第15話 様々な覚悟
──綾人達と別れた拳也は、予約がキャンセルになったコテージの入り口に立っていた。
この扉の先には、あの矢柄鉄がいる──。そう思うと足取りも気持ちも重くなる。
当然だ。長年の暴力体験に反応して体は前に進むことを拒否しているのだ。
綾人と別れる時は自分から戻っていく素振りをしたが、本当は帰りたくなかった。
だけど拳也は自分の復讐の為に、綾人達を巻き込むようなことは出来ないと覚悟をして戻ったのだった。
「リラックス、リラックスや……今まで通りに接するんや……」
不安そうな顔でドアを開けて、ガレージの方に向かうと金属が軽くあたる音が聞こえる。
<カチャ、カチャ、ガチャ! キュッ、キュッ!>
「あれ……おとん?」
「おう、拳也か──」車のボンネットを開けボルトをスパナで回し終えると、鉄は身体中を真っ黒にさせ顔を拳也に向ける。
「何を……?」
「ワシの車を修理してたんや、やっと直ったわ。見てみぃコレ、世紀末仕様や! すごいやろ、運転してみたいやろ‼︎」愛車が直ったのか鉄は少し機嫌が良さそうに見える。
「運転……」──昼間から酒を飲むと眠たいからと、夜に何回か無理やり無免許運転をさせられたことがある。小学生にだ。どう考えてもまともな大人の感覚ではないと分かっていたが従うしかなかった。
「あー、喉が渇いたわ。あぁ⁉︎ お前水持ってるやんけ、飲ませろや」
「──それはアカン‼︎」
「何がアカンのや! お前のモンは俺のモンや‼︎」強引に拳也の手から取り上げたのは、司が渡したペットボトル。ゴクゴク飲んだ瞬間すぐに吐きだした。
「ウ、ウゲェェ──‼︎ なんやコレ塩水か!? ……なめとんのか、このクソガキがー‼︎」服を掴み横に放り投げられる。
「だから……アカンって言ったのに……」倒れたまま呟く拳也。
「屁理屈こねるな、一発くらいたいんか‼︎」
拳也は「ひぃ!」と頭を押さえながら鉄に今までの事を話す。
「それは奪ってきた……コレと一緒に……」
ズボンから取り出した“魚の形をした金”がキラリと光るのを見て鉄の顔は一瞬で緩みだした。
「おいおいおい、おーい! “金”やないかい‼︎」
学校の帰り道、ふざけ合う長年の友達ように拳也は肩を叩かれる。
「拳也──お前も悪いやっちゃなー。ワザと嫌なことさせて後でええモンだすなんて。その年で飴と鞭を使いよるか──」
実際そうだった。鉄には何か一つでも喜ぶことを見つけなければ帰ったところで暴力を振るわれるだけだからだ。
「──で? コレどうしたんや」鉄は蛇のように絡みつくような目で拳也を見る。
「足刺した家族から奪ってきた……」
「ほぅ……」顎をさする鉄。
「死んどったんか?」
「寝ていただけかもしれへん……なんかスライムみたいなのが近くにいたから近付かんかった……」
「スライム……。あの化物か……ほな死んどるな」口元を歪めて笑う。
「ククク、これは手間がはぶけたな……ほな出発するぞ‼︎」
「えっ⁉︎ どこに?」
「決まっとるやないか! その“金”を拾ったとこにいくんや! 匂う、匂うで……まだまだ、あるはずや‼︎」
頭の中では、“金”を取りまくっている映像でも見えているのか、顔は常に笑ったまま命令してくる。
「拳也、お前運転せい! 何回かした事あるやろ‼︎」
「でも……この車、オートマじゃなくミッションやし……」
「口ごたえするな! こんなもん五分で運転出来る様になれ‼︎」そういうと拳也に鍵を放り投げる。
「さあ、いくぞ!」その声に条件反射して拳也は鍵を持つと車に乗り込んだ。
本来なら綾人達が小さな池に寄り道せずに進んでいたら、鉄が待つこのコテージで遭遇していただろう。
しかし拳也が教えた抜け道である、倒れた木々の上を通る直線ルートを通ることで、お互い出くわす事がない。
だが、まだ安心できない──拳也は鉄を乗せると大回りをするように“金”が埋まる池に向かって走らすことにした。
<ガチャ、ドン!>
──車から降りた鉄は乱暴にドアを閉めると腹を掻きながら地面の唾を吐き捨てた。
その顔は誰が見ても不愉快きわまりない顔をしている。それは拳也がミッション車特有のクラッチ操作が上手くいかずエンストを繰り返したからだ。
「おい拳也、どこら辺で拾ったんや!」
「えっ? そこの水の中やけど……」
「ほな、そこらをはよ探さんかい!」
「えっ! 俺が⁉︎」
「お前が見つけたんやったら、お前が探すんが常識やろ‼︎」
(──なにが常識だ)拳也は、鉄に背を向けて歩き出す。そうしないと今まで抑えてきた憎しみに満ちた顔を隠す事が出来なくなるからだ(──いつだってそうだ。アイツは嫌な仕事は俺に丸投げしやがる!)。
「はよ行けや!」
実際、蹴ってはいないのだが、背中を蹴飛ばされたような言動に、拳也は押されるように池の中に入っていく。
「そういや、この先コテージが ある言うとったな──この後、食べ物でも探しにいくか」
「えっ⁉︎」驚いて声を出す拳也。
「なんや? 嫌なんかい。そんな顔されたら──余計行きたくなるなぁ」
鉄はニヤニヤと笑っている。
(このままでは綾人達に鉢合わせしてしまう。もしあの二人が生きていることがバレたら……)
そう考えると拳也は背筋がゾッとした。
(どうしよう……少しでも時間を稼がなくちゃ)
大きな岩に向かい、できるだけゆっくり進む拳也。
(あの岩の下に金が沢山あるのは知ってるが……)
大岩まであと五メートル
(金を見つけても、 俺はずっと鉄の奴隷だ)
あと三メートル
(このままじゃ、何も変わらない)
あと一メートル
(花火を作ってくれた、あいつら親子も殺されるかもしれない……)
下を向く拳也は、戸惑って揺れる水面を見ながら司達との事を思い出す。
『変わらないことなんてないんだ、変えることができるんだ』
大岩の前で顔を上げて拳也は覚悟を決める。
「──変えてやる」
岩の中に足を入れ少し掘ると硬い物が足先にあたるのを感じる。
「おい、拳也! なに立ち止まってんねん‼︎」岸から吠える鉄の声で揺らいだ決意が固まった。
拳也は振り向き鉄に向かって大声を出す。
「コレは……見つけた! 見つけたで‼︎」
「オッホ──! でかした、拳也‼︎ 今そっちにいくでな‼︎」
バシャバシャと波しぶきを立てて向かってくる鉄。
「この岩の下を見て、“金”だらけや‼︎」
「なんやと!」
拳也は、足裏にあたる硬い物を手で掴み上げると、“金色に輝く魚”が鉄の心を魅了した。
「おぉ、うぉぉ────!」
興奮した鉄は拳也から“金”を奪い取ると、腰を水の中に落とし手でまさぐる。
「金や! 金やないかい!」
「この奥、少し掘りずらいけど下から“金”がどんだけでも出てくるよ!」
「なんやと、おい、そこをどけ! この奥やな、どれワシにさせてみい!」
鉄は顔を水面につけて埋まった“金”を掘り続けるのを見て拳也は「ちょっとトイレ」と言って、大岩の上に登り始める。
「ほんまや……でてきよる! ワシは……ワシは……億万長者や──!」
鉄は“金”をポケット一杯に入れるようとするが、溢れ落ちていく。
「クックック……笑いが止まらん! もう『クズ鉄』なんて言わせへん。今まで俺を舐めてきた奴らを札束ではっ倒したるからな──ワッハッハッハ──‼︎ おい拳也、“金”をとりに来い!」
鉄は次から次に出てくる“金”に立ちあがろうともせず叫ぶ。
「……おい、拳也! どこおんねん‼︎」
鉄が探し出した頃、拳也は大岩の上で待機をしていた(……今しかない。司がやっていた方法を真似をするんや!)。
拳也は近くにあるサッカーボール程の石を必死で動かすと下に向かって岩に向けて滑らすように落とした。
「うぅ、うお────‼︎ くらえ‼︎」
石と岩がぶつかり共鳴が起こり水面近くを音が走っていく。
「なんじゃぁぁ──! 耳、耳がぁぁ────‼︎」
耳を抑え苦しがる鉄に拳也は大声で叫ぶ。
「おかんの苦しみは、こんなもんじゃなかったはずや!」
激しい口調で言い放つ拳也の身体は怒りで震えていた。
下から見上げるような事はもうしない。
こんな場所には居てはいけない。
そう思った時には拳也の足は駆け出していた(急いで綾人達の元に行かなくちゃ! おとん……いや……鉄は必ずやってくるはずや!)。
「クソッ! 耳が痛いぃぃぃ────‼︎」
耳鳴りが止まらない状態でフラフラになりながら岸に上がる鉄。目の前に蝿が飛んでるような感覚で平衡感覚が掴めず地面に横たわると振動が体に伝わってくる。
ふと誰かが車を動かしているのが見え、走り出す後ろ姿で拳也であると判断した。
「──拳也? なんで車乗って⁉︎」
五感が少しづつ回復するにつれ、鉄は脳が正常に判断するまで座って待つ。
「もしかしてこの状況は──拳也の仕業か──!」
〈ギリッ! ギリギリギリッ‼︎〉
歯を食いしばる音が増していく。こめかみには青筋が立ち、拳を硬く握った鉄の怒りは頂点に達していた。
水面を殴ると池に波紋が出来るほどの大声で吠え続ける。
「クソガキィ……全殺しじゃぁぁ────‼︎」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます