第14話 質問と答え
野々原に連れられて一階の奥の部屋の前に立つ、ドアをノックすると上品な声で「どうぞ──」と声が返って中へ入ると部屋の中央に一人、上品な老女が佇んでいた。
「円城寺様、お連れいたしました」
「野々原先生、ありがとうございます。初めまして、私の名前は円城寺朝江と申します」
<……ゴホッ>
軽く咳き込む老女は、綺麗に整えられた白い髪の毛をしていて、薄い紫の服の上に、もう少し濃い紫のカーディガンを羽織っている。その姿は、後ろに飾られた絵画と重なって凛とした美しさを感じてしまう。
「こんにちは……神野綾人って言います……」
「立ち話も何ですから、紅茶でもいかがかしら? さぁ、お掛けになってくださいな」
おだやかな口調からは大人の余裕や気品が感じられる。お茶を注ぐ瞬間に、一瞬、動きを止める動作から、立ち振る舞いが綺麗であることが綾人でも分かった。身長は150センチあるかないかだと思うけど、とにかく姿勢が良くて自分より高く見えるし、こちらまで背筋がピンとしてしまう。
「あの……コテージに入れてもらい、ありがとうございます」
<……ゴホッ、ゴホッ>
「失礼──」風邪でもひいているのか時折、咳を挟む円城寺。
「どういたしまして。それより、お父様のことをお助けになりたいとお聞きしましたが……」
「は、はい。もちろんです!!」
「素直でよろしいですね。……では、私の問いに満足のいくお答えをいただければ、ご協力して差し上げてもよろしいですよ」
「えっ!? それはどういうこと……?」
円城寺は、また咳き込むと話すのをやめて、視線を野々原に向けると頷いて代わりに話し始めた。
「円城寺様は自身が使用されている輸血パックをストックされています。血液型もRh(−)で同じです。司さんに使用しても大丈夫だと確認しました。──しかし、それは円城寺様の大切なモノ……それでもやりますか?」
「はい。やります! やらせて下さい‼︎」
希望のかけらが見つかる綾人とは対照的に、初めて暗い表情を見せる野々原。それを見て僅かに笑みを浮かべ円城寺は話を進める。
「お時間もないようですし、早速始めましょうか」
「はい!」悩んでいる暇はないのだ。即答をする。
「──あなたは線路の側で働いています。遠くからブレーキが効かないトロッコが猛スピードで走ってきました。進む先には、五人の作業員が働いています。進行方向を変えるレバーの前に立つのは綾人くん一人のみ。レバーを引くとレールが移動し五人を救えますが移動先にいる 一人の作業員が犠牲になってしまいます」
<ゴホッ、ゴホッ……>
「さて……綾人さんは、一人の命と五人の命、どちらをお選びになりますか?」
「これはトロッコ問題……⁉︎」
綾人は会話を聞きながら考えていた(この答えは三つ……)。
(1、自分が行動を起こして一人を犠牲にする)
(2、自分は行動せず、五人は犠牲になるのどちらか)
(3、何もせずに見ている)
それぐらいしか思いつかない。
「そうそう、レバーの操作以外には何もできませんので、作業員を避難させることはできません。でも、レバーを引いた責任も問われることもありません。さあ、トロッコが迫っております」
そう言って円城寺は話し疲れたのか「考えるお時間を五分だけ差し上げますわ──」と、椅子に座ると紅茶を飲み始めた。
悩む事はない空想上の話だ。
どちらだっていい実際死ぬわけじゃないんだから……。
──いや違う。綾人は考えて考えて一つの答えに辿り着く。
紅茶を飲み終えた円城寺は優しい声で決断を迫る。
「綾人さん、お時間です。いかがですか?」
「はい。僕は……僕はレバーを引きます!!」
「まぁ、それは何故?」綾人の顔をじっと見つめる円城寺。
「とーちー……じゃなく父親が言ってました。『どんなに悪人でも命だけは簡単に奪ってはいけない。人の命はそれ程、大事なんだ』って」
円城寺の表情に変化ない。
「この問題に正解があるかわかりません。人間の顔がバラバラのように感情もそれぞれ違うので、それならばと僕は人間の感情をなくして考えました」
興味をひいたのか円城寺は問いかけてくる。
「人間の感情をなくすとは?」
「神様の前では、命は平等。人によって重さや価値もない。だったら命を一つ犠牲にして五つ生かす方が、 未来の為にはいいと思うんです」
なにも言わず頷く円城寺。
「でも本当の答えはそれじゃなくて、この問題の本当の意図は別にあるはずです」綾人のたどり着いた結論を円城寺に伝える。
「それは自分のしたことに、 責任を取らなくてはならないか『覚悟』が、あるかだと思います!! 全ての人の心が同じではないように、どの人がどの様な行動をしてもどれも正解なんだと思いますが……。俺は一人を犠牲にして、その罪を背負って生きることを選びます!!」
円城寺は立ち上がると綾人の側に近付く。
「綾人さん……素晴らしい答えでしたわ」
<ゴホッ……>
「この問題に正解がないからといって、考えなくてよいというわけではありませんよね。──大事なのは、きちんと自分で考えて結論を出し、責任を取ること。それが一番後悔しない生き方です」
全てを見透かすような円城寺の目に自分が見える。
「──覚悟ができているのですね」
「はい!!」
<ゴホッ、ゴホッ!>
咳き込む円城寺。
「私の血液をあなた方に使っていただけると嬉しいですわ」
「円城寺様──」野々原医師は、なぜか浮かない顔をしている。
「ありがとうございます!」
「野々原先生、後はよろしくお願い致します」
<ゴホッ、ゴホッ……>
円城寺に駆け寄り、野々原は椅子に座らせると「かしこまりました。必ず救って見せます。では──」と部屋から退出する。
「後は野々原先生にお任せして、綾人さんも少しお休みなさいませ……」
綾人は先程とは違う弱々しい声で話す円城寺を気にかける(さっきから咳をされてるが大丈夫だろうか……)。そう思いながら綾人はソファに座ると、吸い込まれるように体をあずけ深い居眠りにおちていった──。
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