──!! もしかして、同じクラスメイトのイナちゃんと、付き合いたいという“夢”か──!?」司はにやけた顔で綾人をからかう。


「ハハハ……とーちー……。ボッコスーぞぉー、こっのやろー」綾人は音程をつけ真顔で言いかえす。

  

「わわっ、ごめん! 笑顔で歌いながら怒らないで! 綾人様、調子にのりました……すいません」


「フー、まったく……すぐ調子にのるんだから……」


「ハハハ、メンゴメンゴ……!?」

ようやく岩穴から外に出られることになり、笑顔になっていた司の顔が曇る。

「……綾人、ちょっと待て!!」


「な、なんだよ、急に」


「この先……なんか変だぞ!? ここは……なんだ……?」


 ひらけた場所には、異様な光景が広がっていた。

 横に広がる大きなビニールハウスのような半月の洞窟には、野菜を大きく育てているかのように、“大きな卵”がびっしりと並んでいる。ツタの様な物が地面から天井にまで絡まり、卵へと地中の水分を吸い取っているようにも見えた。

 

「と、とーちー何これ……生き物の卵のように見えるね……」綾人は恐々とした声を出し、近くの卵を見ようとしたその時、岩影の後ろから聞きたくないドスの効いた声が聞こえてきた。


「おいコラ、迂闊に触るな! それは、化けもんの卵やぞ!」


 綾人と司は同時に声を出す。

「お、お前は!! 矢柄鉄──────!!」

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