第11話 金! 金! 金!
魚の形をした穴の部分を覗き込む綾人。
「変な形だな。なんで魚の胃袋に入ってたんだろう」
司は、魚を捌きながら答える。
「たぶん俺は、魚が餌と間違え食べたんだと思うんだ。ほら、ブラックバス釣りで魚の形したルアーを使うだろ」
「確かに言われてみたら小魚っぽいね」
「金の長さは五センチから十センチと分かれおり、形は小魚に似て頭の方に目のような穴が開いている。そこに紐を通して束ねていたみたいだな。何個か穴に通された状態で胃袋からでてきたから間違いないだろう」
司は何本か植物で編んだ紐を魚の穴に通し指でぶら下げると綾人に見せる。
「いつの時代か分からないが、琵琶湖の底に隠されるように沈んでいたのだろう。水が大量に流れ落ちた時にぶら下がる様な形で岩に引っかかり、外来魚は水に揺られる姿を小魚と勘違いし反射的に丸呑みしたんだと思う」
興奮して早口で語る司は、“金”に夢中になりすぎて肝心の食料のことを忘れているみたいで、思わず口を挟んだ。
「とーちー、悪いんだけど……俺、“金”より魚の方を早く食べたい」
「あっ……ハハハ……そりゃそうだ。悪い、悪い。早速、魚を焼かないとな!」
「それが……地面にある枝なんかは全部湿ってて、少しも集まってないんだ。ごめん」
困った顔をして綾人は手に持った枝を見せる。
「近場には、ないという事か……よし、魚の処理はあらかた片付いたから俺も一緒に手伝うよ」
二人はまだ探していない場所へ行こうと、池に沿って来た道と反対側を歩く。湖底に生えるわけもない木が全体的に斜めになって立ち並んでいる。
それは、コテージに向かう車内から見た景色と少し違うだけで、ここは本当に琵琶湖の地下なのか? このまま歩いて行ったら外に繋がるんじゃないか? と錯覚してしまう程であった。
「道路が、そのまま切り取られたみたいだね……」
「上手い事滑り落ちたんだな……もうこの場所で驚く事もないと思ってたけど……偶然でも凄い光景だ」
思いがけない出来事に感心しつつ、木を触りながら歩いていた司は、一本の木の前で立ち止まった。
「おっ……この木、“立ち枯れ”してるな」
「立ち枯れ?」
「枯れているけど、立っている木のことだ。地面の湿気を吸ってないから、これを薪に使用できそうだ」
そう言って、ポキポキと枝を折る司の真似をするように、綾人も焚き火が出来るくらい枝を集めると、鳴り続けるお腹を黙らすために、二人は急いで魚を焼きに戻りだした。
綾人は集めた木の枝をバラバラと地面に落とすと、司は穴を少し掘って石を周りに置き、その穴に小枝を重なりすぎないよう並べていく。
「小枝の下に湿気ってない枯葉を用意して……よし! 綾人、マッチを頼む」
司にそう言われ不慣れな手でマッチを擦るがすぐに折れてしまい、もう一度、擦ってみるが湿気っているのか煙が出るだけだった。
綾人が三本目のマッチを取り出したところで、手伝う事もせず横で眺めている司は声をかける。
「もう少しだけ擦るスピードを落としてみたら、つきそうだな」
「そんなにいうなら、自分でしたらいいじゃないか!」とイライラしながら遅めに擦るとマッチに火が灯る。
「おおっ……やった! ついた、ついたー‼︎」
「おめでとう綾人。よくやった!」
火を消さないように枯葉から小枝へと、少しづつ大きくしていく司に綾人は質問する。
「ねぇ、こんな洞窟で火を焚いても大丈夫なの?」
「学校の体育館より天井が高く、広い。そして風がよく通っている。煙の向きを見ても真上にある穴の方に流れ外に排出されているようだ。ただ、万が一のためにも火の大きさをコントロールし、必要以上に大きくしないようにしよう」
「生じゃ食べられないし……今はそれしかないね」
「じゃあ、枝に魚を刺して塩をかけるか」
「塩ってなんてあったっけ……。もしかしてそれって……」
手首のスナップをつけて人差し指を綾人の顔に向ける。
「ビンゴ! 鼻うがい用に用意しといた塩だ。この地下は湿度あり、花粉の影響がなさそうだし沢山あるから心配しないで使っていこう」と笑う。
「いやいや心配してるのは量とかじゃなく、鼻うがいの塩って気持ちの問題の方だけど」
「大丈夫、大丈夫! この鼻うがいの塩って特別じゃなく、ただの食塩だから汚くないって」
(そりゃそうだけど……なんか嫌だな……)と思いつつ、美味しさには変えられないと綾人は渋々頷いた。
「そういや綾人、歯磨きセットのコップ貸してくれないか。あれステンレスだろ」
「うん、いいけど何に使うの?」
ゴソゴソとコップを取り出し手渡すと、司はコップに茶色い粉を入れると水を注いで火の近くに置く。
「フフフ……。実は、鼻うがいの塩の中にコーヒースティックが一つ紛れ込んでたんだ。以前、カフェインがあるから「綾人には早い」と菜桜子に止められてたけれど、一二歳になったし、無理にとは言わないが一口飲んでみるか?」
驚いた顔をする綾人(確かにミルクがたっぷり入ったコーヒー牛乳しか飲んだ事がなく、飲もうとして叱られたことあったな……。よく覚えてるな)。
恐る恐る取手に触れて火傷しないか確かめてコップを持ち上げると、期待と悪いことをしている様な罪悪感の中、一口、コーヒーを飲んでみた。
「に、苦いぃ──! こんなの苦くて飲めないよ」
目をつぶって舌を出す綾人を見て笑う司は「ハハハ! 年を取れば好きになるかもな」と残ったコーヒーを一気に飲み干すとコップに水を入れ火の近くに置いた。
「水を煮沸消毒して、冷めたらペットボトルに入れよう。さーて、火も落ち着いたし火の周りに魚を刺しておくか」
硬そうな枝に捌いた身を刺して、塩を上からパラパラ振りかける。そのまま枝を斜めに地面に突き刺して、石で倒れないようにバランスをとるようにして並べる。
「とーちー、こっちの魚はどうするの。持っていくの?」
綾人は魚の形をした“金”を渡そうとすると、意外にも司は首を横に振った。
「そいつは、とりあえず隠しておこう。さっきの俺の仮説だと、あの岩の下に“金”が、まだ引っかかってるかもな」
「 とーちーのは、仮説というより思い込みだろ」
「なんだとー、この野郎。魚が焼けるまで時間あるから、確かめてギャフンと言わせてやる」
ムキなり、もう一度水の中を歩いていく司を見て、体調悪そうだったけど、いつもの子供っぽいとーちーが見れて綾人はなんだか嬉しかった。
<バシャ、バシャ、バシャ……>
腰を屈んで魚が隠れ家にしていた石の下を覗き込むと、司の心臓は高鳴り、手は震え出した。
「うぉ────‼︎」大きな声をあげる司に驚いて、水の中に飛び降り駆け寄る綾人。
「どうしたの、とーちー!?」
「こ、この岩の下──“金”だらけだぞ‼︎」
穴の中を足で砂をかき分けた場所を照らす。暫くして砂が舞い落ちると砂の中から無数の金色の魚が顔を出していた。
「とーちー凄いよ……掘ってみたらまだまだ出てくる!」 綾人は指先に触れる金属の冷たく硬い感触に身震いしながら、金色の魚をつまみ上げていく。手の平に持てないほどの大量の金色の魚がこぼれ落ち、まるで生きている様な錯覚に陥り、金色の輝きに魅了されたように目を爛々とさせていく。
「──綾人待つんだ‼︎ とりあえずこの“金”は、ここに置いておけ」
「えっ! なんで!?」とーちーの言葉で、我にかえったように振り向く綾人。
「“金”は売ればお金になるが、ここでは必要ない。 この“金”を俺達が持ち歩いて見つかれば、正常な人も魔が差してしまうかもしれない」
司は悲しそうな顔をして話を続ける。
「そして“金”は人を狂わす! 矢柄鉄が“金”の為に一緒にいた女性を見殺しにしたのを見ただろ」
溶けていく艶の顔を思い出し胃液が上がってくるのを感じ、綾人は手で口元を押さえる。
「あの女性……矢柄に見捨てられて、モドキに溶かされたんだったね……」
──司と綾人が“金”を見つけ出した頃、十メートル程度距離を置いた場所で、倒れた大木や石の陰に息を潜めながら移動する一人の少年がいた──矢柄拳也である。
彼は鉄に母親である艶への復讐のために機会を伺っていたが、たった今、聞いた話に絶句する。
「な、なんやって!? 一緒にいた女性を見殺しにしたやと……」
司や綾人から視線を逸らさず考え続ける拳也(溶かされたって⁉︎ あいつらに殴られて死んだんじゃないんか? 仮にも夫婦やったのに。おかんはおとんに…… 鉄に見殺しにされた……)。
「いや……あいつならありえる……」
考え込むあまり、周りの集中を切らしていた拳也は背後の警戒を補った。
<ズズッ……ズズズズッ……>
後ろで何かが動く音がした。慎重に周りの些細なことにも気を張っていたのに、しくじったと拳也は振り返る。自分との距離は僅か三メートル(なんだあれは? イ、イノシシの子ども!?)。
よく見るとゼリーのように固まった膜のようなもがイノシシを包み込みながら少しづつ移動してくる(いや……何か様子が変だ……溶けている!?)。
イノシシの体が崩れ落ちていく光景を見て思わず拳也は思わず声を出してしまう。
「うわぁぁ──、化け物!」
この世に存在しない様な生き物を見た時、人は驚き恐怖する。拳也は、その場に座り込み後退りしながら包丁を振り回すが、モドキは躊躇う事なく進んでくる。
<ズズッ……ズズッ……>
残り、ニメートル。包丁は確実に触れているが、まるでゼリーを切るような手応えしかない。
「切れない……なんで切れないんだよ!!」
<ズズッ……ズズズズッ……>
残り、一メートル。
<ドン!>
振り返りもせずに下がっていたため、岩と挟まれる形になった。
「しまった……‼︎」
<ズズッ……ズズズズズズッ……ベチャ!>
拳也の靴に触れたかと思うとナメクジの様に登ってくる。
<ズズ……ベチャ……ベチャベチャ……>
そして──あまりの恐怖にその場にへたり込むと、拳也の身体を覆い被さるように化け物は体を大きく広げていく。
「う、うわぁぁ──誰か助けて────‼︎」
突然の悲鳴に綾人達は振り向く。
「何だ⁉︎」
「とーちー、あそこにモドキだよ! 誰か倒れてる!」綾人の声に反応するように手にバックを持つと司は走り出した。
「とーちー⁉︎」
モドキは体を包み込み、深い水の中に落とされたようになり、息が出来ずに苦しむ拳也の口に入り込もうとする。(口の中に何か……入ってくる。オゴッ! ゴボっ……し……ぬ……)。
「でやあ────‼︎」司はカバンから塩を取り出して、急いでモドキに向けて投げつけた。
<ズズズ……ズズ……ズ……ズ……>
少しずつ顔からゼリーが落ちるように地面に落ちて水になっていく。
<ズズッ……ズズ……>
だが、身体にモドキは見当たらないのに、息が出来ないのか喉に手を当て必死にもがく仕草をする。どんなに足掻いても、モドキが溶け切るまで、まとわりついた体液によって空気が遮断され息ができないのだ。
<ズッ……>
「ゴボッ……ゴボゴボッ……ヴフッ!!」
「モドキが口から身体の中に入ってしまった!」
司は、焦っている。ここで判断を誤まると少年は死んでしまう。
「どうする、どうする? ええい綾人! 水が入ったペットボトルを持ってきてくれ!」
ダッシュで取りに戻り司に手渡す綾人。
「よし! 今からペットボトルに塩を入れて塩水を作り飲ませる」
「塩水なんか飲ませたら死んじゃうよ!」
「濃度は任せろ! 五百ミリリットルのペットボトルの蓋に、すり切りより少し下に塩をいれたら〇.九パーセント。つまり、生理食塩水の濃度。これなら塩分過多にもならないしモドキにも効くはずだ」
手際よく塩を測りペットボトルの中にいれて振ると少年の口を開けて無理やり入れる。
「飲め、飲んでくれ‼︎」
<ゴボッ……ゴボ……ゴクッ……>
(う、うる……さい……)
<ゴボゴボゴボ……!>
(誰や……なんか……言ってる……)
「ウッ、ウッ! ウゲェェ──」少年の口から水が噴き出す。
「やった……息を吹き返したぞ!」
拳也は立ち上がって逃げようとするが、身体がうまく動かないし頭も回らないでいる。今、出来るのは目を閉じることだけだった(こいつら……俺を……助けたんか……)。
「あっ! とーちー」
「大丈夫、息はしている。気絶しただけだ。とりあえず熾火の所まで戻ろう。モドキが、こんな場所までいるなんて……そしてこの少年が、なぜこんな場所にいているのかは分からないが──」
「放っては、おけないでしょ?」司の横から顔をひょっこり出し綾人は言った。
「そうだ……その通りだ。よくわかったな」今、話そうとした事を先に言われ司は苦笑する。
「わかるよ。だってとーちー、お人好しじゃん」
軽い笑みを浮かべ話す綾人に自分を理解してもらえたようで、司は顔が喜びで崩れていくのを下を向いて隠す様にして少年を運び出した。
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