第36話 異空間に侵入

「行こうぜ。全員を助けるために」


「行きましょう。時十さんの正義を行うために」


「一緒に行ってあげるわよ。あたしたちを助けてくれた男にそんな情けない顔されたらたまらないもの」


「ひひゃひゃひゃひゃ! いざ行かん! 魔女の首を土産に悪魔様の嫁を見つけるために!」


 それぞれ思いは違うけど、望む結末は同じだ。


 しかし、戦いに赴こうと思ったら階段を慌ただしく降りてくる男子生徒の姿があった。


「市ヶ谷ー!!」

「村上!?」


 息を切らしながら優太のそばに駆け寄ってきたのは優太が救い出した村上少年だった。


「これ! なんの役にも立たないかもしれないけど、気持ちだけはおれも市ヶ谷と一緒に戦っているから!」


 優太の手の上に置かれたのは神社でよく売っているようなお守りだった。


「村上、わざわざ買いに行ってくれたのか」


 ぎゅっと優太はお守りを握りしめる。


「おれは弱くて戦いじゃ役に立てない。だけど、市ヶ谷の戦いは続いているんだろ? おれさ、戦っている理由はわからないけど、市ヶ谷には勝ってほしいんだ。友達だから」


 変かな、と笑う村上はかっこよくて良い奴だ。そんな村上の思いが届いたのか、優太の持っていたお守りが光り出す。


「うお!?」

「な、なんだ!?」


 優太と村上は驚いているが、閏は優太の右手に刻まれた紋章を見て微笑んだ。


「人間族の紋章。友達の紋章だよ。村上は優太がすげー奴だってみんなに証明しているんだ」


 まじまじと優太は右手の甲に刻まれた星型の紋章を見つめて喜んだ。


「ありがとな村上! きっと村上の力がオレらを助けてくれるぜ!」


「おう! 頑張れよ!」


 村上は閏たちにも無事を祈ると手を振って教室に戻っていった。


「行こっか閏」


 ユナから差し出された手を握る。


「行くぞ」


 そして、異空間の扉は開かれる。忠國の召喚獣アスタロトは閏たちを連れて次元を飛び越えた。




 校舎の外観はまるで魔女の城のように変わっていた。


 くねくねと折り曲がったオレンジの明かりを灯す街灯。いばらのツタが絡み合う門扉の向こう側にはとんがり屋根の漆黒の屋敷がある。


「麦虎、【ライズ】!」


 刀を構えた閏の横では仲間たちもみんな契約した召喚獣を出している。


 忠國はアスタロトを魔界に返してフルフルを召喚していた。


「成長度マックスのフルフルの方が今は攻撃力も高いからな!」


「行きましょう」


 閏の掛け声で全員いばらの門扉を打ち破ると屋敷の中に足を踏み入れた。


「来ると思っていたゲシ」


 玄関ホールで階段の上からこちらを見下ろしているのは、大きなカエルの上に乗った小さな魔女だ。


「魔女といえど子供をぶっ飛ばすわけにはいかねぇだろ。オレの出番だ。みんなは先に行ってくれ!」


 優太と優太の召喚獣であるフクロウ型の精霊メテウが前に出た。


「舐めるんじゃないでゲシ!!」


 カエルから粘着質な長い舌が伸ばされたが、メテウの鎖がカエルの舌を絡めとった。


「優太の言葉に甘えさせてもらおう! 魔女を六体押さえれば俺たちの勝ちだ!」


「市ヶ谷さん、御武運を!」

「やられんじゃないわよ!」

「ひひゃひゃひゃ! 行くぞ生徒たち!」

「優太頑張れー!」

「任せてくれ!」


 カエル魔女を飛び越えて閏たちは階段を駆け上がった。


 二階のホールにいたのは槍を持った魔女と、鎖鎌を持った魔女の二人組だ。


「魔女の攻撃力を侮られては困ルン」


「八つ裂きにしてクレるぜ!」


 武器と攻性魔法の組み合わせで戦う武闘派の魔女のようだ。


「ここはわたくしとことりちゃんにお任せください!」


「ごり押しであたしが負けるかっつーの! ハチの巣にしてやるわよ!」


 ことりの召喚獣は成長を遂げており、棺桶の顔の部分は開き、ミイラのような中の本体が目を光らせている。


 目が良くなったのなら、ことりに任せても問題ないだろう。


 美也の召喚獣の強さは未知数だが、見るからに剛腕であり、力技を一番得意としているのがわかる。


「情けないが任せた! 俺たちは古城マカを倒しに行く!」


「生徒たち! 悪意で叩くのだ! 魔女の悪意など砂糖菓子ほど甘っちょろい!」


「わかったから行きなさいっつーの!」


 ことりの召喚獣からライフルの弾丸が放たれた。魔女たちも弾丸を避けながら、敵をことりと美也に定めたようで駆け出している。


「脳三先生! 行きましょう!」


「そうであるな! 急ぐぞ!」


 後方射撃の支援もあり、魔女たちの脇をすり抜けて階段を駆け上がっていく。


 三階のホールは少し様子が違った。ドーム状の室内は壁一面に牢獄が備え付けられている。


 牢屋の中を見ればおそらく行方不明になった人々が捕らえられていた。中には召喚士専門学校の制服を着た生徒の姿もある。


「看守の規律を守らない罪人には咎の焔で魂の炎舞が望ましい死ろ」


「っふ、看守に立ち向かう罪人とは私に相応しい役目だ! 出来れば古城マカと決着を付けたかったが仕方あるまい! 捕らわれた生徒とその他大勢は私が取り戻す!」


 忠國が前に立ったが、魔女の後ろから現れたのは巨大な二匹の大蛇である。


「脳三先生、蛇を使役する魔女は一般的にかなり強いと言われてますが、一人で大丈夫ですか?」


「問題ない! 何かあれば私は人質を連れてアスタロト様と逃げる準備は出来ている!」


 それが一番得策のような気がした。


「ではそれでお願いします! 出来れば逃げるときは下の階の美也たちも拾ってくださいね!」


「任せたまえ!」


 フルフルの雷撃と大蛇二匹が飛び出したのは同時だった。


「魔人の息子。お前も逃がしはしない死ろ」


 魔女自身が爪を伸ばし襲い掛かってくるが、爪を刀で薙ぎ払い、魔女の体に蹴りを入れた。


 ズドンッ! 壁にめり込んだ魔女の方には目もくれず、螺旋階段を駆け上がっていく。


 魔女は深追いはしないようで追ってはこなかった。今度は上っても上ってもなかなか部屋にたどり着かない長い階段だ。


「うひー、これ何階まで上るの?」


「お前は飛んでいるだけだろう」


『おそらく最上階だろうな』


 閏たちの体力を少しでも削る作戦なのだとしたら、これしか思いつかないほど魔女は追い詰められているということだ。


 やがて、最上階のホールにたどり着いた。大きな時計の前で古城マカは白衣姿にとんがり帽子をかぶりながら不敵な笑みを浮かべていた。


「ミツキから全てを聞いた。ユナの精神汚染までは手伝ってもらえず残念だったな」


 しかし、古城マカはさして気にしてないように片手を広げた。


「まだミツキは迷っているのさ。そうじゃなきゃ坊やと戦った初戦でミツキが協力してくれた理由がないだろう」


 確かにその通りだ。あの頃はまだ友達と呼べる関係でもなく、閏を憎む私情すらなかった。


「坊やが面白いことを言っていたからねぇ。あたいが樹の魂を喰ってやるさ。これでミツキには絶望しか残されない。その絶望は世界まで蝕むさ」


「そうはさせない!」


 飛び出した閏の刀身は古城マカの心臓を狙う。しかし、古城マカの手から現れた灼熱のコブラが刀身に巻きついた。


「っくぅ!」


 柄にまで伝わる熱さで思わず刀を放しそうになるが、古城マカはさらに鋭利に伸びた爪で閏の心臓を狙ってきた。


 コブラが巻きついたままの刀身で爪を弾く。しかし、今やコブラの熱は刀身を燃やすほど猛り威力を増している。


「いつまで刀を掴んでいられるかねぇ」


「お前の首を斬り落とすまでだ!!」


 やけどを負う手で柄を握りしめて高く飛び上がった。


「上に逃げ道は無いよ!」


 下から爪が串刺しにしようと待ち構え、一本一本が剣のように研ぎ澄まされ花が開くように爪の刺突攻撃が閏の体を包み込むように展開される。


 だが、閏は天井を蹴ると軌道を変えて古城マカの背後へ回る。


 遠心力を活かした大振りの横薙ぎが古城マカの脇腹を捉えた。


「っちい!」


 脇腹をわずかに切り裂いたことでコブラの魔法も消えた。


「お前に傷を与えると蛇は消えるみたいだな」


 閏は再び刀を構える。古城マカは両手に灼熱のコブラ、背後からは黒い炎を噴き上げる大蛇を出現させた。


『閏、大蛇には捕まるな』


『わかっているさ。いい加減、麦虎の力を少しは使わないとな』


 一斉に襲ってきたコブラ二匹と黒い大蛇。閏は意識を刀に集中させて大蛇たちが閏に直撃する瞬間に上へ飛んだ。


「何度も同じ手を!」


 しかし、閏は同じ手を使うつもりはない。閏の周りに重なり合う幾何学模様の魔方陣がいくつも展開された。


 空中に現れた魔方陣からは百を超える刀が大蛇たちに目掛けて降り注ぐ。


「仕上げだ!!」


 麦虎の本来の力ほどではないが巨大に変化した刀で串刺しになった大蛇の首を横一閃──


 ズバアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 成長した閏の刀はコブラ二匹と大蛇を同時に消滅させた。しかし、


「閏! 避けて!!」

「っつ!?」


 ユナの声で着地した瞬間に横に飛んだが、サイドの髪が焼け焦げて消えていく。


 チュドオオオオオオオオオオオッン!!


 志島が使っていた火炎砲弾の何十倍も威力のある光線が放たれていた。


 古城マカは自身の腹部に描かれた魔方陣を見せつけながら顔をゆがませた。


「生意気な小僧は消し炭がお似合いさ!!」


『まずい! ユナに持ち替えろ!』


 麦虎が閏の手から離れて元の姿に戻る。転がるように逃げる閏のそばを光線が飛んでいく。


「ユナ! 【ライズ】!」


 紫色の靄に包まれてユナの体が閏のそばに大砲のような重機関銃となって現れる。


「飛び道具はお前だけの十八番(おはこ)じゃないさ!」


「それはどうかねぇ!!」


 閏は肩に担いだ重機関銃の引き金を引いた。


「吹っ飛べ!!」


『超次幻重力砲(アブソリユートカノン)!!』


 極太の紫の光線が放たれる。同時に火炎の光線が放たれた。


 光が破裂した。ぶつかり合った光線は迸る魔力の量が多すぎて閏たちの周りでは風が嵐のように吹き荒れている。


「っぐ、うぅう!!」


 押されているのは閏の方だった。徐々に火炎の光線が勢いを増して押してくる。


『だめ!! ユナの力じゃ押し負ける!!』


 それもこれも未だにユナに心を開けない閏の心の弱さが招いたことだと気付いていた。


 内包する魔力が神の領域まで高いユナの力を正しく使いこなせていれば、魔女の炎如きに負けるようなユナではない。


 だが、現実は容赦なく襲い掛かる火炎の光線に押し負けて直撃を免れない事態だ。


「死にな! 魔人の坊や!!」


「くそっ!!」


 諦めた。そのとき、ユナの体が人間の姿にチェンジした。


「ユナ!!?」


「閏!!」


 がばっと抱きつかれた直後に襲った衝撃と轟音。


 ユナに抱きかかえられたまま閏の体は背中から滑るように床に叩きつけられた。


 しかし、衝撃と言えば背中の擦り傷くらいだ。


 がばっと起き上がり、ユナを見た。


「ユナ! ユナ! しっかりしろ!!」


 光線が直撃したユナの背中は抉られ足まで焼けただれ、美しい髪さえも焼けて半分が無くなっていた。


『大丈夫。ユナは魔力が回復したら復活するからね。閏が無事でよかった』


 目も開けられないユナから届けられる念話。なんて言えばいいのかわからずに、ただ必死な力で傷付いたユナの体を抱きしめていた。


「これで坊やが吹き飛べば『ガフの部屋』はあたいたちのものさ」


 古城マカの光線に回数制限なんてものはない。古城マカの腹部に浮かんだ魔方陣は光り輝く。


 麦虎の刀では古城のマカ自身が放つ威力の高い攻性魔法を完全に防ぎきることはできない。何よりもユナが倒れてしまったショックで閏は何も考えられずにいた。


「ユナ……ユナ……」


 謝ることもできずに、ただユナの名前だけを呼んでいた。


 そして、火炎の光線は放たれる。一直線に、ユナの体を一撃で壊した威力でもって──


 チュドオオオオオオオオオオオッン!!!


 爆炎が上がった。閏たちから随分と離れた横の壁が破壊されていた。


「な、なんだいこれは!?」


 古城マカは混乱しているように頭を押さえて狼狽えていた。


 なぜ攻撃が直撃しなかったのか、訳も分からずぼんやりと辺りを見渡した閏の瞳にその姿は映った。


「──ミツキ……?」


 階段を上がってホールの入り口に現れたのは、紛れもなく保健室から一度も出なかった仁科樹の姿だった。


☆☆☆

そろそろ最終回ですね。タイトル変えましょう←なぜ


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