第13話 Rh(−)

 拳也と別れ、次のコテージに向けて歩き出す綾人と司の前に、何本もの十メートル以上の大木が横倒しになって立ちはだかった。その大木はまるで自然の障壁のように道を塞ぎ、進む道を挑んでいるかのように見える。

 

 二人は息を合わせて、時には大木を跨ぎ、時にはその下を潜り抜けながら進み続け、いつの間にか険しい傾斜が次第に緩やかになる。足元が安定してきだすと、疲労の中にもわずかな余裕が生まれて、綾人達は全部で六つ並んでいるコテージについて会話を始めた。


「六つのコテージはそれぞれ外観が違う。俺達がいたコテージ、矢柄鉄のコテージ、三人亡くなっていたコテージ、拳也が見つけたという誰もいない四番目のコテージ」

 

「残るコテージは、あと二つだね……」かーちーや茉莉を助けてもらえる人に会えるか、もしくは地上に出られるのだろうかと心配になっていると「とーちーは行けば分かるさ」と話しをまとめて、気分を変えようとしてなのか、さっき食べた感想を綾人に求め始めた。


「いやー、さっきの魚美味しかったなー、そう思うだろ?」


「うん。美味しかったし、あんな大きな魚初めて見たよ!」大きさを手を広げて話す綾人の顔は生き生きとしている。 魚の話が盛り上がった頃には拳也が話してた通り、道のデコボコがなくなり、とても歩きやすい。これなら早く着きそうだ──。

  

「ここもコテージにつながる道が、そのまま滑り落ちた感じだな」そう言いながら、太股をさすりながら前を歩く司を見て、地面に綾人は赤い点が突き始めていることに気づく。


「血だ──」

 魚を捕まえるのに必死になって傷口が開いたのだろうか。

「ねぇ、足の方はどう……痛い?」

 

「心配するな……痛くないぞ。血も出るのも少しおさまってきた感じがするしな」

 

「うん……」

 とーちーが無理をして歩いているってのは足取りを見れば分かった。そして呼吸も誰が見ても荒くなってきている。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「とーちー少し休む……ねぇ、大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫、魚食べたからなー、 美味しかったよなー、魚……」


「あぁ……うん……」(その話さっきもしただろ……まったく)違和感を感じながらも綾人達は歩き続ける。

 

「あっ……見て! あの木の間から電気の様な灯りが見えるよ」

 

 指差しながら司に同意を求めるが、どうにも返事がにぶい。

「ほら、あそこ! 五番目のコテージだ」


「……」

 

「ねぇ……とーちー聞いてる?」

 

「あぁ、聞いてるよ……美味かったよな……あの魚……」

 

「とーちー、さっきから同じ事を何回も何言ってんだよ!!」

 

「あぁ、そうか……すまん、ちょっとな……。さぁ、行こうか」

 

「ほんと大丈夫なの?」

 

「フゥ、フゥ……」息を整えるように急に立ち止まる司。 

「ハァ、ハァ、ハァ……綾人……悪いけど少し休憩してから行くよ……」


「え!? ここで休憩? 」


 指を塩ひとつまみするようなポーズをとる司。 

「ちょっとだけ……ちょっとだけだから……」

 

「うん……分かった。俺、先にあるコテージの様子みてくるよ」


「ああ……気をつけてな」


「すぐ戻ってくるからね」


 体はフラフラして顔色も悪く、随分と無理していたのかも知れない。ここは、少しでも休ますことが必要だと感じ、司が倒れた木の上に座るのを見ると一人でコテージに向かい出すことに決めた。


 明かりに近づけば近づくほど、新しいコテージは今までとは作りが違うのが分かる(全種類コテージの形が違うって聞いたけど、二階建てのコテージがあるなんて──。んんっ⁉︎ 電気がついてる……誰かいるんだ。用心のために一度戻ろう)。


 綾人が走って戻ってくると、休んでいた司は木に寄りかかるようにして目を閉じていた。

「とーちー、コテージ近くで見てきたよ! 二階建てで、誰かいるみたいだ‼︎」

 

 大きな声で呼びかけるが返事がない。

「とーちー! ねぇ、とーちーってば。起きてよ、とーちー」

 

「……ハァ、ハァ」(暗くてよくわからなかったが、 さっきより顔が異常に白いし、体が震えている。おまけに息も荒い……さっきからの何回も同じことを話してたのも、意識が朦朧としていたからかもしれない。どうしよう、どうしよう──)

 

 普段から誰かに頼ってばかりで、自ら考えることをしてこなかった自分を心底悔やむ。

「とーちーなら、こんな時どうするんだろう……とーちーなら……」 


 綾人は今までの司の行動を思いかえす。

「とーちーは、 どんな時も前に進んでた……俺も前に進まなきゃ!」


 決意するように司の手を握る。

「とーちー待っててね。俺、誰か連れてくるから」

 

「ウウッ……ハァ、ハア……」


 この場に司を置いていくのは心苦しかったが、暗闇の中で光を放つコテージを目標に走る綾人には、コテージはまるで灯台の様に見えた。ただ普通なら電気を節約するはずが、関係ないかの様に全部ライトを点けていることが気がかりだった。

 中の人はどんな人だろうか。もしかしたら鉄がいるかもしれない。慎重に行動しなくちゃとコテージを見ていると背後からライトを照らされる。

 

「君──!?」

 

 驚いて振り向くと、綾人の顔にライトがあたる。

「だ、誰!? 眩しい」

 

 手をかざし目を細め見ると初老の男性が懐中電灯を向けて立っていた。髪の毛は少ないがキッチリと整い、白のシャツに青いネクタイ、グレーのパンツと身なりは綺麗にされていて、一見悪そうな人に見えない。

  

「ああ……驚かしてすまないね。君は、一人⁉︎ どこから来たんだい」話声は本当に心配する声をしている(見た感じ悪そうな人に見えない……頼っていいんだろうか……いいや、今は頼るしかない)。

 

「あっ……あの……とーちーが倒れて目を覚さないんです!  助けてください!!」

 

「落ち着いて、私の名前は野々原といいます。君の名前は?」


「神野綾人っていいます……」


「綾人くん、とーちーっていうのは、 誰かのあだ名か何かかな?」


「あっ……あの、とーちーは父親のあだ名です」


「お父さんは、どこにいるのかな? ここから近い所ですか?」


「そこの見える大きな木の近くです、歩けないんです!」


 野々原は頷いて、綾人の目を見ながらゆっくりと聞かせるように話す。

「わかりました。ではコテージから見える様に木の近くに立ち、少し待っててください。私は、人を運ぶ為に車椅子を取りに行ってまいりますので」

 そういうと野々原は表情を変えずに歩き出した。


「ありがとうございます!」綾人も司の元に戻り出す前に野々原を見る(車椅子……誰か足の悪い人がいるのかな……)。


「ハァハァ……ウ……ウゥ……」

 

 目を閉じて苦しむ司を励まし続ける。

「とーちー! もうすぐ、助けに来てくれるから!!」

 綾人は木の近くで待っている時間を長く感じていると、野々原が車椅子を押してくる。

 

「お待たせしました。遅くなり申し訳ありません」司の脈をとり、声をかける野々原の行動には迷いがなく手際がよかった。


「ハァハァ……ウゥ……」

 

「もしもーし! お父さん、私の声が聞こえますか⁉︎」

 うめき声は出すが司は返事をしない。

 

 小型のペンライトで顔を照らすと野々原は声をあげた。  

「ん、んんっ⁉︎ 貴方は、もしかして……神野司さん!?」


 名前を呼ぶ野々原に綾人も驚く。

「えっ⁉︎ とーちーのことを知ってるの?」


「ええ、まぁ──それより、かなり具合が悪いみたいです」

 司の顔の汗を清潔なタオルで拭く野々原。

「ここでは暗くて、治療が出来ません。なのでコテージに連れて行きます。この車椅子に乗せて、お父さんを一緒に運びましょう」


「は、はい!!」

 綾人は野々原と力を合わせて車椅子に乗せると後ろから押すのを手伝った。


 スロープがついた玄関から入るコテージの中は思ってた以上に広く、小学校で行った体験学習施設のようにも思える。野々原の後ろについて歩き、近くの部屋に入ると簡易的な診療室のようになっていた。

  

「フゥフゥ……、ハァハァ……」

 

「応急処置ですが手と脚の傷は縫いました。出血はこれで大丈夫でしょう」


「野々原さん、お医者さんだったんだ!」


「はい。 今はこのコテージにいらっしゃる方の専属医師として働いております」

 

「ウゥ……ハッハッ……」時折激しくなる呼吸。野々原は綾人に結果だけを淡々と話す。

 

「司さんの病状は芳しくないです。出血性ショックの症状として皮膚の色が白く、冷や汗が出て脈拍も呼吸が速くなっています。 血圧の低下も確認しました。意識もぼんやりした状態から昏睡状態になっていて、このままでは”生命の危険”になります」


「き、危険って⁉︎ 生命の危険……つまり死ぬってこと⁉︎」

 

 穏やかな口調で、とても厳しい内容を伝えら、うろたえる綾人は野々原にしがみつく。

「先生、助けて! 血が足らないのなら僕のを使って下さい!」


「綾人くん……確かに輸血はしたいのですが……。原則、 親子間の輸血は原則禁止されているのです」


「なんでなんですか!?」

  

「普通、患者さんに輸血した時、輸血した血液の中のリンパ球は攻撃され駆逐されます。しかし親子ではリンパ球の型が似てるため、異物だと認識をせずに排除をしない。すると、輸血した血液のほうの リンパ球が増殖してしまい体の組織全部を異物と判断し攻撃し始めるのです」

 

「う、うーん……」

 

 綾人の頭の中は、既に、こんがらがってるのを感じ取ったのか野々原は簡単にまとめた。

「つまり親子間の輸血は致死率が高い合併症が発生することがあるということ」


「それなら……どうすればいいんですか?」

 

「私の血液でよければ差し出したいのですが血液型が合わず、さらに困ったことに……血液型検査をした結果、司さんは 『A型のRh(−)』でした」


「Rh(−) だとダメなの?」


「Rh(−) の人はRh(−) でしか輸血が出来なく、数も少ないのです。今はドナーが見つかるまで、司さんの体力を信じて待つしかない」


 よろよろとベッドに近づく綾人。

「そ、そんな……とーちー、まだ死ぬ時じゃないだろ」

 司の手を握り叫ぶ。

「さんざん生きることの大切さを話しておいて勝手に死ぬのかよ! 今、頑張って生きろよ‼︎ とーちぃぃ────!!」


 綾人を一人部屋に残して、野々原はそっと部屋から出ていく。

 

 ベッドで目を閉じる司は何も答えず、ただ呼吸音だけが聞こえている。

「起きて……起きてよ!! いつもの様に、バカ言ってよ‼︎ かーちーと茉莉は、どうすんだよ……答えてくれよ……とーちぃ────!!」

 

 涙を流しベッドにしがみつく綾人に、部屋に戻ってきた野々原が声をかける。

「綾人くん──私についてきてくれませんか?」

 

 先程と変わらず、冷静な声。

「会わせたい人がいます──」

 

「会わせたい人……!?」

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