第6話 金色の魚

 ──司の体はフワフワと天井に浮かんで、もう一人の自分を見下ろしていた。

 

「なんだ……あそこにいるのは俺だよな……。どっかで見た記憶がある場所……。そうだ……ここは病院の診察室で、椅子に座る彼女と医師が戻るのを待っていたあの場所……」


 あの日──検査結果を告げる医師が目の前の椅子に座るまでの待機していた時だ。

 彼女と会話をろくにせず診察室で待つ時間が、とても長く感じていたんだ──。

 

「お待たせしました。神野さん、こちらが再検査の結果になります」

 CTによる画像検査が画面に映し出されると白衣の医師は表情を変えずに話しを続ける。

「残念なことですが、癌を再発しています」

  

 その言葉を聞いて、彼女は口もとに手をあて目を伏せた。 

 

「せ、先生……治るんですよね!」懇願するように質問する司。

 

「ガンの進行が早く、何もしなければ余命は一年」

 

「あと……一年……」

 

「先生、なんでもします……彼女を助けて下さい!」

 

「もちろん、私も最善を尽くします」

 

「司君……」

 

 ──気落ちした彼女に寄り添うように手を差し伸ばしたとき、どこからともなくドスの効いた大きな声が聞こえると、司の頭に液体がかけられたような感覚が起きた。

 

「いつまで寝とるんじゃ、ワレ!」

 

「うわっ……なんだ⁉︎」

 

 体にかかった水に驚いて目を開く。真っ先に目に入ったのは司にバケツを投げつける男の姿。

 足元に転がるバケツを見て服から流れ落ちた茶色い水は、歩いてきた道のりにもあった泥水だと直感で分かった。


「俺は……夢を見ていたのか……」

 

 もう一度周りを確認する。

 サングラスにオールバックの強面の男性は、こちらを見ながら威嚇している。中肉中背で、がっしりした体型。派手な半袖のシャツから出た筋肉質な腕や首には金色のアクセサリーを身につけて独特の空気感が漂う。

 

 ひと目で分かる、カタギではないと──。

 

 男の近くに露出の激しい服装をした女性が一人。

 金髪のカールが、かかった長い髪に、整った顔立ちの女性が岩に腰掛けている。

 三十代前半だろうか、化粧のせいでよく分からない。女性は口に何かを放り込みながら陽気な笑い声を上げる。


「アハハハハ! ビックリしてるよ鉄ちゃん」

 

<ムシャムシャ……ゴクゴク!>

 大きな粗食音をたてる女性の食べ物を見て司は疑念を抱く(──あれは俺らの食料じゃないのか? 一体何者なんだ)。

 

立ちあがろうとした司は、自分の身体が思うように動かずに倒れた。 

「あれ……両腕が⁉︎ ガムテープで、ぐるぐるに巻かれている! どういうことだ」


 今度は頭痛が司を襲う。 

「ウッ……頭が痛い! 確か俺は、誰かに殴られて……」


 気絶する前の事を思い出す司は、男達に向かって叫ぶ。 

「そうだ、綾人は⁉︎ 綾人を──子供をどこにやった‼︎」


 鉄と呼ばれた男は声を荒げて怒鳴る。 

「じゃかましいわ、ガキなんぞ知るか!」

 

 隣の女はヘラヘラと笑いながら鉄の話に入りこみ答える。 

「アンタの子はねぇー、この先の場所で──」

 

<パン!>

 女性の頬を叩く鉄。 

「艶──、余計な事は言わんでええ!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 司は倒れ込むようにして頬を抑えて謝る女の間に割ってはいる。 

「やめろ、なんて事をするんだ!」

 

 鉄は、ぐるりと顔を向けると司に近づいて強引に意見を通す。

「アホか、ワレが話しかけたから艶が叩かれたんやないかい! どないしてくれんねん」

 

(な、なんだと? この男……無茶苦茶だ。話が通じない……)

 

 司は、艶と呼ばれた女性の会話から推測し問いかける。 

「子供は無事……なんだな⁉︎」

 

 鉄は、少し考えると「ガキが気になるか……」と司に問い返すと“小判”をちらつかしだした。

「なぁ、 あんた。この“小判”をどこで見つけたんや? それさえ言ってくれれば命までは取らへんで」

 

(綾人が見つけた小判。まさかそれで欲に目が眩んで俺達を襲ったのか⁉︎)

 

 鉄は粗暴な言葉で話し始める。

「ワシはアホやけどな、金のなる話だけは頭がええんや──」


 そう言うと鉄は司の前まで近づいてしゃがみだす。

「滋賀には埋蔵金の話が沢山あるんや。本能寺の変って知ってるやろ? 信長を本能寺の変で討った明智光秀の家臣が信長の本拠地・安土城にあった多額の”黄金”を琵琶湖に隠した説がある。つまりやな── コレは、その小判に間違いない!」

 

 鉄は司の顔に近づけ、ニコッと笑う。

「底に埋もれとった金が水と一緒に流されたんやろ。近くにも、もっとあるはずや。……なぁ、さっき、いきなり殴ったんは、地底人やと思ってしもてな、だから殴ってしまったんや。すまんのう。普段は気のええおっさんやで、なぁ艶──」

 

 艶は手の甲で涙を拭い、すすり泣く声をだす。

  

「いつまでも泣いてなよ‼︎」 


<パン!>もう片方の頬を叩く鉄。

 

「暴力はやめろ!」叫ぶ司を見て、ニヤニヤしながら鉄は司に相談を持ち掛けた。

「なぁ、ガキを返したるさかい教えてくれんか?」

 

司は心の中で考える(いきなり殴りつけてくるような奴だ。素直に話した後は何されるかもわからない。しかし……綾人を救うには素直に従うしかない)。

「──わかった、だから暴力はやめてくれ」

 

 鉄は得意げな顔をする。 

「そうかそうか、ありがとうなー」

 

 司は綾人の安否を確かめるために鉄に揺さぶりをかけるるように話す。 

「小判を見つけたのは息子だ。ただ、そこにたどり着く道は俺しか覚えていない」

 

「つまりガキが必要って訳か……しゃーないな……おい、艶。ガキを連れて来い!」

 

 艶が頷いて走っていく姿を見て、鉄は髪の毛を後ろにかきあげて直すと司に向かって質問を始める。

「お前らは、コテージにいた宿泊者でええんか?」

 

「そうだ俺等は宿泊者だ。アンタ等もそうなんだな⁉︎」

 

  鉄はフンと鼻で笑った。

「さあ、どうだかな。見たところ家族っぽいし、仲間が後、最低でも一人はおるやろ? どこにおるんや」


  司はここで真面目に答えてはいけないと感じ、あえてぼやかして告げる。

「あと二人いる、今は石の下だが……」

 

 “地震によって生き埋めになった”と考えたのか鉄は満足そうにうなずいた。 

「ククク……ほら残念やな」


 上機嫌になる鉄の元へ血相を変えた艶が戻ってきて声を上げる。

「て、鉄ちゃん、大変なの。子供がいない‼︎」

 

 ──艶が来る、数十分前。

 

 意識を取り戻した綾人は、両手がガムテープで縛られていることに気づいた。

「くそー、取れない! ええい、このまま移動だ」

 手をうまくついて立ち上がり、離れた場所から声がする方に向かって岩陰から隠れるようにして覗いてみると司が監禁されている状態だった(俺も、もしかしたらあの二人に攫われたのか? 見つからないようにしないと……)。


 鉄が興奮した様子で怒鳴り散らす。

「お前はガキの一人も見てられんのかい! イライラさすな、向こうにいってろや!」

 

 艶の髪の毛を掴む鉄を見て「やめろ!」と司は大声で叫ぶと鉄は怒りの矛先を司に変えて吠えまくる。

「オドレは立場考えてもの言えや──‼︎」

 

 頭に血が昇った鉄は、一瞬立ち止まって、もう一度髪の毛を後ろにかきあげた。

「あぁ、あぁ……そうやなぁ、暴力はあかんなぁ……」

 

 鉄は自分に言い聞かせるようにつぶやき、周囲を見渡すと──大声で叫ぶ。

 

「オラァー、くそガキ──! いるならすぐ出て来い‼︎ 今から十秒数える」


 どこまでも響そうな威圧的な声に綾人は不安に駆られつつも、鉄の言葉を冷静に聞く。

 

「出てこんと、お前の親父の指を──、十秒ごとに一本ずつ折る‼︎」

 

 綾人は聞き間違いかと耳を疑う(指を折るって言ったのか? 信じられない!)。

 思いがけない言動に戸惑っている間もなく、カウントが始まりだす。

  

「いーち」

 

(とーちーの指が折られる⁉︎)

 

「にぃー」

 

(出て行くか、このまま隠れるか?)

 

「さぁーん」

 

(どうする、どうする)


「しぃー」


(このまま出ても捕まるだけだ)


「ごぉー」


(立ち向かっても腕力の差が違う)


「綾人いるなら逃げろ──!」

 

 頭を抱え一人悩む綾人に聞き慣れたとーちーの声が届く(と、とーちー⁉︎)。

 

「お腹空いてても、お前の“ボロボロ崩れ落ちる”菓子は、食べてしまわれて、ここにはもう無いぞー!」

 

「何、勝手に喋ってんねんワレ!」


 司の両頬を片手で掴み話せないようにする姿を見て、息を潜めている綾人の呼吸が激しくなっていく(逃げろってどこにだよ⁉︎ それになんだよ ”ボロボロ崩れ落ちる”菓子って……今、言うことか……⁉︎)。

 

──いや違う(とーちーは、何かを伝えようとしている。今、言うことじゃ無い……ボロボロ落ちる……逃げる場所……)。


 綾人とはハッとして顔を上げる(……まさか、とーちー。コレを伝えるためにワザと……⁉︎)。

 

「続き言うぞ! ろーく」

 

(やる──やるしかない!)

 

「しぃーち」


 心臓の鼓動は破裂しそうなほど動いてるのがわかる(──動け、動け! 俺の足)。


「はぁーち」


「ま、まてー! お、俺はここだ──‼︎」

 

 立ち上がる綾人に目を向けた鉄は不敵な笑いをする。

「やっぱり隠れてやがったか……この辺りにおると思ってたんや」


「あ、綾人……」

 

「い、今から助けを求めてくるからな。お前等なんかに”金塊”は渡さないぞ‼︎」

 

「何、”金塊”やて⁉︎ 小判だけやなくて? あるんか……あるんやな‼︎」鉄はカウントを止めると、満面の笑みで話しかけてくる。

 

「とーちー、待ってて!」クルリと背を向けて走り出す綾人は、鉄の追撃を振り切るべく一生懸命に走り出した。

 

「ま、まて……艶、何しとる戻ってこい‼︎ ガキんちょを捕まえるぞ」


 司と通ってきた道を戻るように走る綾人は、後ろを振り返り鉄達が追いかけてくるのを確認をする(よし……ちゃんと追ってきてるな)。

 

 両手が縛られて、うまい具合に走れないが、捕まらず行けない距離ではないはずだ。

 あそこまで行けば──。

 地面の色が次第に変化しているのが分かりだした。さっき通った場所だ。端に水溜まりが残っているのを確認した綾人は、足を滑らせ前のめりに倒れ込む。

 

 ──ハァ、ハァ

 ──ゼー、ゼー

 

 荒々しい呼吸が背後からしのび寄る。

 振り返ると肉食動物が捕食するようにゆっくりと近づいてくる鉄の姿に、綾人はお尻をつけたまま水溜まりの方に後退りを始めた。

 

「もう逃げられんぞガキがー、手間かけさせやがって」

 

 綾人は、ある場所にたどり着き動くのを止める。

 

「艶ぁ──そっちから回り込め! きつーい、お仕置きじゃー‼︎」

 

 怒鳴られる事が今まで経験がない綾人は、震えながら司の言葉を思い返す。

 『水で濡れた様な場所は脆そうで、走った衝撃や、二人同時に乗る重さで割れる可能性もある』

 (じゃあ……三人ならどうなる……)

 

 綾人を両側から挟み込むように捕まえようと近づいてくる二人。

 

「お仕置き、キャハハハ!  さぁ──捕まえるわよ」


 艶の笑い声に被せて鉄の声が響く。

 

「それ、飛びかかれ!」抵抗もせず腕を掴まれたその時、水たまりに貼った氷の上に乗るように地面にヒビが入りだしていく。

  

「な、なんじゃ‼︎」

「え、え、え?」


 予想外の出来事に混乱する鉄と艶に綾人は大声で叫ぶ。 

「ここだよ、このすぐ下を掘ると”金塊”が埋まってるんだ!」その言葉に反応した二人は、綾人の手を放すと必死で足元を探し出す。

 

「なんやて、この下に!」

「えっ、どこ? どこ⁉︎」

 

 綾人はヒビが広がる前に、地面が濡れていない部分まで静かに移動し終えた数秒後だった。落とし穴のように地面が崩れていく。

 

「おわぁ──!」

「きゃあ──!」

 

 綾人だけ落ちずに済んだのは、ただ運が良かっただけかも知れない。

 水に濡れていたカルサイトは、鉄と艶は悲鳴とともに見事に崩れ落ちていった。覗き込んだ穴の深さは二メートル程の高さがある。これなら暫く登ってこれないだろうと綾人は司の元に走り出した。

 

 薄暗い道を綾人は戻っていると、ひょこひょこと司が歩いてくるのが見えた。無事を確認するかのように、司は叫ばなくてもいいのに名前を叫び走ってくると感極まったのか抱きしめてきた。

 綾人は「わかった、わかったから──」司の体を手で押して離れると、興奮気味に鉄と艶をカルサイトの落とし穴に誘導したヒントを意地悪っぽく話した。


「とーちー、あのヒント分かりにくいわ」

「そうか? 俺は綾人なら分かると思ったよ」

 そう言って、二人は笑った。

 

 司は手首と肘の間まで中途半端に取れていたガムテープを見ながら無言で拳を突き出すと、綾人も同じく無言で拳を突き出し軽くこぶしを合わせた。

  

「さて…… 捕まっていた場所に俺達の道具を拾いにいこう」

 

「そうだね……こっちだよ!」と綾人が指し示す中、二人は再び行動を共にする。


 ──司と綾人が二人が再会を果たした時間、カルサイトの落とし穴に落ちた鉄は怒りが収まらずにいた。

「あのくそガキがー、 しばくだけやすまんぞ──。ちっ、高さがあるな。艶──、そこに跪けや」

 

「ひっ!」表情を怖がらす艶。

 

「なんや、いやなんかい!」

 

「違う鉄ちゃん……何あれ……」

 

 艶は暗闇を指差すと、微かに引き摺るような音をさせながら、“何か”が動きだした。

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