第5話 地底人

 動かない司の態度を見て綾人は確信をした。司は本当の父親ではないのだと──。

 

 暫くして、ようやく岩の落下が止んだ。洞窟内は静まり返り、ただ埃が舞い上がり続ける。 

 綾人は震える手で顔を覆い、深呼吸を試みたが、息がうまく吸えない。地面には大小様々な岩が散らばり静寂の中で耳障りな音を立て続けている。

 全体を照らす光もなく、綾人と司の呼吸音だけが洞窟の中で反響した──話すことが出来ずにいる二人の均衡を破ったのは、茉莉の声だった。

 

『ガ……ガガ……』 

『あ……あや…………』

 

 コテージに駆け寄っていく綾人。 

「茉莉の声だ! 茉莉、聞こえるか。茉莉!」

 

『とー……ガガッ……あや……助け……』

 

 途切れ途切れ聞こえる声。 

「どうした、聞こえているか⁉︎」

 

『い……ガガッ、いたいよ……ガッ……いい……』

 

「なんだよ、電波が悪い!」

 

「菜桜子、茉莉、聞こえるか!」

 

『大丈夫……まつ……必ずとーち……綾人がきて……』

 

「向こうには、こっちの声が聞こえてないのか? くそ、今すぐ助けにいくからな、綾人行くぞ‼︎」

 

「うるさい、指図するな!」そう言いながらも司の後をついていく。


 コテージへの入口は、完全に石や砂で埋まっていた。

「この辺にドアがあるはずなんだ!」

 司は力任せに大きな石をどけていく。


「ここらへんだな!」

 

 掘っても掘っても、石の下には次の石が現れる。司は大きな岩、綾人は小さい岩を一つずつ確実にどけていく。

 一時間程、経っただろうか、司は手を止め声をあげた。

 

「あった、あったぞ‼︎」

 

「ちょっとまってよ、これは──⁉︎」

 

 俺達が必死で岩をどけて出てきたドアは、変形して押すことも引くこともできない状態になっていた。

 

「あ──! ちくしょう、ここまで来て‼︎」

 

『……ガッ……ガガッ……綾人、とーちー聞こえる?』

 

「かーちーだ。聞こえてるよ!  とーちーもいる、ニ人は無事なの⁉︎」

 

『無事で良かった……私は大丈夫だけど茉莉が痛めてた足が悪化してるわ』

 

「なんだって⁉︎」汚れた顔を司と見合わせる。

 

『トランシーバーの電波が繋がる間に伝えとくわ……ガッ……』

 

「いま開ける、待っててくれ‼︎」

 

『この中は電気も使えて食料もあるから心配しないで……ガガッ……綾人……とーちーを信じて協力してね……。ガッ……茉莉と待ってる……ガガガッ……』

 

「かーちー……」

 

『ガガッ……ガッ…………』

『ガ──────』

 

「かーちぃ──!」繋がらないトランシーバーに口を当て呼び続ける綾人。

 

「くそー、開きやがれ! はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 顔を紅潮させ、何度もドアを前後に揺らす司の指は、擦り傷で血だらけになっていた。どう考えても一人の力じゃドアは開きそうもないのに……。

 でも、俺とニ人なら出来るかも知れない。何やってんだ俺は──、写真のわだかまりなんか今、必要ないじゃないか──そう思いドアに手を掛ける。

「えぇい、くそ! 俺も……俺も手伝うよ!」

 

「頼む綾人! ”せーの”の掛け声を俺が出す 。”の”のタイミングで引っ張っぱってくれ‼︎」

 

 綾人は頷き、掛け声を待つ。

 

「いくぞ! ”せ──の”」

「ふんぬ──! ハァハァ……駄目だ……ニ人でもビクともしない……」


 何度も何度も押したり引いたりを繰り返したが、シェルターになる程のドアを人の手でこじ開けるなんて不可能だった。


「開かない……どうやっても開かない。もう、どうしたらいいんだよ!」綾人は頭を掻きむしる。

 

「綾人……ひとつのアイデアがある。聞いてくれるか?」

 

「助けるアイデアがあればな!」吐き捨てた言葉の先にある、司の顔は真剣だった。

 

「今、俺達がいる場所は何処かわかるか?」

 

「はぁ? 琵琶湖の底だろ!」

 

「いや、ここは琵琶湖の底の、“さらに下”だ」

 

「底って一番下って意味じゃないの……“さらに下”?」

 突拍子もない会話に綾人は戸惑う。

 

「例えるなら、カレー皿の下に、もう一枚カレー皿があるような感じだ。単純に考えてくれ。お皿とお皿を乗せると間には空間ができるだろ。今、俺達は上の皿と下の皿の間にいる」

 

「琵琶湖の下に、もう一つ琵琶湖と同等の空間ってこと⁉︎」

 

「昔、似たような話しを聞いたことがある。下水による浸食等の変化が起こり、地下の岩石もしくは空間が崩壊し中の穴が地表にまで到達して陥没が起こる現象を”シンクホール”と呼ばれていると」

 

 難しい話に頭が追いついていかない綾人は、徐々にイライラしてきた。

 

「シンクホール?」

 

「実際、世界中で同じように 陥没が起きているんだ、コレが海の中なら”ブルーホール”とも 呼ばれてるらしいが……今はとりあえず”シンクホール”として認識しておけばいいと思う」

 

 綾人は話を続けたそうな、とーちーの話を遮る。


「シンクでもブルーでも、どっちでもいいから助ける方法を言えよ!」

 

 司は頷くと落ちている枝を拾い地面に絵を描きながら話を続けた。

 

「わかった、本題に入ろう。この宿泊施設は五百メートル毎にコテージが六つ建ち並ぶ、俺達がいるここは、一番手前の場所だ。この先に進めば、俺達のように琵琶湖の底の下まで落ちた宿泊者がいるかもしれない」

 

──ごくりと唾を飲む綾人。

 

「予備電源は一週間。つまり俺が言いたいのは、俺達は、この先に進み人か道具を集め”一週間以内”に戻り、かーちーと茉莉を助けなければならないということだ!」

 

 綾人は埋もれたコテージを見る。

 

「危険が伴うがやるしかない。いけるか綾人!」

 

 数秒間の沈黙の後、返事をする綾人。

 

「い、いくに決まってるだろ!」

 

「よし、さっき集めた道具で使えそうな物を持って直ぐに出発するぞ!」

 

 ──コテージやガレージ周辺を、もう一度散策するニ人。

 

「持参するモノは決めたか?」

 

「懐中電灯にパン、食べかけのおやつ、ペットボトルのお茶、歯磨きセット、あとは尖った木の棒かな」

 

 綾人はリュックの中身を見せる。今度は司がショルダーバックの中身を出していく。

 面倒臭いが、司が言うには自分達の持ち物を把握することは重要らしい。

 

「俺は持っていくのは、ベルト用隠しナイフ、スマホ、防水マッチにスチールウールに──忘れちゃいけない鼻うがいセットだ! 中身は長期旅行用の塩が小分けにしてたっぷり入っている」

 

 ドヤ顔を向ける司に綾人は苦笑して、花粉症なら仕方ないかと何も言わなかった。

 

「スチールウールって何に使うの?」袋に入ったまま、弾力を確かめるように上から指で押す綾人。

灰色のかたまりを素手で触るとザラっとしていてる。

 

「それは“たわし”みたいなもんだな。ナイフが錆びた時に使う予定だ」 

 

 お互いのバッグの中身を確認して司は、気持ちを奮い立たせるように叫ぶ。

 

「よし……行くぞ!」

 歩き始める司の後を歩く綾人は、もう一度振り返って心に誓う。

 待っててくれよ。かーちー、茉莉、必ず助けるから──。

 

 ──コテージの場所が完全に見えない距離まで歩き続けただけで綾人は、早くもクタクタになっていた。

五百メートルなんてあっという間に着くと思っていたが、それは大間違いだった。確かに水平な道でなら、あっと言う間にたどり着いただろう。

 しかし、この場所は山を下山しながら歩いているようなもので、その勾配と足元との不安定さによって何倍も思うように進まないでいた。

 

 ゴツゴツと隆起した岩には琵琶湖の藻や流木、プラごみが引っかかっているが意外なことに魚は一匹もいない。圧倒的な水量によって、もっと下に流されたのだろうか。

 ただ洞窟の幅が、人一人が通るような隙間を通る道幅ではなく、高速道路のトンネル並みの広さがあり暗闇の先から微かに微量に風が流れてくるのが精神的にも救いだった。

 

 更にそれより驚いたのは地上界に存在する植物なのか知らないが、壁面に張り付き懐中電灯に反応して光る苔の様な食物だ。

 所々に生えているお陰で街灯の様になり最小限の灯りで先に進むことができて助かる。

 しかし、光が届かない場所で育つ植物なんてあるはずがない。

 もしかしたら、地底人がいても、おかしくないかもと思うと綾人は少し寒気がした。

 

「なんだこれは……光苔ってやつの一種なのか? かーちーなら詳しくわかるんだろうな」


 綾人は司の独り言に何も返事をしなかった。

 普段なら「かーちーは大学で恐竜とか土とか研究してたもんな」と答えているだろうが、写真の件もあって、司に対する複雑な感情から、ずっと無言で歩き続けている。

 

 洞窟内には、二人の荒い息遣いだけしか聞こえない。足が本格的に辛くなってきたなと思い始めた時、司は話を切り出してきた。

 

「……なぁ、綾人」

 

「ん、何」顔をそっぽ向き答える。

 

「俺に『本当の父親でもないくせに』といったな、誰かに言われたのか?」

 

 黙っていようと思ったが、綾人は覚悟を決めて司と話すことに決めた。

 

「旅行の準備中に偶然落ちた本から、とーちーと”知らない女性”の結婚写真を見つけたんだ……」

 

「そうか……」何度目か、わからない沈黙が続く。

「綾人……俺は話すことに決めたよ」決意をした表情で綾人と、目を合わせ話をする司。 

「ただ……かーちーの許可もいるナイーブな話なんだ……。だからこそ、かーちーと茉莉を助けて、ちゃんと二人で話そうと思う」

 

 綾人は黙って自分の手を硬く握りしめ聞いている。

 

「だから……その間も今まで通り仲良くしてくれないか?」

 

 歩く足を止めて綾人は「仲良くなんて……仲良くなんてできる訳ないだろ!」と言い切った。


 悲しそうな顔をした、司は肩を落とし目を閉じる。

 

 でも……かーちーが、離れる前に俺に言っていた。『とーちーを信じて協力して』って──

 綾人は素直に話すのが恥ずかしくなり、顔を横にむけ、少し目を伏せながら小さな声をだす。

「ただ……仲良くはしないけど協力はする。──あと、父さんとは呼ばないけど……とーちーとなら……呼んでやるよ……」

 

 司を見ると、いつもより目を大きく開いて綾人を見つめていた。

「あ……綾人……」

 

「べ、別になかったことに、したわけじゃないからな!」

 

「ありがとう……」

 

「なんだよ、泣くなよ」

 

「な、泣いてないてなんかいない、 汗が目に入っただけだ!」

 

 風が吹き出す方向に体をむけると、再び歩き出す司の背中越しに泣いてたくせに……と思いながら後を着いていく綾人の足どりは、さっきまでよりずいぶん軽くなっていた。


「見ろ綾人、あっち側が明るい。出口だぞ!」

 

「ちょっと待ってよ、とーちー。明るいっておかしくない? ここは底なんだろ」

 

「ああ、そうだな。でも光る苔みたいなのがあるぐらいだぞ。いけばわかるさ」

 

 一歩また一歩、目の前に広がる光景を前に二人は言葉を発する事が無くなっていく──。


 どう説明すれば良いのだろうか……山頂からの雲海を初めて見るような衝撃というのか、それともオーロラを現地で見た感動とでもいうのだろうか。

 目の前には巨大なドーム空間の洞窟がある。天井から全て半透明な石で囲まれていて、ぼやけて良く見えないが、薄っすらと空の光が反射してるように見える。

 遠くからは水が流れ落ちる音も聞こえてきて現実ではあり得ない、ゲームやアニメで見るような景色を前に二人は異世界に迷い込んだのかと呆然と立っていた。

 

「なんだよコレ……あの天井、琵琶湖の底にあたる部分だろ。なんで光が出てるんだよ……」

 天井や壁には通ってきた時にあった光る苔も張り付いていて、ライトの光がなくても歩ける明るさだ。

 

 司は天井と似た石を拾い上げると望遠鏡の様に覗き込む。

「これは水晶……いや……カルサイトか?」

 

「カルサイト⁉︎」

 

「一見、水晶に見えるが鉱石を通して文字などを見たときに、二重に見えた場合はカルサイトだと言われている」

 

「それがどうしたの?」

 

「カルサイトは別名”方解石”と呼ばれ 衝撃に弱く割れやすいんだ」

 

「崩壊?  つまり………この場所は崩れやすいってこと⁉︎」

 

「崩れる壊れるの漢字じゃなく、 方位の方に正解の解で方解と書く。まぁ、実際崩れやすいんだけどな」

 

 そう言って琵琶湖の水が流れた場所に近寄って、司が足で叩くと岩に亀裂が入りポロポロと下に落ちていった。

 

「なにやってんの、やばいじゃん。早く移動しなきゃ!」

 

「まてまて、慌てるな。天井は何メートルも石の分厚さがあるみたいだし、今すぐ崩落ということはないから」手を広げて走る体勢を止める司。

 

「この辺の地面は、しっかりしてるが、水が溜まった場所は脆そうだ。走った衝撃や、二人同時に乗る重さで割れる可能性もある 。濡れた場所は迂回する様にして先へ進もう」

 

 そういうと司は安全なルートを探しだす。

 綾人も司の後に続こうとする時、岩が落ちた場所から何か動くような気配を感じがしたが、黙って司の跡を追うことにした。


 カルサイト地帯を抜けて少し歩き、水晶の様な鉱物が目立つ様になると、司は変わった石を拾って眺め出す。

 

「おー、見ろ綾人! これはテレビ石っぽいぞ」

 

「テレビ石?」

 

「あの天井から光が漏れてる部分。あの石はウレキサイト、別名テレビ石と言って光だけを通す石かもしれないぞ」

 

 そう言うと石を手の上に置くと横からは見えないのに真っ直ぐ見ると透けて見える。

 

「凄い……どうなってるのこれ?」

 

「悪いな綾人、俺も面白いなと思って名前しか覚えてないんだ。でもあの分厚い天井がテレビ石なら、光が届くのも納得いくなと思ってさ」

 

「俺もよくわかんないけど、この石を見たらそんな感じするよ」

 

「そう思うだろう。よし、こっち側を進もう!」

 

 司が地層の変化を見極めて歩きだす。地面を見ると、さっきの場所より少し色が違っているぐらいで司が何を基準に安全な道を進んでいるか綾人は気になった。

 

「……あのさ、石とか詳しいの?」

 

「石だけじゃないぞ。結婚するまで沢山、転職して経験をしたからな。ハハハ!」

 

 それは誇れる事なのかと、呆れる綾人。

 

「石のことは、そこそこ知ってるぞ 『石の妖精ストーンツカサ』 とは俺のことだ」

 

「あっそ。じゃあさ、さっき拾ったんだけど、この石なにかわかる?」半分疑うような顔をしてポケットから石を手渡す。

 

「うん? どれどれ……お、おい……綾人。これは石じゃないぞ!」

 

 司の手からボロボロと張り付いた石が剥がれ落ちる。そこへライトの光が金に当たると、無数の小さな光の粒が四方に散りばめられ、まるで星空のように煌めいた。

 

「こ、これは小判!」大きな声をあげる司。

 

「ええっ……小判‼︎」(小判ってあの金の? 昔の人が使ってたやつ⁉︎)

 

「凄いぞ! これはどうしたんだ⁉︎」

 

 興奮する司に話そうとした時である。

 

「これは……ん⁉︎ とーちー、後ろに何かいる!」


<ボカッ‼︎>

「うわっ────!」


<ボコッ!>

 倒れ込む司を見ながら綾人もまた後頭部を殴られ、気絶する前に見た姿は地底人のようだった──。

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