第18話 死んだらどうなるの?

 さっきまで隣にいた拳也が、暗闇の中、真っ黒な川底に落ちる。

 あっという間の出来事。綾人の心は凍りついたように茫然と立ち尽くし、川の流れに吸い込まれていく拳也の姿を見つめるしかない自分に苛立ちと恐怖が押し寄せて、闇に包まれた川底が、まるで無限の深淵のように見えた。


 頭を抱え込み髪を掻きむしる。息つぎをするのも分からない。喉の奥から出す言葉は続かず、かろうじてだせるのは短音だけ。

 

「あ……ああ……ああ……あ────!!」

──もういやだ、もういやだ、もういやだ‼︎ 頭の中で何回も反復する声が響く。

「死んだ……拳也……拳也が! うああああ────‼︎」


司は綾人の両肩を掴み呆けてしまった綾人に何度も呼びかける。

「……や……と……!」

「……綾人……見ろ……」 

「綾人、俺を見ろ!!」

 

──瞼の開け閉めを繰り返して、綾人のうつろな目が焦点があうようになると、息を出してばっかりで吸うことをしなかったため、呼吸がうまく追いつかず激しく咽せた。

「ハァハァ、 ゴホッ! ゴホッ、ゴホゴホ! と……とーちー……」


「助けることが出来なかった……。俺がもっと早く起きていれば──」

 受け入れ難い真実に、どうしたら良いかもわからないでいる綾人を抱きしめて司は悔やんだ。

 

「うう……け……拳也が……」

「ああ……わかってる、わかってる……」


 泣いて、泣いて、泣くことに疲れて、考える事の余裕が生まれると、つらい時に誰かが、側にいてくれるだけで心の波が少し穏やかになっていく。

 しかし、すぐに拳也の事を思い、落ち着こうとする感情を上回って、繰り返すよう悲しみと後悔の念が共に押しよせる。

 

「ごめん、ごめんよ……拳也……もっとあの時、引き止めていれば……」

 綾人は、その時初めて気づいた。この場所にきて、何回か人の死に立ち会って自分が知ってる人と知らない人の死に『悲しみの度合い』が違う事を。


<ゴゴゴゴゴ……ゴォ──ン! ズドォ──ン!>

 洞窟内を揺さぶりながら大砲のような音が体中全体に響き渡ると、あちらこちらで天井が落ちる度に振動音が伝わってくる。


「ううっ……うわっ!!」咄嗟に司は綾人を守る様に動く。

 悲しむ綾人達を忖度せずに地震が起こる。天井から小石や砂が落ちて肩に当たるのが分かった。

 綾人も司も、この場所にも長居はしていられないのを察する。 


「この地震、大きいぞ!!」

 グラグラと足元が大きく縦に揺れた後、激しく横に揺れて、掴まるものもない二人一緒に倒れ込んだ。

 

〈ドサッ!〉

〈ズササッ!〉

 

「いてて……あっ!」


 ──それは本当に偶然だった。

 

 司が倒れた時に、ちぎれた拳也の腕が転がり、その手は──遠くの方に向かって指をさしてるように見えた。

 

「え……?」

「あ……綾人! あれを見ろ!!」

 

 次第に揺れもおさまり、見上げた先には、土煙で真っ黒な天井から一本の光の筋が落ちている。

 

「光だ……光だよ! 光が漏れてるということは、もしかしたら出られるぞ‼︎ さっきの地震で天井の岩が落ちたんだよ。綾人……あそこまで行こう、電波が通じるかも知れないぞ」

 

 悪い事と、いい事が一変に起こって、どうしたらいいのか戸惑う綾人に司は声をかける。

「辛いことだが、俺達を救ってくれた拳也のためにも進まなきゃ行けない」


 綾人は両腕で涙を拭う(拳也は、腕だけでも俺達を奮い立たせてくれたのかも知れない)。

「……行くよ……俺」

 

 司は頷くと岩にぶつかった車に異常がないか足回りや外装を調べ始める。

「ボディがヘコんでるだけで車は問題なさそうだな」ドアを開け中を見ると鍵が、ついたままになっていて運転席に座ってクラッチを踏みキーを回す。

<キュルキュル……ブォーン!>

「よし、かかった!!」

 車の外装はガタガタ揺れているが、エンジンは正常な音を発しているのを確認して、司は割れ残ったフロントガラスで切らないように残った破片を取り除くその間、綾人は土を掘ると拳也の残された腕を埋葬を始めた。


 どちらも自分の仕事を終えると、二人で拳也に別れを告げる。


「拳也……さよなら」

「ありがとう……拳也君」


 手を合わせ言葉をかけ終わると車に乗ると、綾人は走り出す前から体を後ろに向け、拳也の墓が見えなくなるまで見つめていた。


<ガタン、ガタガタ……>

 でこぼこの道を進む、砂埃をあげ道無き道を走り出す車内。綾人は司が眠っていた時間に何が起こったか簡潔に伝えた。


「──ありがとう。俺の為に、ありがとう。しかしまさか……野々原さんがここにいたなんて……」

 大粒の涙を流した後、司は頭の中を整理するように沈黙を続ける。


 ──淡々と走る車。 車はノロノロと運転しながら進んで景色はほとんど変わらない。時折、大きな穴に嵌っては無理やり脱出を繰り返す。

 

 ぼーっと車に揺られ綾人は命について考えていた。もともと綾人には考え癖がある。電車やバスで強制的に移動する時や、小学校までの通学路や体育館で校長先生の話を黙って聞いたり、ずっと同じ行動をしているとつい無意識に何かを考えてしてしまうのだ。


「……とーちー」

 

「……どうした綾人」

 

「……人は死んだら何処に行くんだろう」


「……」


「……天国や地獄にいくのかな」


「……」


「……死んだら何もかも終わっちゃうのかな」


「そうだな……俺も昔、同じことを考えたことがある」


「……」

 

「なあ綾人……“心”って、どこにあると思う?」


「えっ!? なんだよ急に?」

 

「そこを決めていると話がしやすいんだよ」


「んん──、やっぱり……脳かな? 判断する場所だし……」


「そうだな。あとココもよく言われるぞ」そう言って、司は自分の胸を“トントン”と叩いた。

 

「誰かを好きになって胸の鼓動が高鳴ったり、人の死が悲しくて胸が痛くなることもある。だから心臓の辺りだと言う人もいる」

 

 綾人は腕を組んで考え答える。「そう考えると“心”って 場所が決まってないってこと?」

 

「うん、いい考えだ。俺が思うに、人が生まれて五感を通して体験した知識や感情など、その人が歩んできた記憶全てが“心”だと思う」

 

「……とーちーの人生経験が、とーちーの“心”って事?」

  

「いい考え方するじゃないか。では俺の考える死後の話をしようかな」司は車のスピードをさらに落とす。


「分かりやすく、亡くなった人をA、知人をBとする。

 Aが死ぬと体に繋がれていた“心”が解放され、目に見えないほどの小さな欠片となり、自分を知るBの“心”へ飛び去って行く。

 欠片はBの意思に関係なく、いつの間にか体内に入り込み上手く混じり合えば、『記憶』として変換され、Bの“心”に受け継がれていくんだ」

 

「……!?」

 

「簡潔に纏めると……死ぬと肉体はなくなるが、“心”は離れた後に誰かの『記憶』として生きていくということだ」

 

「……とーちー、それを鵜呑みにするとして、何か説得力のある後押しはないの?」


「き、厳しいなぁ綾人は……」

 

「だってさ、『心=体』も、嘘くさいし……」


「何言ってるんだ」


「……!?」


「詭弁に聞こえるだろうが……ある!」


「えっ──本当に!?」


「四字熟語で『一心同体』って 言葉があるだろ? 言葉の意味が” 複数の人が、心も身体も一人の人のモノのように固く結びあうこと”と辞書にも載っているぞ」


「一心同体……」

 

「まぁ、真意はおいといてさ……そう考えると、なんだ……死んだ人間も自分の側にいると考えると、俺はその人の分まで大事に生きていかないと、って思うんだよ──」

 

 そう話した後、また司は黙り込んで車のスピードを戻した。


 綾人は思う(今まで、とーちーは、 いろんな死に立ち会ったのだろう──とーちーの考えなら拳也も側にいるんだな……)。そう考えると綾人の胸の重みが軽くなった気がした。


 「皆んな……この命大事にするよ……」

 

 穴ぼこに注意しながらノロノロと走る車に揺られ、綾人達は光に向け進んで行く──。

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