第23話 俺の息子
綾人が自衛隊員を呼びに行く間、司は次から次へと湧いて出てくるモドキの群れによって、背後の川まで、残り少しと追い込まれていた。
「とやっ!!」迫ってくる通常モドキに向かってタイミング良く塩を撒き溶かしていく。
<ズズ……ドロ……ドロドロ……>
「ハァ、ハァ……塩が残り少ない……。なッ⁉︎ あの赤いモドキは何を?」
<ズズ……ビチャ……ズズズズ……>
色の濃い赤モドキは通常モドキに覆い被さるように包み込むと、水と水が合わさって質量が増えるるように体長が伸びていく。
「……まさか⁉︎ 他のモドキを取り入れて成長してるのか⁉︎」
<ブシュ、ブシュ!>
まるで水風船を投げるように赤モドキは、体から粘着状のゼリーに似た塊を無差別に飛ばしてくる。飛んでくるスピードはそれほど速くはない。
しかし司は地面に落ちたその上を通る通常モドキの動きが遅くなるのを見逃さなかった(──赤モドキは通常モドキを体内に取り込み、獲物を獲るために粘着物をまき散らしている。つまり俺に向かって吐き出す為に取り入れているんだ! まるで飛び道具じゃないか)。
<ブシュ、ブシュ!!>
「ハァ、ハァ……また、飛ばしてきやがる」非常にまずい状態だった。赤モドキさえいなけれ何ごともなく川を渡れるはずだったのに。
<ズズ……ズズズズ……!!>
「ううっ……塩があとニ回分しかない……。確実に決めないと」
<ズズ……ビチャ……ズズ……!!>
赤モドキは大股で歩く様な速さで動くため、狙いが定まらない。
<ズズズズ……ビチャ!!>
「ダメだ、速い!!」
他のモドキを飲み込み進む赤モドキは取り入れる時だけ、動きが一旦止まるため、そこを狙う。
「今だ、くらえ!!」
綺麗な放物線を描く勢いよく塩を撒くだが赤モドキには届かなかった。
<ズズズズ……ドロ……ドロ……>
「な……なんだと!? 横から違うのが飛び出てきただと……」
偶然なのか通常モドキが、横から赤モドキの盾になるように飛び出してきたのだ。
「なんて事だ……塩が残り一つ!」焦ってしまいバッグの底に引っかかって上手くとれない。
<ブシュ、ブシュ!!>
赤モドキ以外は近くに通常モドキの姿はない。
だが坂の頂上からは次のモドキの軍勢が降り出して来る前に何とか川を渡らねばならないという焦りと、休む間も無く飛ばしてくる攻撃に司は集中力を切らして、赤モドキが吐き出した塊の上をうっかり踏んでしまう。
「しまった……足に!!」
その場に倒れ込んだ司は、急いで振り返る。赤モドキは司が動けないのを確認するかのように、真っ直ぐに進み出す。
<ズズ……ズズズズ……>
「ハァハァハァハァ……まだ通常モドキがいない今がチャンスなのに……指が震えて塩が上手くバッグから出ない」
<グパアァ──────!!>
赤モドキは体から口と思われる部分を開け、粘液とも取れる液体を垂らす。体を広げ通常のモドキ全体を飲み込むように司を覆い被さろうとした。
「く……喰われる! ここまでか──」
──その時、司の後ろから赤モドキを目掛けてに何かが飛んでいくのが見えた。その何かに当たった部分は食塩ほどのスピードでは無いが、溶け始めて赤モドキは動きを止めた。
後ろを振り返ると川に体を半分まで浸け、綾人は水鉄砲を赤モドキに向けて発射している。
司に迫る危機による焦りか、狙いがブレて何度か司にも当てながら乱射し続ける綾人により、赤モドキは司の方に向わず後ろに後退した。
「これは一体……」
思わず口に出した時、綾人の声がはっきりと聞こえた!
「とーちー、塩をかけるなら今だ!!」
「お、おう!!」
綾人の声を聞いたと同時にバッグに手を入れ直す。水鉄砲が赤モドキの動きを止めるのには十分すぎる行動だった。
「くらえモドキ────!!」落ち着いて取り出した最後の一袋を赤モドキにかけると通常モドキと同じように体を溶かしていく──だが、その場でとどまらず溶けながらも司に向かうのをやめない。
それを見た綾人は必死で赤モドキに向かって溶け切るまで、水鉄砲を空になるまで発射を続けた。
そして──赤モドキの体が完全に溶け液体が広がる地面には、まるで岸に打ち上げられたように“魚の形をした金”が一枚落ちていた──。
綾人の喜ぶ声がする。
司は顔にかかった水鉄炮の液体の水を舐めると顔を歪めた。
「ハァ、ハァ……しょっぱい! そうか……あの時拾った水鉄砲に塩水を入れたんだな……」
右手をグーにして拳を上げ、司に向けてドヤ顔でいた綾人だったが、次第に表情を一変させ叫びだした。
「とーちー、早くこっちにきて! モドキがまた降りてきてるよ!!」坂を下り押し寄せるモドキの群勢から逃げるため川を渡らないといけないが、立とうにも力が入らない。
〈ゴフッ!〉また血が口から出る。
「ウゥ……くそ……身体が思うように……動かない」
〈グラグラ──! ゴゴゴゴゴゴォォ────ン‼︎〉
地震の回数は増え続け、地底内部に変化が出始める。
地面の揺れと共に天井に亀裂が入り、大きな岩も落ち出しはじめると、穏やかだった川に流木やゴミが混ざり流れ出す。
綾人も司と同じことを考えていた。──この場所さえ渡り切ればモドキは川の流れにかてずに乗り切れるはずなのに。ただ、司が怪我した足では渡る前に追いつかれてしまうと──。
痛みによる苦痛の表情を隠すように司は顔を歪める。それを見て、今度は命綱なしで川を越えようと決心し、司の返事を待たず綾人は行動する。
「とーちー、待ってて! 今そっちに行くから!!」
「ま、待て綾人!」
「うおお────‼︎」足が届くまで歩くことで、残りの泳ぐ距離が短くなったが流れてくる浮遊物を避けることよって、一層の体力を奪われていく。それでも綾人は全力で泳ぎ、それほど下流に流されることなく渡りきる。
「ハァハァハァ! とーちー、助けにきたよ……」
川から上がった綾人は、全身ずぶ濡れになったまま司に駆け寄ると、まとわりつくの髪の毛をかきあげ、にっこりと笑った。
「バッ……バカやろう……。俺なんかの為に……無茶しやがって──」司は嬉しかった。動けない自分のために体を張って泳いでくれた綾人のことが。
だからだろう、嬉しくて嬉しくて大粒の涙が溢れ出すのを堪え切れない。
「ハァ、ハァ……綾人……。も、もう手持ちの塩がつきた……見ろ……モドキが次から次へと湧いている……」
ロウソクが溶けて落ちるように、ゆっくりと坂を降りてくる通常モドキの群れ。
「なんであんなに……」
「ウッ……ゲホッ、ゲホッ!!」
「とーちー、血がひどく出てるじゃないか。大丈夫……ここで待ってて!」
「……⁉︎ 今なんて言った?」司は綾人に聞き直す。
「もしもの為に、 塩水銃ここに置いとくから!」
「お、おい……何言ってるんだ。やめろ綾人! 危険だ!!」
「……何言ってんだよ! 俺は塩をまだ持っていて動ける。それにモドキと戦ってきた、とーちーの姿を隣で見てきたんだ!」
迷いのない声ではっきりと言い放ち、一呼吸ついて綾人は力を込めて司に伝える。
「今度は俺が戦う番だろ!!」
司は何も言わなかった。いや、綾人の決意に何も言えないでいた。
「だから、心配しなくていいよ──」
塩水銃を司の横に置く。
「じゃあ……いってくるね!!」残りの塩袋を手に持つと綾人は走り出した。
司は今すぐにでも追いかけることできない自分に不甲斐なさを感じながら、綾人の背中を見つめるしかできない。
「ハァハァ……綾人!」
──綾人がモドキの群れの集中する場所に辿り着いた頃、川を渡り自衛隊員が司の元に辿り着く。
「救助に来ました。大丈夫ですか!!」
男は杉坂と名前を告げ、司が震え指差す方向を見る。
「うっ!! なんだ……あの生き物は……!?」
司は杉坂の服にしがみ付き、必死に懇願をする。
「ハァハァ……頼む! あの子を……あの子を助けてくれ。命にかかわるんだ!」
「猛獣の類か⁉︎ 銃を使用しないと……」
「ハァハァ……その銃じゃだめだ!」大怪我をしている体で息を詰まらせ、震える手で水鉄砲を杉坂に手渡す。
「聞いてくれ……。あれはモドキといって……モ……モドキには塩が弱点だ。ハァハァ……こ、この水鉄砲には塩水が入っている……。綾人を……息子を援護してやってくれ……ブホッ!!」
大量の吐血と出血に戸惑う杉坂。
(お腹からの出血が酷い。いますぐ手当しないと命にかかわってしまう!)
「杉坂3曹、お待たせしました!!」
杉坂の元に後輩である田仲士長が到着する。
「負傷者が渡れるように段取りを終え簡易ボートの準備完了。いつでも川を渡れます!!」
杉坂は直ぐに返事を返す。
「負傷者は腹部の損傷が酷い。田仲は手当及び衛生部隊の応援を頼む!!」
「はい!」
「俺は少年の救護及び、化け物を退治に向かう!!」
「何ですって……化け物?」遠目に髪の長い子供が、水の塊の様なものに何かを投げているのが見えた。
「あれは何なんです……⁉︎」絶句する田仲に指示を出す杉坂。
「詳しい話は後だ。お前は人命救助を優先して川を渡れ。命令だ!」
杉坂の口調から危機迫る状況と判断した田仲は二つ返事をすると司に移動の説明を始めた。
「この川を渡った場所に医療資器材バッグがあります。そこで手当てをしますので、どうぞ、私にお任せください!」
話しながら司に身体を動かさないように指示する。一眼見て傷口からも重傷であるのが分かるほどの出血であったからだ。
「ハァハァ、ハァハァ、少し待ってくれ──」司は途切れ途切れの口調で話しをする。
「どうしました!?」
「そこの……袋拾ってくれないか……とても……大事な物なんだ……」
田仲は、これ以上無理をさせられないと袋を丁寧に拾い上げると「一旦お預かりしますね」と、自分の服のポケットに入れる(話すのだけでも苦痛なはずなのに……)。
それを見届けた司が、安心した表情をするのが田仲にも分かった。
「ハァハァ……。なあ……あんた……み、見てくれよ……。ハァハァ、あいつ……綾人を……」
「化け物相手に戦っている、あの子供ですか?」
「あいつ……あいつまだ……十二歳なんだぜ……。ハァハァ、すごいだろ……。お、俺の自慢の息子なんだ……」
司は咳き込むと口から大量の血を吐き出した。
<ブホッ、ゴホッ、ゴホ!>
「確かにすごいです──。さあ、息子さんの為にも先ずこの場所を移動しましょう!」
司は軽く会釈するように頷いた(口からも血が出ている、このままここにはいられない!)。
「──えいっ!!」塩を放物線を描くように投げる綾人。
<ズズ……ドロドロ……>
痛みを感じない生物なのか、進むことしかしないので狙いやすい。
「さぁ次、こい!!」
溶けたモドキの後ろからまたモドキが現れるので、徐々に後ろに下がりながら投げ続けていた。
<ズズ……ズズ……、ドロ……ドロ……>
「ハァ……ハァ……分かってたけど数多いな……」
(全部を倒そうとは思わない、とーちーが川を渡るまでの時間が稼げればいい)
チラリと(渡ったかな)と後ろを見たのが一瞬の判断ミスだった、石に足を取られ倒れ込む綾人。
「しまった!」
モドキが綾人に覆い被さろうとした時、何かがモドキに発射されてゆっくりと溶け出した。
「これは塩水銃! まさか、とーちー⁉︎」後ろを向くとヘリから降りてきた、あの自衛隊員が立っていた。
「お父さんから借りてきた! まさか本当に化け物に効くとは……」迫り来るモドキに照準を合わせながら自衛隊員は綾人に話を続ける。
「お父さんは対岸に移動された。ここは私に任せてボートに向かいなさい、私も後から追うので!!」一定の距離を保ちつつ塩水をモドキに放つ。
<ズズズズズ……ドロドロ……ドロ……>
正確にモドキが溶ける最低量で発射する杉坂を見て、綾人はこの人なら任せられると全ての塩をポケットから出す。
「は、はい!! これ、予備の塩です。直接かけると早く溶けます、使ってください!」
綾人は、杉坂のポケットに無理やり押し込むと走り出した。
髪をなびかせボートの方に走る綾人の後ろ姿を見る杉坂(あの子……どう見ても、まだ子どもじゃないか……。それなのに、こんな恐ろしい化け物と一人で……)。
<ズズズズ……ズズ……>
「ここは通さん!!」
迫るモドキに杉坂は声を大にして塩水を発射した。
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