第9話 三番目のコテージ
喉の奥から悲鳴が上がりそうになるのを必死におさえる司は、足が震え、視線を外すことができないでいる。
「なんだこの部屋は何が起こったんだ……泥棒や強盗にしろ部屋の中を荒らしすぎている……」
「……どうしたの、とーちー?」
「なっ!? 綾人、来るなといったろ!!」
「えっ、なんで……!? うっ、なにこれ……また人が死んでる……」そう呟いた後、綾人は入り口に向かい走り出していく。
「う、うっ……うわぁ────!!」綾人は、あたりかまわず、ぶつかって外に出ると嘔吐した。
「ウ、ウゲェ──、ハァハァ……」
「綾人、大丈夫か!?」
「ハァハァ……ウップ……。また……また人が死んだんだ……」
「あや……」
「こんなのもう嫌だ……誰か助けて! 怖いよ! もう、死んだ方がマシだよ!」綾人は髪を振り乱して叫ぶ。
「あ……綾人。落ちついてくれ」
「はぁ⁉︎ 落ち着けって……何でとーちーは、落ちついてられるの! 人が死んでるんだよ。おかしいよ……それとも俺がおかしいのかな……」
綾人は寒さで悴んだ手を口元に当てて震えるように、手を片方の手で覆い全身を震わせだした。
「お前は、おかしくなんかない!!」
司は綾人を抱きしめる。
「おかしいのは俺だ! 人が死んでるのを見て苦しくなるのが、当たり前なんだよ!!」
司に力強く抱きしめられた胸の中で、この恐怖からの救いを求めるように綾人は怯えている。
「人の死を見て動揺しないなんて、死に対して“慣れている”か“人間じゃない”かだ」司の身体も微かに震えているのが綾人にも伝わっていく(俺だけじゃない……とーちーも怖いんだ……)。
「何もおかしくない……それが人としてあるべき姿だ……」
「とーちーは、どっちなの……」
見上げる綾人を抱きしめたまま、司は答える。
「俺は転職回数が多いっていってただろ? その一つで特殊清掃の仕事をしていた頃があったんだ。主に独居老人の孤独死の部屋や線路での自殺。毎日、人の死に関わりすぎて慣れてしまったんだよ……」
目を瞑り首を振る司
「いや……心の平穏に保つ為に、慣れたフリをしていたのかもな……」
腕の中にいた綾人が落ち着きを取り戻したのを確認して司は「すぐ戻る。とにかく俺に任せて、ここで待ってくれ」と言うと、綾人は声を出さず小さく頷いた。
もう一度、玄関に立ち深呼吸すると司は一人で家に入り死体のあるリビングソファの裏に近づくにつれ、その恐ろしい現実が次第に明らかになってくる。
さっきは気付かなかったが折り重なった二人の下にもう一人の遺体がある。
無数の切り傷や打撲痕が彼らの身体を覆い、絶望的な戦いの跡が見て取れる。
(成人男性、成人女性。それに……幼児の遺体を含めて三体。おそらく家族だろう……。全身を強く打って、原型を留めていないほどの損傷。幼児だけは、かろうじて形を保っている。おかしい所は、床だけでなく壁や天井にも血がついていることだ……このコテージの散らかり具合からすると……)
ライトの光を部屋中に向け、今までの経験から司は一つの結論を出す。
「そういうことか……」司は、三人に向けて手を合わせると緊急用の備蓄用品を探しにキッチンに移動する。
「奥のドアはガレージに繋がってそうだな……ん!?」
<ガシャン!>
静かな部屋に何かが割れる音が響く。
「誰かいるのか!?」そう言葉を発した瞬間だった突然、腕に痛みが走りライトを落としてしまう。
「痛い! なんだ……!?」手で触ると血が出ているのがわかる。
「うっ……腕を切られた⁉︎」(くそっ、矢柄か⁉︎ 暗くてよく見えない。どこからくる……この暗闇では、パンチは当たりそうもない。仕方ない、相手が近づくチャンスは刺しにくる時だけだ──。一か八か、やってやる!!)
<ダダダダダ──!>足音が司の元に近づいてくるのが分かる。
<グサッ!>太股に刺さる鈍痛な痛み。
「くっ、今だ! 何するんだ、このヤロー!!」
司は刺してきた相手を思い切り突き飛ばす。
「うわ──!!」まだ大人ではない男の子の声。
「なっ……子供の声?」
司を刺した何者かは、あたりかまわず司に物を投げながら逃げていく。
「待て──!!」
──コテージの入り口で、司の帰りを待つ綾人は、扉の奥から走る音が聞こえてくるのでドアを開けようとした。
「とーちー!!」
<ガラガラッ、ドン!! ポロッ……コロコロコロ……>
綾人は走ってきた人物と玄関でぶつかると、水のペットボトルが転がり落ちるのが見えた。
ぶつかってきたのは髪の毛を金髪に染めた短髪で目つきの鋭い少年。
驚きながらも綾人を睨みつけている。
「待つんだ──‼︎」司の叫ぶ声が近づくと、少年はペットボトルを取らず走り去っていく。
「ハァ、ハァ、ハァ……くっ! 逃げられたか……」
息を切らし出ていった少年を目で追う司は綾人の元に駆け寄る。
「綾人、大丈夫か! ケガはないか!?」
「突き飛ばされてコケただけだよ、それにしても、なんだアイツは……⁉︎」
司の太股から流れ落ちる赤い液体を止めるように手で押さえる。
「ええっ!? とーちー、足、足! 太腿から血がでてるよ!」
「奥の部屋で、いきなり刺された」
「血が、血が沢山出てる!」
「焦るな綾人、 俺はこんな程度じゃ死なないからな。とりあえず中に入り、止血するもの探してくるよ」
「待って、一人じゃダメだ! 今度は俺も一緒にいくからね」司の服を引っ張って、一人では行かせないようにする綾人に根負けして「わかった……途中までだぞ……」と二人は一緒に入っていくことにした。
──再度コテージの中に入り、しばらくして玄関のドアを開け出た綾人は、もう一度嘔吐をした。
「う、うえ──! ハァ、ハァ……」
「大丈夫か?」
「ハァハァ……そっちこそ大丈夫なの? 応急処置はしてたみたいだけど……」
「あぁ、刺されたのが太ももの外側なので助かったよ。動脈なら命に関わってたからな」
太股を摩り、次に腕を上げる「腕も外側を軽く切られただけだから、圧迫止血でなんとかなりそうだ」
──また無理しているな……。綾人は口には出さなかったが、司は痛みを我慢しているように見える。
「ただ、この脚では移動に時間がかかるな。さっき逃げた少年の方向から、次のコテージに向けて走っていったのかもしれない。このままでは最悪、鉢合わせする可能性がある。そうならない為にも、更にもう一つ先のコテージに行けるように、出発したいんだがどうする?」
司が無理をしているのは分かったが、それが正解だと綾人も考える。
「わかった……行こう。歩きづらい場所は肩かすからね」
──地底は地上のように、どの方向にも歩けるように広がっている。
次のコテージに行く途中には、松の木が倒れている光景が多くなり、木を跨ぐのが辛そうな司に綾人は積極的に肩をかして進む。跨いでは木の上に立ち、体に負担がかからない次のルートを綾人が判断したのがよかったのか、少しだが緩やかな道になったのが有り難かった。
「ハァ……ハァ……」
「とーちー、息上がってきてるよ…… 顔色も悪いし少し休もうか。血を流しすぎたんじゃない?」
「心配すんな、今までが血の気が多かったんだ。なくなって丁度いいぐらいだぜ!」
綾人は、いつものため息を出す(いつものとーちーだな……)。
金髪の少年を思い出す綾人。
上半分は黄色、下半分は白に分かれた半袖のTシャツに短パン。歳も自分と同い年ぐらいじゃないいだろうか。
「ねぇ、あの子……とーちーを……殺そうとしたの?」
「わからない……ただ、あの歳の子がナイフで人を差すなんて戸惑うはずだが──」
間をおいて一言「迷いがなかった」
「さっきの男の子、コテージで亡くなった家族なのかな?」
「素人判断だが違うと思う…… 家族と思われる三人の遺体があったが、俺が見た限りでは死因は全身強打による外傷性ショック死だろう」
「誰かに殺されたってこと!?」
「いや……俺達のコテージが崖から滑り落ちた様に落ちずに“コテージごと回転して落ちた”みたいだ」
「そんな……⁉︎ じゃあ、俺達もそうなってた可能性もあったって事……」
司は頷く。
「崩れ落ちる中、 両親は幼児を守ろうと必死で抱きしめていた形跡があった。それは我が身を犠牲にしても幼児を生きさせたいという願いだったろう。結果的には死亡したが、幼児の傷は二人に比べ明らかに少なかった」
「子供を守るために……」
「そんな中で、金髪の少年だけが無傷なのはあり得ない。それよりもおかしい行動がある。台所周りの食料を全て持って逃走したことだ」
「確かに……さっきペットボトル落としていった! とーちー、コレ飲んでいいのかな? あの亡くなった人達のだよね……なんか火事場泥棒みたいで飲むのためらうんだけど……」
「大丈夫。これは、どのコテージの外にも用意されている緊急防災セットのペットボトルだ」
「”緊急時には、どなたでもご使用下さい” と書かれているから気にしないで飲んだらいい」
「わかった、じゃあ少し飲むね……」
<ゴクッ、ゴクッ!>美味しそうに飲む綾人。
「美味しい、美味しいよ……はい、 とーちーも……」
<ゴクッ、ゴクッ!>
「ふ──、美味い……他にも食料も入ったバッグをあの少年が持って行ったみたいだな」
司は考える。
「一人で生き延びる為に……それとも、誰かに脅されてか……」
「誰かに……?」
司は、綾人と同じ目線にして急に真剣な顔をして話し始める。
「……綾人。話は変わるが、さっき死んだ方がマシって言ってたな。今回のように自然災害で起こる事故を防ぐのは難しいし、理不尽な不幸に誰だって遭いたくない。『生きたかったろう、辛かっただろう、悔しいだろう』それは残った人間が考える事──死んだら終わりだ。だからこそ残った俺達は“その人の分も大事に生きていかなくてはならないんだ”……そうだろ?」
「そうだね…… 俺、亡くなった人の分も頑張って生きる。甘えてたんだな……生きたくても生きられない人がいるのに、死にたいだなんて簡単に口に出して……もうバカなことは考えないようにするよ」
「そうカタくなるな 『生まれたからには生きてやるんだ』みたいの気持ちでいいぞ!」司は頭の後ろに手を組みながら話しをする。
(全くどっちが本音だよ! でも……とーちーが俺を心配してるのはわかる。生きてやる……生きて、生き抜いてやる)
──綾人達が次のコテージに向かう頃、金髪の少年は食糧を抱えて、壊れたコテージの中に入っていく。
薄暗い部屋でドスの効いた声が響く。
「おう! 拳也、食べもんあったか?」
「こ、これ……」拳也からバッグを受け取る男。
「そうかそうか、よう見つけたな! ご苦労さん。こっちも部屋中探してたけど、めぼしいものはなかったわ。このコテージは宿泊キャンセルしとったんやろな」
そう言った男の足元には、ペットボトルや食べかすが落ちているのを拳也は見逃さなかった。
「──ん!? あぁ? 飲みもんが、ないやんけ!!」
「ヒッ!! ごめんなさい……なんか……二人組の親子が入ってきて……」
「……何? 二人組の親子だ──。言うてみぃ……どんな姿しとったんや」
「親父の方は暗くてよくわからへん……もう一人は小学生くらいの男なのに髪が肩まであるやつで……」
「親子で髪が肩まであるガキやと──!!」(生きとったんか……あの二人!?)
「クソが────!!」
「ヒッ! 『捕まったら殺される』って聞いてたから、無我夢中に逃げて気づいたら台所にあった包丁で刺して……」
「なんやと!!」男はニヤッと笑う。
「刺してきたんか! はよ言わんかい‼︎ ようやった拳也。コレ食ってええぞ──。それで、どこ刺したんや首か、腹か、どこや!?」
「あ、脚に……」
「あ──ん!?」真顔に戻った男は冷静な口調で話す。
「次は……ちゃんと下から突き上げるように内蔵めがけて刺さんかい、わかったか」
拳也は怯えて小さくなっている。
「……ったく。なぁ……拳也。勘違いすなよ……。俺は、お前が嫌いやから怒ってるんちゃうんやで──」
男は泣くような表情をする。
「その二人はな……その二人は! 艶を……お前のおかんを殺しよった奴やからや!!」
「あ……あの二人が……⁉︎」
「そうやあの二人、 俺等を背後からいきなり殴ってきて……艶は打ち所が悪かったんやろう……グスッ……」真顔に戻り拳也の目を見つめる。
「だからや……拳也、わかるな。復讐じゃ──、弔い合戦じゃ!」
憎しみの顔になる拳也。
「アイツら……憎い、憎い……。お……おかん────!!」
コテージの外に走り出す拳也。
「ククク……よし、これで純粋な兵隊が一人増えたな……。 それにしてもどうやって生き延びよったんやあの二人……。まぁ、ええわ。缶詰でも食ってから考えるか」
そう言うと矢柄鉄は缶詰の蓋を開け一人で全部たいらげた。
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